第38話『合致』
宣言していた日付より一日遅れの更新となってし
まい申し訳ありません。
横たわった姿勢のまま頭上に手をかざす。
天井にあるステンドガラスからこぼれた鈍い光を、顔の前に翳した指の間からボーっと眺めた。
「あーあ……」
死んでしまった。
救うためには死んでも構わない。
そんな決死の思いを抱きながら自ら囮になった。
自分がした選択が果たして正しかったかどうかなんてのは分からない。
英断だったのかもしれないし、はたまた只の自己犠牲精神に酔っていただけなのかもしれない。
何れにしても自分の行った行動であるし、結果的にドクさんやミシェルが助かったのであれば、俺がとった行動は決して間違ってはいなかっただろう。
しかし頭では理解してはいてもやはり後悔はするものだ。
「……やっちまった」
十数万あったお金は無くなったし、ドクさんから貰った盾は龍に粉々にされてしまった。
身体が噛まれた時に破れた服は、どうやら服にかかっている【自動修復[小]】という付与魔術でなおっているのだが、この盾にはそういった類いのモノは付いていなかった為に、本来の大きさと比べて2割も残っていない無惨な状態になってしまっていた。
あと「できるだけ長く時間を稼ぐんだ!」や「避けるだけなら簡単だ!」とか言ってた割りにあっさり死んでしまったのだが…………まあ、ドグさんとミシェルを逃げれる時間は稼げたのだから、ここは良しとしよう。
「ね、ねぇ? ちょ、ちょっと……いいかな?」
とそんな事を考えていると、やや遠慮がちな声が耳をうつ。
振り向くと、なにやら酷くおどおどとした状態の青年と目があった。
どうやら声をかけてきたのは彼であるようだ。。
「あの、ごめん君のステータスを勝手に見ちゃったんだけど………き、君の名前はクロって言うんだよね?」
か、『勝手に見たって』……、オンラインゲームなのだがら名前やレベルや体力を他者に見せる・見られるのは仕方がないし、そもそもこのゲームはプレイヤー・NPC問わず近づいたらステータスが勝手に標示されてしまう設定になっているのだから、見たとしても一々謝らなくても良いと思うんだが……。
そんな事を考えつつ俺は質問の意図を読み解こうと少年の目を見返すが、凄い頻度で目を反らされる。
それによく観察するとなにやら目だけではなく、顔や体も俺の体から離れようと弱冠後ろに反っていた。
どうやらこの少年、中々に対人症を患ってしまっているようだ。
いつまでも視線を合わせようとするのもあれだったので、素直に少年に用件を聞き出すことにする。
「そうだけど、なに?」
「えっと、その……少し気になってる事があってね」
「気になってる事って一体なにが?」
「あ、あの、この神殿の外でNPCの二人組が『クロという子はいないだろうか!?』って叫んでちょっと騒ぎなっているんだけど……もしかして君関係ある?」
少年の言葉に思い当たりがないと言えば嘘になる。
というか心当たりはとても強かった。
しかし、疾風の平原からこの街までは徒歩20分もかかる距離であり、走ったところで5~10分はかかるだろうから、ドクさんやミシェルはまだこの街に着いていないと思っていたのだが……。
もしかして俺の闘いって結構な善戦だったのか?───ってまあ、今それはどうでもいい。
「確証はないけど、」
俺は少年に「教えてくれてありがとう」と礼を言って神殿の外に出る。
果たして、そこには予想通り泣き崩れたミシェルとそれを慰めるドクさんが立っていた。
ーー◇ーー◇ーー◇ーー
「さあ着いたぞ、あがってくれ」
「お、お邪魔します……」
ドクさんに言われるままに家に入る。
──あの後、ドクさんに宥められていたミシェルは白の神殿から出てきた俺を確認するや否や、「グロ゛ぢぁ゛ー゛ん゛」と泣きながら抱きついてきた。
人目も憚らず泣くミシェル。色々と騒ぎが大きくなって頭を抱えるドクさん。そしてわんわんと泣くミシェルに抱きつかれ困惑する俺。騒ぎはより一層大きくなるだけだった。
結局まわりに野次馬が集まり過ぎて落ち着いて話もできなという事で、まずはお互いが落ち着けるところに──則ちドクさんとミシェルの家に──行くことになったのだ。
「とりあえず真っ直ぐいって突き当たりを左にいった部屋で待っといてくれ ──俺は一先ずミシェルを寝かしにいくよ」
ドクさんがすぅすぅと眠っているミシェルを抱き抱えながら階段を上がって二階へ消えていった。
ミシェルは白の神殿からここまでの道中で泣きつかれて寝てしまったのだ。
俺はドクさんが二階に上がっていくのを見送ると、言われた通りに突き当たりをを左り曲がってドアを開く。
木製の扉がたてる独特な軋む音を聞きながら部屋に入った俺は、不躾ながらキョロキョロと部屋の中を見渡した。
四人がけのやや大きな机と直ぐ横に流し台があることから察するに、ここはどうやらこの家のダイニングキッチンであるようだ。
「入るぞ」
