第40話『暗殺』
夢ではなく幻でもない、
それは確かな未来であり、
紛れもない現実でもあった。
「それでは、これより裏ギルドからのクエスト【生ヲ穿ツ者】を──開始します」
ノワールは大仰な素振りで両手を開く。
「被害者達を一刻も早く助けなければなりませんので、早急に現在ゲイツがいる別荘まで行きましょうか────とその前に、私から最後の餞別を渡しておきましょう」
そして、ノワールは両手の中指と親指を弾いてパチンッと音を鳴らすと、「少し失礼しますよ」と言いながら俺の肩の上に手をおいた。
「一体何を……?」
「安心してください。取って食ったりはしませんよ」
そう言うと肩に手をおいたま何やらブツブツと呟き始めるノワール。
魔法なのだろうか?
ノワールの口から漏れる言葉は少なくとも日本語ではなかった。
「……『エンチャント・ライセンス』」
やがてノワールが最後の言葉だけ一際大きく言い放つと、俺の体は薄い橙色の光に包まれる。光は直ぐに体に吸収されるような形で消えていった。
「言っておりませんでしたが、私は付与魔術が得意でしてね。今行ったのは私の付与魔法の一つである、私自身の能力の幾分かを他者に受け渡すモノです」
「受け渡す……?」
「よく分からないようでしたら、ご自分のステータスを確認すればよいのではありませんか?」
ノワールの言葉に従ってメニュー画面を開きステータスを確認する。
生命力 【 70 】〔+40〕
攻撃力【 34 】〔+4〕
防御力【 6 】〔+3〕
魔法力【 12 】〔+9〕
魔防力【 10 】〔+7〕
器用値【 8 】〔+3〕
素早さ【 33 】〔+4〕
一瞬何が起きたのか分からなかったのだが、どうやら俺のステータスに全体的な補正が掛かっているようだと理解する。
これがノワールがさっき言った ステータスの受け渡し と云うモノなのだろう。
「要は一方的な能力の貸し借りを行う魔法ですよ。といっても私は貸すことしか出来ませんですし、貸された側よりも貸した側の方がその代償を払う魔法ですから、貴方が補填について心配する必要はありません」
そうひとしきり説明をしたノワールは「お分かり頂けましたか?」とまた大仰な動作をしつつ俺に理解の有無を問いてくる。
「なるほど……ありがとうございます」
付与魔法付きの服に高い金、更にはステータスの強化まで。
そんなノワールの到り尽くせりな餞別に感謝するとともに、俺の頭の中には『どうしてこれ程までに気を使ってくれるのか』と小さな疑問が浮かんでいた。
まあ、もしかしたら俺の過剰な自意識による勘違いなのかもしれないが、ともあれ色々と援助をくれた人に対して「どうしてそんなに助けてくれるんですか?」と聞けるほどに俺の精神は図太くなかった。
「さあ、準備も心構えももう済んだことでしょうから、いよいよゲイツの元へ向かいましょう。屋敷の場所は私が案内しますので着いてきてください」
俺は首を縦に振って了承の意思を示すと、それを確認して部屋から外へ出たノワールの後に続いた。
ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー
今現在ゲイツがいるという別荘はとても大きな豪邸だった。
日本家屋のような木材をふんだんに使った建築方式ではなく、西洋のように赤レンガや白色の石で組み立てられた大きな邸宅に、乗用車2台位なら優に通れそな花の意匠が施された巨大な鉄製の正門。他にも屋敷の回りをぐるりと囲む高さ2mを越す生け垣や、大きな庭と噴水。
そんな現実でも10桁は下らないであろう豪邸に、やや臆しながらも玄関の扉を開けてゆっくりと開け、屋敷の中に静かに入っていく。
『────ゲイツは月に一度、誘拐した被害者達を甚振る為に別荘に訪れるのですが、その日は必ず屋敷から人払いをし、被害者達と自分だけの空間をつくってから丸一日中悪逆非道な行為を行うのです。これがゲイツが自分の行う犯罪に対して抱いた歪な慢心と美意識なのですが……』
『それが丁度今日だという事ですか』
『ええ、まさしく』
少し前にノワールと交わした会話を思い出す。
その時のノワールの言葉が正しいならば、今この屋敷にいる人間は誘拐された女性達を除くと俺とゲイツのみだということになる。
誘拐された被害者がいるのはこの屋敷の地下室に閉じ込められているらしいので、恐らくはゲイツも地下室にいるのだろう。
逆に俺は玄関から進入したのだから今は一階にいる筈だ。
この屋敷は見るからに重厚な造りになっていてるので、多少音をたてたとしても地下にいる人間には聞こえないのかもしれない。だが、色々と神経質になっていた俺は、抜き足差し足忍び足でゆっくりと地下室へ行く為の手段を探していく。
何十もある扉を開けて部屋の中を見渡し、幾つもの下り階段の先を確認していくうちに、俺はある考え事をしていた。
それは、『このゲームでNPCが死ぬ時はどんな感じなのだろうか?』といった内容のものだった。
基本的に小さな怪我を除いてプレイヤーが体の一部を欠損した場合、その断面や傷口は赤い蛍光色のエフェクトが表示されるだけでリアルなものではない。
では、NPCが体の一部を欠損するような大きな怪我を負った場合は一体どんな状態になるのだろうか?
プレイヤーと同様か、はたまた違うのか、或いは────
「……ん?」
そうこう考えていると、ダブルベットを一回りも二回りも大きくしたような巨大なベッドが鎮座している寝室で、見るからに怪しい下り階段を見つけた。木製のややカビが生えた階段だ。
ここはまだ一階なのだから、この階段は恐らく黒だろう。
(…………行く……か……)
意を決して階段を下りていく。
階段を下りていくと、なにやら鼻にツンとくる刺激臭におそわれる。
腐臭……だろうか?
焦る心を抑えつけ、ゆっくりと階段を下りる。
はたして、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
ーー◇ーー◆ーー◇ーー◆ーー◇ーー
「どうしだ!?、もっと叫べ、喚け、泣け! ……おい、俺の言う事を無視するな!!」
肉を固い物で殴ったかが如く、鈍く低い音が狭い室内で反響する。
音の発生源は何やら黒い棒を手に持った小太りの男が、執拗にその棒を降り下ろしているようだった。
小太りの男は背が低く、薄い髪と少ない髭を激しく揺らしながらも手を降り下ろす事を止めない。
「は、はは、あははは! ふんっ! ふんっ! ふんっ! どうした!?、もット何か言え!!!」
男が降り下ろした先にいるのは────人間、それもボロボロな格好をし頭や体から血を流した女性であった。
男は人を殴っていたのだ。
そして直感する。
階段を下りている時に感じたあの生臭い匂いは、女性達が流した血の匂いであり、この一心不乱に何やら意味不明な言葉を叫びながらも人を殴り殺そうとしている男は、ゲイツ本人だ、と。
「ひひっ! おいおいお゛い゛!? どうじだ!? もっともっともっと喚き散らせよ゛お!! なぁ゛!?」
男はこれまでよりも一際大きく腕を振りかぶる。
「あははははははは──────あ?
そして俺の手に持った短刀によってその頭を──切断された。
次回の更新は7日11日(月)です。