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黒の暗殺者  作者: 平平平平
第一章 生ヲ穿ツ者
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第36話『風神』

 日は変わり、俺がrealworldをプレイし始めてから11日目となる今日。

 学校は日曜日で休みだったので、俺は平日より早い時間帯からログインし、ミシェルとドグさんと一緒に疾風の平原を歩いていた。



「ドーク、クーロちゃん、風ーが来ーたよー」

「……ん? ああ、なんだ疾風か」



 ミシェルが独特なイントネーションで疾風が吹きそうであることを報せてくる。何かの変え歌だったのだろうか、それ以降は同じリズムで『ふーん、ふーん、ふーんふーんふーん』と鼻唄を歌っている。

 俺とドクさんは疾風により草木がザワザワと揺れるのを、そんなミシェルの歌を聞きながら眺めていた



 既に何回か戦闘を終わらした後であり、周りにモンスターの影はない。そのため俺達は疾風が吹いても慌てることなく、鎌鼬が現れる事だけ警戒しながら、足を止めることなく進んでいく。

 俺もかれこれ一週間位この平原に毎日きていたので、疾風に吹かれるのはもう慣れたものだった。



「それにしてもクロ、今更になって聞くのもなんだが、その服買ったのか?」



 疾風に煽られバタバタとはためく俺の服を見たドクさんが、俺に質問を投げ掛けてきた。

 俺は顔と手足以外をスッポリと覆っている服のすそを摘まんで聞き返した。



「えっと、これですか?」

「そうそう、その全体的に薄暗い色合いの服の事だよ。一昨日までは旅人の服だっただろ? 」

「あ、それ私も気になってた!」



 はいはいはーい! と手を上げながら、ドクさんと同じ疑問を口にだすミシェル。



「魔法を使う私から見たら、その服すっごく良い魔術付与(エンチャント)がされてるように見えるんだけど、それ何処で買ったの?」

「いや、買ったんじゃなくて貰ったんです」

「貰った?」

「はい、昨日ちょっと知り合った人に餞別として貰ったんですよ」

「はー……、人工とはいえ魔法具(マジックアイテム)を人にあげるなんてソイツは太っ腹だな」



 ええ、本当に。

 俺はやや呆れにも似た微妙な気持ちの言葉を口の中で転がした。


 昨日ノワールに貰ったこの服は、忍装束と西洋の服を半々に混ぜたような作りになっていた。

 そんなよく分からない構造のため始めは戸惑ったものの、いざ着てみると存外この服は着心地がよく、また性能も高かった。


 それもその筈、今日ドクさんとミシェルの二人に会う前に、好奇心にかられてこの服を防具やで売価を確かめにいったのだが、なんと58000Gもする物だったのだ。


 このゲームのお金がどういう価値があるのか知らないからよくわからないかもしれなぃが、ここで重要なのは『売価』であるということだ。


 ショップや店等で売り買いができるゲームを想像して欲しい。

 プレイヤーが買った物を店に売る時、その値段は買った時に比べると大きな差がある筈だ。ゲームによってその差はまちまちだが、少なくとも同額で扱ってくれる店等存在しないだろう。

 そして、もし自分が売るなら幾らで売る?と店主のおっちゃんに聞いてみたところ、なんと25万Gでも難くないと返されたのだ。

 桃色の鉄道ではあるまいし、俺にとってこれはかなり高額な物だった。


 昨日ノワールから貰ったお金を含めなかったら、今の俺の所持金の約12倍。

 後3ヶ月間毎日疾風の平原で戦いに明け暮れたら貯まる額である。



 こんな高価な物を、工面したと言われて無造作に渡された俺の気持ちといえばもう……。




 そんな事を考えているとと、また強い風が俺達の間を吹き抜けていった。



「あ、疾風だね」



 通り過ぎていく風をピコピコと猫耳を動かしながら分析するミシェル。



「今日は沢山吹くねー」

「5分もしないうちにまた疾風……か」

「ああ、確かに今日はやけに疾風が吹きやがる。なんか異変でも起きたのか? ──── いや……まて、待てよ、そういえば……疾風がよく吹く日は確か…………」



 会話の途中でなにやら急にブツブツと小さく呟きながら何かを思い出そうとし始めるドグさん。

 そんなドクさんの様子に疑問を抱いたミシェルと俺は、互いの顔を見合わせあった。



(何か分かる?)

(ううん分かんない。お腹すいたのかな?)

(それは……流石にないかと思う)

(じゃあ忘れ物かな?)

(忘れ物って何処に何を?)

(んーわっかんない!)

