第37話『選択』
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
それが目前の龍が発したただの鳴き声であると知覚するのに数秒の時を費やした。
鼓膜が破裂するかと錯覚するほどの爆音が身体を揺さぶり、思わず耳をおおって身体を縮こめてしまう。
──ああこれは無理だ。
それだけで理解した。
俺達ではこいつに勝てないと。
恐らく今用意できる最高の装備と大量のアイテムを万全に準備した状態であっても、こいつにはまともに太刀打ち出来ないだろう。
そう直感するほどに、そう直感せざるをえないほどに目の前にいる龍の威圧感は凄まじかった。
(おいおいおい……どうすんだよこれ……)
どう足掻いても敗北する未来しか見えない現状に絶望する。
だがそれは決して自分が死に戻りしてしまうことに感じたものではなかった。
死ぬことが怖いのではない。所詮はゲームだ。プレイヤーに死は存在せず、既に一度死に戻りを経験している身からすれば取り乱す必要など一切必要なかった。
それに俺が死んだところで結果的にはお金を失うだけなのだから。
だが、ドクさんとミシェルは違う。
NPCである彼らは死んだら生き返らない。
何処かの教会で蘇生する事も、何かを犠牲にして復活する事も、彼らには出来ないのだ。
ゲームにリアリティを追求し過ぎてしまったが故の弊害、無限ではなく有限になってしまったNPCの命。
一部のプレイヤーの間で物議をかもしているこの現実が、まさか自分の目の前に突きつけられるとは夢にも思わなかった。
とはいえ そんなことに思考を割いていても意味がない。
幸いにして出現したばかりの龍は鳴き声をあげた後に身体をグネグネとくねらせていて、まだ攻撃までの時間は少しあるようだったが、それは微々たるものであった。
(どうする!? どうすればい……、い?)
俺に逆境や窮地を上手く切り抜け活路を導く能力はない。
そんなものがあるならば、はなから使っている。
ないからこそ、こうしてあちこちに目をやってなにか策はないか探しているのだ。
──そうして決して無駄にはできない微かな時間のなかで、俺はふとあることに気がついた。
龍が姿を現した時に吹いた風で俺達は吹き飛ばされた。
あまりの強風に耐えきれなかったからだ。
そして、吹き飛ばされた俺達の場所は、俺が龍の目の前であるのに対して、ドクさんとミシェルは俺から十メートルほど離れた場所に──つまりは龍からは十メートル以上離れた場所にいたのだ。
(や、るのか……? いや……やればいけるのか?)
再三に言うが俺に逆境や窮地を上手く切り抜け活路を導く能力はない。
だが囮になること位なら出来るのではないだろうか?
囮になったところで必ずしもドクさんやミシェルが助かるとは限らない。
もしかしたら犠牲になるよりも俺がミシェルを担いでドクさんと一緒に走った方が助かる確率は高いのかもしれない。
あるいはこんな事をしている時間を逃走に使っていたらギリギリで逃げ切れたのかもしれない。
だが、
(ハッ……やってやんよ!)
俺は決意した。
囮になる、則ち俺が龍を引き付け、ドクさんとミシェルの二人をこの場から逃走させる時間を作る
所詮はゲーム、そうただのゲームだ。
ドクさんもミシェルも目の前にいる龍も全て0と1で表せる存在であり、AIが動かしているものだ。
けれど、この一週間少しの間で、俺と彼らはそんな理由程度では見捨てられない程に仲良くなったのだ。
「ドクさん!」
俺は龍と向きあっている状態から、後ろを振り向いて大声で名前を呼んだ。
「ミシェルをそのまま担いで逃げてください!」
始め俺の言葉の意図が読めずに困惑の表情を見せたドクさんだったが、直ぐにハッと何かに気がつく仕草をした。
恐らくは理解してくれたのだろう。
隣にいるミシェルは疑問の表情を浮かべているが、ドクさんだけでも理解していれば大丈夫の筈だ。
「だが……」
「俺は白の眷族です。ここでこいつにやられ死んでも、街の神殿で復活するだけです!」
しかしまだ「そんな事……」と渋るドクさん。
俺は身体に突き刺さる龍の鋭い眼光に体が萎縮してしまいそうになるのを何とか堪えながらも、叫ぶ。
「いいから早く行って下さい! 早く!」
「……ッ! わかったよ! 」
俺の言葉の勢いに無理矢理押されたかたちで、ドクさんが隣にいたミシェルを担いで走り出した。
「え? ドクどうしてクロちゃんを置いてくの!?」
「うるせぇ! ……こうするしかねえんだよ! わかれミシェル!」
「わかんない! 意味わかんないよドク!? 離してよ!」
(……よし)
徐々に姿が小さくなっていくドクさん達を横目で見ながら、俺は龍に目を向けた。
見れば龍の体のまわりに風が集まり幾つかの塊がつくられていた。
何もせずただ傍観していた訳ではなかったのだ。
「スティール・グランス! スティール・センテンス!」
スキルを使用する。
気休めにもならないだろうが、少しでも龍の注意を強く長く引き付けるための手たった。
せっかく俺を的にして龍の気を引いたのに、その肝心の俺が瞬殺されてしまえば意味がない。
この巨体と今もなお吹きすさんでいる風により、ドクさんとの距離は一瞬で詰められてしまうだろう。
故になるべく生き残る。
簡単な事だ。
龍の攻撃を全て避ければ良いだけなのだから。
当たれば死ぬし、当たらななければ死にはしない。とても単純解明だ。
「よっしゃぁ! こいやオラァ!」
自分を鼓舞するために叫んだと同時に、龍の周りの生成されていた風の塊が弾け、あちこちに小さな竜巻が出現した。
小さな竜巻は木を一瞬で微塵にし、岩を砂糖細工のように容易く粉砕し、地面にまるで掘削機が掘ったかが如く深い深い穴を穿つ。
小さいにも関わらず、その竜巻の威力は想像を絶するものであった。
(……へ?)
