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黒の暗殺者  作者: 平平平平
第一章 生ヲ穿ツ者
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第39話『覚悟』

 ミシェーラ。


 ミシェルにとってこの世で一人だけの肉親であり、ドクさん達が昔お世話になった獣人族の女性の名前だ。

 そしてそれは、昨日 裏ギルドのノワールと名乗る男に見せられた『ゲイツという男が拐った人物リスト』に載っていた名前と合致していた。



 はたしてこれは偶然なのだろうか?



 メイラードからそう遠くない村で誘拐された女性の名前と、この街で静かに幾度となく繰り返されている誘拐の被害者との名前の一致。

 これは偶々(たまたま)や偶然で済ませるには違和感が多々残るものの、全ての犯人は奴だという結論に至るのには些か早計であろう問題だった。



 しかし、俺の頭の中ではもう決断は下され、意志は固まっていた。




 ──則ち、ミシェルの姉ミシェーラを誘拐した犯人はゲイツ・ドルツハイその人であり、自分はその男を今から殺すのだ……と。





「どうしたクロ?」



 心配そうな表情を浮かべながら此方を伺うドクさん。

 どうやらミシェーラという名前を聞いてから俺がずっと黙っていている事に何かを感じたようだ。



「なんかさっきから様子がおかしいように見えるが 大丈夫か?」

「……いえ、大丈夫です」



 俺は首を左右に降りながら、やんわりと心配の言葉を否定する。



「そうか? ならいいんだが……」



 まだ心配そうなドクさんではあったが、俺の言葉に少し安心したようだった。


 そんなドクさんを見つめながら俺は更に思考にふけていく。

 その内容は 『俺がミシェーラについて知っている事をドクさんに教えるかどうか』 についてだった。



(いや……これは俺一人でやった方が良いな……)



 言った所で信用されないだろうし、こんな状況で話したとしても不謹慎だと思われるかもしれない。

 それに先程は拐った犯人はゲイツだと断定したが、もしそれが違う場合にはドクさんに申し訳が立た無かった。






 ふと時間が気になって、ちらりと部屋の中を見渡して時計を探する。そして時計を見つけられなかった俺はメニュー画面から現在時刻を確認した。



(現在は23時56分…………もう時間じゃないか!?)




 昨日ノワールに指定された時間は今日の夜半だ。

 零時を過ぎようかとしている現在時刻は、まさしくその時間に抵触しようとしていた。




「……クロ?」


「すみませんドクさん──もう夜も遅いですし帰りますね」


「おい、まてよクロ!」



 やや強引に席を立ち、部屋から退出しようとする俺にドクさんが声をかける。




 俺はドクさんやミシェルに対しての後ろめたさに──ドクさんの制止を聞かずに走り出した。













    ーー◇ーー◇ーー◇ーー











 クロ──霧山卓人──はドクの制止の声を振り切って走り出した。


 これは自分には正誤は判別できないものの、ミシェーラという女性に関する情報を少なからず持っているにも関わらず、怒られるのが嫌という保身と、今から自分がしでかす事(ゲイツを殺す事)に対する後ろめたさが故に、誤って引き起こした行動だった。


 つまり彼の頭の中にある考えは、断じてドクとミシェルを危険に曝すようなものではなかったのだ。




 しかし、彼の取ってしまった行動を客観的に見れば、それは到底 賢明な判断と呼べるものではなく、むしろ最悪の選択であった。







「ちくしょうッ!!」



 自分が放った制止の声を無視し走り去っていく少年の後ろ姿に、ドクは歯噛みした。


 今までは戦闘面で助けられていた彼の素早さが、この時は酷く恨めしく感じられた。




「やられた!…………アイツもグルだったっていうのかよ!?」





 拐われたミシェーラを追いメイラードにやって来た時、ドクはこの街に対して軽蔑にも似た感情を抱いた。


 それはこの街に根づいた “ 悪 ” が余りに悪質で酷く、そして深く広く浸透していたからだった

 


 この街でミシェーラの情報を懸命に集めようとしていたドク達に多くの人々が手を差し出した。

 しかし直ぐに、その手の中に自分達を助けてくれる者は誰一人としていない事に気がついた。彼らの手は決して親切心から出されたモノではなかったのだ。



 ある老女には自分は有益な情報を持っていると騙され、ほぼただ同然の賃金で無理矢理に働かされた。

 ある男はまだ幼いミシェルを 何となく という理由で捕まえようとし、当時の自分達は命がらがら逃げたした。

 ある商人には甘言や巧言を弄され、危うく尊厳を奪われ奴隷として売られそうになった。

 そしてその中にはミシェーラを拐った犯人に対し、「嗅ぎまわっている者がいるぞ」と告げ口をしようとする者もいた。



 ドクは理解した。

『この街に信用できる人間ないない』と。



 あの少年(クロ)を仲間に入れる事をミシェルに許したのは、無論 信用できるからではなく、まだこの世に生まれて間もない白の眷族なのだから、この街の闇に浸かってはいないだろうという安易な安心からだった。



 ミシェーラの事を話してからの少年の行動は酷く怪しいものであり、「まさか」と思っていたのだが、ドクの頭の中では先程の言動もあいまってそれは確信へ変わっていた。



 と、そんな事を止めどなく考え、悔やんでいたドクに声がかかる。



「ねぇ、ドク……どうしたの?」



 声の主は二階で寝ていた筈のミシェルだった。



「……聞いてくれミシェル。残念だがクロは──「私聞いてたよドク」



 ミシェルに発言を上書きされたドクは、ミシェルの言葉に喉をつまらせる。



「クロちゃんはね、スッゴく優しいの。だってそうでしょ? 生き返るって言っても死ぬのは怖いだろうに、私達の為に命懸けになってくれたんだから。────だから、違う。クロちゃんが酷い事何て絶対にしない。クロちゃんがこの街の闇なんかじゃない」


「ミシェル…………」


「だから追いかけよ? クロちゃんが急に飛び出したのには、ちゃんとした理由があると思うから」


「追いかけるっつったって一体どうやって……」


「私だって獣人族よ? 貴方達 炎蜥族と違って鼻には自信があるの」





 こうしてミシェルとドクは、クロを追いかけ始めたのだった。









    ーー◇ーー◇ーー◇ーー












「……その顔を見る限り、どうやら覚悟は決まったようですね」




 時刻は0時24分。

 俺はドクさんの家を出て冒険者ギルドの一室にやって来ていた。

 

 頭の中はドクさんに対して申し訳ない思いでいっぱいであり、後悔の気持ちで満たされていたが、それを知らないノワールはただただ笑顔だった。



「それでは、これより裏ギルドからのクエスト【生ヲ穿ツ者】を──開始します」









次回の更新は7月1日(金)です。

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