と、そんなことをしているとドクさんが扉を開けて中に入ってくる。当然だがミシェルはいなかった。
「なんだ、座ってなかったのか」
「はい」
「別に気にすんな──ほら座れよ」
机は四人用で結構大きい造りをしているのに、椅子は二つしかなかった。洋風の一般的な造りの椅子だった。
「失礼します」と小声で言いながら俺が席についたのを見たドクさんが口を開く。
「まず謝らしてくれ──すまなかった、俺の不注意だった。俺がもっとちゃんとしていれば、あんな事態にはならなかっただろうに……」
「や、止めてください、謝らなくても大丈夫ですよ。俺は特に何とも思っていませんから」
「だが……」
「それに俺が囮になったのは俺の責任ですし、もしかしたら俺の方こそ注意していたら防げたかもしれないんですからお互い様です」
俺が言った言葉に「そうか……」と小さく独り言を呟いたドクさんは、「そう言ってもらえると有り難い」とこぼした。
「──それでミシェルの話、だったか?」
「はい」
「『何故あんな過剰な程にミシェルが泣いていたのか?』……か」
それは俺が神殿から出て直ぐにミシェルに抱きつかれた時に、ドクさんに投げ掛けた質問だった。
その時は周りに人だかりができてしまっていたので詳しい話ができず、そうした事情も含めてお礼を兼ねて俺はドクさんにこの家に案内されたのだ。
「そうだな、その話をするんだったらまずは俺達の身の上話から語りたいんだが…………少し長くなるが構わんか?」
「大丈夫です」
現実の家族にはあらかじめ今日は俺だけ夕食を遅くしてほしいと頼んでいるし、明日は日曜日であったので多少時間が遅くなっても問題はなかった。
俺が首を縦にふったのを確認したドクさんは、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「俺とミシェルの故郷はここからそう離れていない『ティグ』っつう所でな、そこは森の中にある獣人族の──特に猫人族の──小さな集落なんだが、そこで俺達は育った。
集落の規模は小さくてもそれなりに生活は潤っていてな。多少の裕福が出来ない事と時折魔獣に襲われる以外は何の心配ない良い所だった」
ドクさんは一端口をつぐんだ。
そして何かを逡巡する様な素振りをした後に、目を瞑り額に皺を寄せると、「お前なら言っても大丈夫……だと信じたい」と呟いて話を再開した。
「ミシェルには姉がいたんだ。ミシェルと違って落ち着きのあり頭もよく冴えている人でな、まだガキだった俺達の遊びに嫌な顔一つもしないでずっと付き合ってくれた面倒見も良い人だった」
「だかな」と酷く沈んだ声と顔をするドクさん。
「そのミシェルの姉が拐われたんだ。……今から一・二年前の事だった、森の中からか細い悲鳴が聞こえてきて、それを聞いて訝しんだ奴が見に行くと、採取に向かっていたミシェルの姉が愛用してた籠と車輪の後、そして人間族特有の残り香が残っていたらしい。
…………当然、集落は騒然となった。集落にとっての大事な子どもが拐われた事、そして人間族が自分達を脅かす存在になるかもしれないという現実を危惧したからだ。ギャアギャアと騒がしい大人達──だが、そこに『ミシェルの姉を助けにいこう』何て事を言うやつはいなかった」
「え?」
「解ってたんだよあいつらは。ミシェル達と俺には両親がおらず族長のネネ様が育ててた事、そして排他的な住人達に他種族と関わりを持つようにと説得していたネネ様はもう老い先短いことに。────だからこそ俺とミシェルは『俺達だけでミシェルの姉を助けにいこう』と決意したんだ。
幸いその日は雨も雪も降っていなかったから犯人の追跡は容易だった。……まあ結局犯人が誰かまでは特定できなかったんだが、少なくともこの街にいることが分かっただけでも僥倖なのかもしれん」
ドクさんは、ふぅ……と息を軽く吐き出すと、
「もう分かっただろうが、ミシェルがあんなに過剰な反応をした理由は、幼い頃に唯一の家族を失って大切な人が居なくなることがトラウマになってしまっているらしい」
「ああ……だから始めて会った時にあんな反応したんですね」
──『この子には何もないの? 寝る場所も、生まれた理由も、生きる理由も、自分の居場所も、家族も! 全部〝無い〟の!?』
このゲームを始めた初日であり俺が初めて死に戻りをした後に、ミシェルが言った言葉だ。
その時は勢いにおされ何とも思っていいなかったが、あの言動にはミシェルの悲しい思いが含まれていたのか……。
ーー◇ーー◇ーー◇ーー
それから幾つかの会話を重ねた後に、俺はある一つの質問をした。
「ちょっと気になった事があるんですけど……」
「なんだ? 遠慮せずに言ってみろ」
「ミシェルのお姉さんの名前って何て言うんですか?」
「ああ、ミシェルの姉の名前か」
質問を受けたドクさんは、一拍おいて返答した。
「ミシェルの姉の名前は────ミシェーラだ」
その瞬間、俺の頭の中で全てが繋がった。
次回の更新は6月24日(金)です。