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黒の暗殺者  作者: 平平平平
第一章 生ヲ穿ツ者
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第41話『衝撃』

 

 何故ゲイツを殺したのか。


 この質問を血塗れになった女性を幾度もなく殴打するゲイツの頭を切断した直ぐ後の自分に問いかけたのなら、恐らく俺は「分からない」と答えただろう.


 目の前で行われている蛮行を止めるためなのか、それとも愚直にクエストを遂行しようとしたためなのか、はたまたゲイツのおぞましい所業から一刻も早く目を逸らしたかったからなのか。わからない。もしかしたらその全てなのかもしれないし、或いは全く別の理由からだったのかもしれない。


 だが、もしただ一つ言える事があるとすれば、俺はこの時確かにゲイツの首を両断し、そして自分の起こした行動に対して理解できていなかった。



 衝動的かつ無意識な行動というのはまさしくこの様なものを指すのだろう。



 腰に差していた筈なのに、いつの間にか手にしている初心者の短刀。

 物陰で隠れて窺っていた筈なのに、どうしてか女性とゲイツの間に助けに入っていいる現状。

 そして、首から上が無くなっているゲイツだったものと、それを起点として広がっていく()ろしい惨状(・ ・ ・ ・ ・)




 まだ思考が追いつかず茫然としていた俺の頬に、びちゃびちゃと何か液状のものが降ってきた。




 見れば首から上が無くなったゲイツの体の切断面から、ゴボゴボと歪な音をたてながら何かの液体が勢いよく溢れていくのが目にはいる。


 ゲイツの首から溢れている液体はやや粘性がある赤黒い色をしており、それは地下室の床や壁をを赤く染め上げていくと同時に、部屋中に鉄錆めいた鉄臭さを充満させていった。




 よく考えようとしなくとも、いや、よく理解しようとしなくとも、その液体が何であるかは察せられた。



 それは『血』。


 ゲイツの首からまるで麦酒の泡が如く次々と溢れでているその液体は、紛れもない首が切断されたゲイツ本人が流す鮮血だった。




(な、なんだよ………これッ……!?)




 NPCが大きな部位欠損や怪我をした時にどうなるかあれこれ考えていたが、基本はプレイヤーと同じく赤い蛍光色のエフェクトがでるだけだと思っていた。だが、どうやらその予想は違うようだった。


 一瞬、首という急所を攻撃したから特殊エフェクトが出たのだとも考えたが、わざわざそれだけの為にこのリアルな血の感触や匂いを鑑みるにその可能性は薄そうだった。





(これじゃあ……これじゃあまるでゲイツは本物の人間じないか!?)




 仮想世界なのだから存在しないはずの心拍音が激しく耳をうち、口の中がカラカラになっていくのが分かる。

 ふと手元に視線を落とすと、自分の手に刀身に血がベッタリと付着した短刀が握られていた。




( ッ!! )

 



 咄嗟に握っていた短刀を手首を無茶苦茶に振り回して手から離す。短刀はカタンと小さな音をたてながら床に転がった。






 ゴトン。




 と、俺が短刀を落とした直後に何か重いもの(・・)が床に落下し転がる音が鼓膜を震わせる。

 それ(音の発生源)が何であるかは、目の前にある首から下しかないゲイツの体から容易に想像ができた。



 高鳴る鼓動を浅い呼吸で何とか押さえつけながらも、ゆっくりと視線を動かす。

 そこには愉悦の表情を浮かべたままのゲイツの頭部が転がっていた。




「ヒッ!?」




 余りの恐怖に身をよじる。

 コロコロと転がる頭部は、やがて俺の足元で足にぶつかって停止した。──丁度その顔が俺を見上げる様な状態で。


 ゲイツの顔は死ぬ直前にまで浮かべていたであろう愉悦の表情であり、その目はあらぬ方向へと向いているはずであった。


 だが、何故か俺にはその目が激しく此方を睨み付けている様にみえた。




「う……、う゛ あ゛あ゛あああああああああああ!!!!」




 堪えきれずに頭を両手で抱えて喉がはち切れんばかりに叫び声をあげる。



 視界はぐらぐらと揺れ、やがて俺の意識は──プツリと途切れた。









 ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー







 《警告。使用者のバイタルに異常な変化を確認しました。》


 《警告。使用者のバイタルに異常な変化を確認しました。》


 《使用者の安全配慮のため、仮想ネットワークからログアウトし、一時的に仮想空間への接続を切断します。》


 《これは 仮想現実取締法 第十一項に基いた適切な措置であり、利用規約にて明記していた安全処置です。》


 《また使用者のバイタルの異常な変化に回復が見られない場合、仮想現実取締法 第十七項 及び 本機利用規約に基づき近隣の医療機関へコールします。》









 《本体側からの緊急回線切断を認識。》


 《利用規約第86項よりプレイヤーの切断方法を選定。》


 《現在プレイヤー安全地帯(セーフティポイント)内の建造物内にいることを確認。》


 《建造物の所有者の死亡により建造物は中立エリアであると同定。》


 《以上の要因から特別措置として Player No.[A-001028] は緊急切断を行ったものとみなします。》









 ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー










 人間は日常において唐突に非現実的な現象と遭遇した時、まず自分が今いる場所は現実ではないと考えようとする傾向にある。

 また反対に人間は非現実的な状態の元でとてもリアルな現象を体感すると、その現象が本当に起こった事なのだと錯覚し易い。


 これは人間が現実と虚構の区別を非情に曖昧な状態で認識する性質があるからであり、人間は場合によっては現実と夢の違いが分からなくなる等といった症状に陥ることもある極めて不安定な生物なのでる。



 そしてそれは、クロこと霧山卓人が real world というゲームの中で、自分が切断してしまったゲイツの頭部を見て、パニックを起こしてしまった事にも該当していた。


 ゲーム内で殺人をした事実に対して、ゲームの世界で起こった出来事であったにも関わらず、「もしや現実でおかしてしまったのでは」と錯覚し、錯乱してへットギア(体外式仮想空間投影機)のデフォルト機能の一つである緊急機能停止が作動してしまったのだ。

 この機能は本来、地震・津波・火事といった災害時や、持病の悪化・発作・唐突な病変 等の所有者が何らかの理由でへットギアの使用中に危機的状況に陥った場合、機能停止や然るべき機関へ連絡をとることで少しでも不慮の事故を無くそうとする為に取り付けられているものである。




 さて、滔々とここまで語ったが、大事なのはそんな事ではない。


 ここで云いたいのは彼──霧山卓人がどうしたのかではなく、彼は一体どうなってしまうか、という事なのだから。



 機械というただ一つの点を除けば人間とほぼ変わらない、むしろ違いを探すのが難しいとさえ言える高度なAIの待遇。

 これは近い内に社会的問題としても扱われることにもなる事象だ。

 そして、限り無く現実に近い仮想世界での人殺し。

 仮想世界はあくまでもゲームだと割りきれる人間ならば容易なのだろうが、生憎、彼はそんな楽観的な思想を持ってはいなかった。



 故にそれは、彼にとって決して小さくないトラウマとなってしまうのであった。









次回の更新は7月20日(水)です。

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