(俺もよくわからないなぁ……色んな意味で)



 ドクさんの思考を邪魔しない様に小声で話し合って(若干噛み合っていなかったが)いると、突然ドクさんが大声をあげ始めた



「…………ッ! そうだ、そうだよ!」



 ドクさんのあげる大声に驚く俺とミシェル。

 普段からミシェルに対して怒る時によく大声はだしていたが、怒りではなく焦りから発する大声は初めて聞いたのだ。

 

 

「クソが! なんで気づけなかったんだよこんな大事な事に!」

 


 そんな少なくとも普段のドクさんなら絶対に上げない声にまだかなり驚きながらも、俺とミシェルはドクさんをなだめ始めた。




「お、落ち着いてくださいドグさん」

「そうだよ落ち着いてよドグ、ねぇドク? ───もう! 落ちいてってば!」




 俺達の声……というより珍しくミシェルがだす大声に、ドグさんのパニックは少しおさまった。




「あ……あぁ、すまない……こんな事で動じてる暇じゃなかったな……」

「動じてる暇って一体どう──

「ねぇドク──


「……すまないがミシェル、クロ」



 俺達の疑問の声はドクさんによって差し止められた。



「今だけでいい、黙って俺の指示に従ってくれ。走れ! 説明は後でする。だからっ、街まで走るんだ!」









 ーー◇ーー◇ーー◇ーー






 訳も分からないままにいきなりドクさんに走らされ始めたミシェルと俺。

 その切羽詰まった物言いに、思わず体が動き(走り)始めていたのだ。


 といっても、黙って指示に従える筈もなく、俺達は街に向けて走りながらもドクさんに矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。



「何でさっきから焦ってるのドク?」

「少しでいいから状況を説明してくださいドクさん」

「どうして走るの?」

「一体何があったんですか?」

「答えてよ(下さい) ドク(さん)!」



「だーうるせぇな!」



 やがて俺達二人の質問攻めに苛立ちを感じたドクさんは、(走るのを止めずに)渋々と話し始めた。



「前に疾風は定期的に吹くっていう話をしたのを覚えてるよな?」

「覚えますけど……それがどうかしたんですか?」

「そうだよ! 今に何か関係あるの?」

「いいからちったぁ黙って走れ! いちいち話を止めてくるな!ったく! ……で、だ。実は疾風の平原には数月に一度だけ疾風を遥かに上回る大きな風が吹く日があるんだ。そして、その風が吹く日の特長は通常時よりも疾風が多い日らしいんだよ」


「それってつまり……」

「今日じゃないですか!」

「だから焦ってるんだよ! わかったら口を動かさずに足を動かせ!」



 疾風が吹くだけで生息するモンスターの生態を大きく変えてしまうこのエリアで、疾風を大きく凌駕する強さの風が吹く。

 考えただけで恐ろしいことだ。


 単純にその風が疾風の風速を強めただけの風なんていう生温い事は起きないだろう。

 此方にデバフを付与してきたり、或いは疾風化したモンスターを大幅に強化したり、はたまたエリアボスを出現させたりする等々。少なくともプレイヤーが優位に立てれる様な有り難い結果をもたらしてくれる筈がないのは絶対だった。


 だから走る。 成る程、確かにドクさんが焦る理由も尤もだった。




「ドクさん!」


「ああ!? なんだ!?」



 お互いに全力疾走しているために、ドクさんも俺も語気は強く語調も荒くなってしまってはいるが、俺は気にせず質問を続けた。



「さっき疾風を遥かに上回る風が吹くって言いましたよね!?」


「言ったな!」


「じゃあその風には一体何があるんですか!?」


「……話がわからん! もっとちゃんと話せクロ!」


「その風が吹いたら一体何が起きるんですかって事ですよ!」




 がむしゃらに猛ダッシュしていたため、行きしなに徒歩で15分位かかった距離を4分程で走り抜き、疾風の平原の端は目前に迫っていた。



 そして俺は、そんな余裕が見えてきたからこそほんの少し速度を緩めてドクさんに話しかけたのだが、直ぐにそれが間違えであったと思い知らされた。

 


 もっと速く、余計な事を言わずに黙々と走っていれば──あるいは。


 

 しかしそんな自責の念にかられた所で、未来が変わる筈もなく…… “それ” は出現した。



 


 ゴウッ!




 風が、吹いた。


 草を吹き散らかし、木を大きく揺らし、岩を動かし、俺達を耐えきれずに転がすほどの、一陣の強い風が吹いた。



 そして“ それ” が姿を現した。


 



 20mは軽く超えている巨大で長い胴体をもち、

 足かない身体を地に着けることなく宙に浮かし、

 鋭利で獰猛な歯牙を静かに揺らしながら覗かせ、

 険しい目つきで毛や髭を大きく風にたなびかす。






 ──所謂 “ 龍 ” であった。









 ???  Lv???  ???







(な、なんだよこれ……)



 

 視界に表示されるステータスに俺は思わず呆然としてしまう。

 ステータスの全ての項目が伏せられ、分からなくなっていたからだ。


 確かステータスは相手と自分のレベルの差が10あくごとに一つづつ閲覧できなくなるので、つまりこの龍は俺とのレベル差が少なくとも30はあるということになる。




(じょ、冗談じゃねえぞ!?)




 最低でもレベル37以上の格上のモンスター。

 対して龍が現れた時に吹いた風のせいで、まともな受け身もとれずに地面に転がっている俺達。



 どんな作品でも圧倒的な強さや権力の象徴として描かれ、そしてファンタジーでは何かと神話上の生物や高次生命体として扱われる龍。

 広く見るならば西洋と東洋との違いがあるものの同じドラゴンと呼称される存在だ。




 そんな相手と今の俺達が戦ったらどうなるか。

 結果は火を見るより明らかだった。












時間の更新は6月13日 (月) です。

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