第44話『起床』
real worldにログインする。
この一週間から二週間の間ですっかり見慣れたロード画面を眺めて待っていると、唐突にインフォメーションが流れ始めた。
《Real World (以降当ゲーム)を遊んで頂き誠に有難うございます。》
《前回ログイン時に、使用者のバイタルに異常な変化が検出されため、使用者の安全配慮により仮想ネットワークからログアウトし、一時的に仮想空間への接続を切断しました。》
《これは 仮想現実取締法 第十一項に基いた安全処置となっております。》
《また利用規約第86項よりプレイヤーの切断方法を選定した結果、特別措置として Player No.[A-001028] は緊急切断を行ったものとなります。》
《詳しくは当ゲームのダウンロード時に付属していた電子説明書、または公式ホームページのヘルプ画面をご覧下さい。》
インフォメーションが終わるとともにロード画面が消え、景色が切り替わる。
真っ暗だった視界はうって代わり、目の前には木の板が広がっていた。
……ん?
止まりかけた思考を無理矢理動かし頭を起こして辺りを確認する。
ここは寝室……なのだろうか?
目を開けた直後に視界に入った物は木の板ではなく 木製の天井であり、今の俺はベットに横たわっている状態になっていた。
ガタンッ
現状がよく分からず混乱していた俺の耳に、何かが地面に落ちて転がる音がする。
見れば部屋の入り口に驚いた顔で手に持っていた桶を床に落としたドクさんが立っていた。
「クロ!? 起きたのか!」
二・三秒固まっていたドクさんだったが、直ぐに気を取り直した様子で笑顔でベットの元まで駆け寄ってきた。
「ドクさん?」
「ああ、俺だが……そんなことより大丈夫か!? なんか体におかしい所とかあるか? 」
「おかしいところは……特にないです」
「本当か? 本当だな? ──あぁ、良かった……」
ベットの脇に手を置いて、大きな安堵の息を吐くドクさん。
部屋の扉が床に落ちた桶によってきちんと閉まっていないのが俺の目に入ったが、言い出せる雰囲気でもないので無視をする。
ドクさんが口を開いた。
「全く一時はどうなるかと思ったが、とりあえずは目立った怪我はないようだな」
「と、とりあえず?」
「いやなんでもない、無視してくれ。……だが、本当に大丈夫なんだよな?」
「え、ええ……大丈夫、です」
「クロ?」
度重なるドクさんの質問に、つい目を反らして返答してしまった俺の態度に何かを感じたのだろうか、ドクさんの笑顔が固まった。
「──辛いのか?」
「え?」
急に笑顔が引っ込み、神妙な顔になったドクさんはベットの横に設置していた椅子に座り込んだ。
「……」
「……」
そしてドクさんはそのまま黙りこんでしまう。
「……」
「……」
「──前に俺が『モンスターを見かけた時、決して躊躇はするな』ってお前に言ったことを覚えてるか?」
俺は場の空気が気まずいように感じて、どう喋りかければいいのか考えあぐねていると、ドクさんが口を開いた。
「確か初めて会った日の劣魔の森からメイラードへの帰り道、でしたっけ」
「そうだ。あの時は命を刈るという行為に、まだこの世界に来たばかりの白の眷族であるお前は慣れないだろうと思って言った言葉だったんだが……、どうやらその様子を見る限りじゃあ前よりも増して更に滅入ってしまってるようだな」
「そう……見えますか?」
「見える。まあ理由があったとはいえ人を殺してしまったんだから、無理はないのかもしれないがな」
心配そうに此方を伺うドクさんを他所に、俺はドクさんがこぼした言葉に瞠目した。
人を、殺してしまった。
ドクさんが発したその言葉。
それを耳にした俺は、自分が起こしたあの惨状は夢でも幻でもなく現実に起きたことであると再認識させると同時に、『どうしてそれを貴方が知っているのか?』という疑問を抱いた。
「ああ、そういえばまだ此処が何処だか説明してなかったか。ここは俺とミシェルの家だよ。前、というか昨日来ただろう? と言ってもこの寝室は二階にあったから直接は見なかったかもしれんがな」
「えーと、ここは何処なのかは理解しました。でもどうしてく僕はドクさんの家に居るんですか?」
「……? 質問の意図がわからないのだが」
何が言いたいんだ? とばかりに小首をかしげるドクさん。
俺はそんなドクさんにゲイツ宅で気を失った事やゲイツに手を下した事を伝え、そしてそんな自分が何故今こんな場所にいるのか と詳しい旨を話した上で質問をした。
質問を投げ掛けられたドクさんは暫く考える素振りをすると「ゲイツ……な」と呟いた後にぽつぽつと話し始めた。
「あいつのことをお前が何処で聞いたのかは知らないし詮索はしないが、ゲイツは俺とミシェルがミシェーラの行方を探すにあたって怪しいと目星をつけていた奴らの内の一人だった。でもゲイツはここらでは力が異常に強くてな、迂闊に詮索を入れると逆に俺達が潰されて一巻の終わりになる。よって手が出せなかったんだ。そして、結局そのゲイツが犯人で、ミシェーラも殺されかけていた────だから、ゲイツをお前が殺した事に対して俺は一切責めるつもりはない。いや、むしろ礼を言いたいくらいなんだ」
〝ありがとうクロ〟
深々と頭を下げるドクさん。
それは邪気も悪気も何一つ無い心からの謝礼だった。
「それと、後どうしてクロがゲイツの屋敷にいたかどうかが分かった理由についてだが、ミシェルが臭いを辿ったんだ」
「臭い?」
「ミシェルは俺と違って獣人の中でもそこそこに鼻が良い猫人族だからな。一週間近くの間も側に居て、しかもついさっきまでその場に居た人物の臭いを辿って追いかけるのは、そう難しくはないってこった」
「なるほど……」
ドクさんの言葉に合点がいった俺はそう言って小さく頷いた。
「で、血溜まりの中に横たわるクロとゲイツと見知らぬ女性を地下室で発見した俺とミシェルは、ゲイツの屋敷を取り囲んでいた幾人かのギルド職員に見つからないようにしながらお前を此所まで運んできたんだ」
「ゲイツは……死んでいましたか?」
死んでいる、当たり前だ。
俺が殺してしまったのだから。
だが、それでも何かに突き動かされるように俺はその質問を口にしていた。
「知らん」
「知らんってえ、え?」
「かなり焦ってたからな、そんな事に気を回す暇はなかったんだよ。それに……」
「それに?」
「あんな奴の生死よりも、お前の安否の確認の方が大切だからな」
「………ッ」
にべもない返答に一瞬戸惑ってしまった俺だっが、その後に続くドクさんの言葉に固まってしまう。
情けない事に、俺にはこう目の前から自分の事を気遣われた経験が殆ど無く、有り体に言えば照れてしまったのだ。
妙に恥ずかしくなりドクさんの目線から逃げるように顔を横に向けると、階段を足早に騒々しく上がる音に鼓膜が揺さぶられた。
「話し声が聞こえてきたけどもしかして──クロちゃん起きたの!?」
やがてバタバタと騒がしく部屋の扉を開けて入ってきたのは無論、青髪で猫人族のミシェルだった。
次回の投稿は8月24日(水)です。