情けないことに俺はそのあまりの桁外れな威力の強さに呆けてしまう。
(……あ、当たったらヤバイ! )
初めて死んだ時に比べれば圧倒的な威力の差に愕然とした俺は、それまで自分が抱いていたのは楽観的だったと理解する。
徐々に俺のいる場所へ近づき集まってくる竜巻。
草ごと地面の土を巻き上げ、ただ移動しているだけなのに移動した後には巨大な穴ができていた。
俺はそれを確認するとがむしゃらに走り、それこそ死に物狂いになって竜巻を避けていく。
幾らこの世界で受けるダメージは現実と比べかなり制限されているとはいえ、あれほどの威力にさらされれば軽い衝撃程度で済まされないだろう。
ゲームであるため受ける傷みにはある程度の限界が設定されているからといっても、あんな攻撃を受けるのは嫌だった。
背中に冷や汗をかいているのを感じる。
と、そんなことを考えると、目の前に龍の口があった。
「あっ……」
気づいたところで為すすべはなく──
構えた盾は容易く噛み砕かれ、俺は呆気なく突進をしてきた龍に腹を噛み千切られたのだった。
エリア説明【疾風の平原】part.3
[ 概要 ]
⚫先述した通りこの疾風の平原では風の魔力が微弱に含まれた疾風が吹く。そして疾風に含まれた風の魔力は平原に生息するモンスターに吸収され、各モンスターに疾風化を起こさせるのだ。
当然ではあるが彼らモンスター達はもとから平原に生息していない生物 (外敵) がいる場合にしか、疾風化に自ずからなろうとはしない (詳しくはpart1にて説明) 。
では、その時に吸収されなかった魔力は一体何処に消えるのであろうか?
⚫正解はモンスターに吸収されなかった風の魔力はそのまま疾風の平原に蓄積されていくのである。
そうして木、岩、土、草、といった無機物に蓄積されていた風の魔力が、何らかの拍子で一気に空気中に放出された時、疾風を遥かに凌駕する風が吹く現象が起きる。
なお風の神が管理し力を授かっている他の地(*1)から、この風を便宜上『強風』と呼ぶことにする。
(*1)風の神が力を授けている土地は疾風の平原他に、強風の湿原、烈風の砂原、颶風の平原がある。
[ 生態系 ]
⚫深淵二狂イシ一目連ノ黒キ影
やむを得ず生態系という分類に記載することになるが、まずはこの生物はこの平原に生息する生物ではない事をここに断言する。
この魔法生物(身体の全てが自然魔力で形成されている極め付きて特殊な例である)は、疾風の平原にて強風が吹いた時にのみ極低確率で出現する。その理由は強風に含まれる多量の魔力が空気中で固まる事により、顕現する事ができる空間が生まれてしまう為である。
そもそも、一目連とはかつて惨ノ神の一柱であった風の神が、自らが管理する場所の守護を目的として産み出した神の一つであった。
しかし■の神によりその■■の欠片を奪われ、その存在を■の神により侵されてしまう。
そして、やがて■■を奪った■の神と■の眷族は、その悍ましい能力である■■により、奪った対象に存在を似せた物を作り出した。それがこのもはや神ですらない哀れな幻影である。
──《中略》──
以上で疾風の平原についての観測結果の報告を終了する。
第一担当者:一級観測官 フィルマ・D・ラッツェイ
第二担当者: 未定
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次回の更新は6月15日(水)です。