第35話『許諾』
今回は少し長くなってしまいました。
「これは最低限の確認要項なのですが、貴方は『裏ギルド』という組織を知っていますか?」
「裏……ギルド?」
「おや、その様子から察するにどうやらご存知ない? ……それはそれは、よくぞあの幻影と覚折の魔術を破ったと思ったのですが、ただの偶然だったということですか──まあ別にいいでしょう 」
何やら意味深かつ意味不明な言葉を呟くノワール。
しかしその声は小さくて俺にはほぼ何も聞こえていなかった。
「あの何か言いました?」
「いえ、なんでもありませんよ。少し考えごとをしていただけです」
俺の質問に首を軽く横に振って否定したノワールは「そうそう、裏ギルドについてですね」と言った後に、ゴホンと一つ咳をした。
「裏ギルドとはその名前からも分かる通り、通常のギルドが請け負う様な事を行う組織ではありません。弱者を助け、平和と安全を守ろうとする点においては相違ないのですが、あくまでもその業務は全くの別種と言っていいものとなっております。
……そうですね、通常のギルドを表の世界を生業とするならば、裏ギルドは正しく裏──俗に社会の闇や影と呼ばれる世界を対象に存在しているのです。まあ、近頃は職員の数が減り人員不足気味にはなっていますけれどね」
ノワールは一旦そこで口を閉じる。
どうやら俺が話を理解しているかどうかを確認しているようだ。
「決して勘違いしないで貰いたいのですが、裏と言えども私達の行う活動にやましいことは一切ありません。組織化された義賊とでも言いましょうか、私達裏ギルドは冒険者ギルドの指針に則った行動をしているのです」
そして俺がきちんと話についてきているの分かると、「例えればですね……」そう言って話を続行する。
「犯罪組織による規制物の裏取引の取締り。人身や奴隷を密売した者への断罪。通常では決して裁けない極悪人の掣肘。他国や他神の使徒による侵略行動への弾圧。そして、それら犯罪者の抹消。──それが、それこそが、我々裏ギルドの業務であり存在意義なのでございます」
一息でそこまで喋ったノワールは、整息もせずにニッコリとした笑顔を此方へ向けてくる。
え、抹消……?
「ま、抹消というのはつまり……」
「ええ。貴方が今考えている通り、永久にこの世からその存在ごと退場させて頂くという事です」
「なッ……!」
さらりと口にされたその言葉。
しかし冗談ならまだしも本気で口にするには些か物騒過ぎる物言いに、思わず驚きの声を思わず上げてしまう。
「なにかおかしい事がありましたか?」
ノワールが何か問題でもと言わんばかりの顔をして、俺が声を上げた事に対して質問を投げ掛けてくる。
その顔を見てふと思い出す。
考えてみたら──考え類語必要など特になかったが──この世界はゲームなのだ。
臨場感やリアリティの高さを始めとし、目の前にいる存在と流暢かつ高度な受け答えができていた事ですっかり失念してしまっていたが、これはNAVASIU社が開発した『おおよそ中世の頃の文明にファンタジー要素をふんだんに取り入れた世界観』が売りのゲームだったのだ。
よく言われる『人を裁くのは法ではなく人でなければならい』といった考えを地でいく世界なのかもしれないし、昔の日本のように仇討が黙認されていたりしていて、人の死が比較的軽く扱われている時代なのかもしれない。
郷に入っては郷に従えとも言うし、この事に関しては俺がとやかく言えることではないのかもしれない。
だが幾らゲームとはいえ、このゲームは人を殺す事が主旨である様なゲームではないのだから、殺人なんて体験したくないものだ。
そんな考えのもとに辞退の確認をとるが、
「ちなみにこの仕事を降りるのは────」
「おおっと。 よもやここまで我々の事情をお聞きになられたのに、今更になって戻れるとでも? 」
返ってきたのは辛辣な言葉と笑顔だった。
「残念ですが貴方はもう『はい さようなら』と単純に逃げることは不可能な場所にいるんです。任務を熟すか、熟さないか。難しくも複雑でもありません、進むのは至極簡単な事ですよ」
──無論、逃がすつもりなど微塵もありませんけどね
幸か不幸か俺の耳はノワールのその小さな呟きを正確に聞き取ってしまう。
「さあ、どうしますかクロさん?」
問い詰めてくるノワール。
俺はなにか打開策はないだろいかと思案するが、自分の理性と直感の両方からもう逃げられないという結論に至り、ガクリと項垂れたのだった
ーー◇ーー◇ーー◇ーー
「さて、とはいえ私も右も左もわからない様な初心者を、任務を渡すだけ渡して放っておくには忍びないですから、通常は試験なので貰えなかった報酬を特別に私が工面しましょう。
ですから100000Gと姿を隠しやすくなる装備、そして報酬とは別に貴方がやる気を出せるような情報をあげましょう」
結局ノワールの重圧に負け、任務を熟す事になった俺に、ノワールは一枚の紙を内ポケットから取り出し差し出してきた。
紙といっても普段から俺が用いているようなパルプ製の白い紙でも、更紙でもなく、やや黄ばんでおり分厚くて獣臭くてゴワゴワしている紙──所謂、羊皮紙というものなのだろうか?──なのだが、そこには何やら黒いインクで何百と文字が綴られていた。
( エリー、ミシェーラ、アンナ、ルミリヤ …… )
紙には人名、それも男性ではなく女性の名前ばかり──ざっと数えても20人以上はいるだろう──が記載されていた。
「今回貴方が処する事になった対象が誘拐や殺害した者達の一覧です」
俺はこの名前に一体何の意味が? と勘ぐっていた所で衝撃的な言葉を耳にする。
「対象の名前はゲイツ・ドルツハイ。この大陸の中心に位置しているグレウス王国の貴族です。 爵位が低かった為に王国から一番離れた大陸の端である土地の一つを封ぜられていたゲイツは、自分の領土の近くに生まれた白の神の不死とも言える能力に魅せられた者の1人であり、自分の領土管理を放置してここに住み着きました。
しかし自分は白神の能力を得られるのは不可能だと悟った彼は、今度は王国がたてた『新旧関係なく神殿と神殿の周辺地域の統治を禁止する』という法を逆手にとってこの地で悪事を働き始めました。彼女達はその被害者です。
少し前には統治はせずとも治安は守るという弐の神との誓いにより王国が派遣してきた調査員が来たのですが、神殿建設直後からいたゲイツの根回しにより、王には異常なしと報告されているでしょう。──全くもって不愉快な話です」
やや強い語調で話していたノワールは「それに」と言いながら机の上に置いていた(羊皮?)紙を指で叩く。
「面目がたちませんが、実はこの話を我々裏ギルドが掴んだのはつい最近なんです。ゲイツ主宰のパーティーの場で獣人族の職員が偶然ゲイツから微かな血の匂いを嗅ぎとり、疑問に思い入念に調べた結果に判明した半ば奇跡とも言えるものでした。ですから、これ以上被害を増やさない為にも可及的速やかにこの問題を片付けて欲しいのです。貴方に」
わざわざ倒置法までもを用いて俺がやるように強調してくるノワール。
対して俺は先ほどから抱いていた純粋な疑問をノワールにぶつけた。
「話は……わかりました。早急にやらねばならぬ事も理解しました。任務を熟すのも吝かではありません。 でも、どうしてこんな大役を貴方方裏ギルドの所属の職員ではなく、俺─いや私の様な者に渡すのですか?」
「それは『何故このクエストを私達ギルドメンバーではなく他の人に、それもまだ殺しを経験していない初心者に一人でやらせるのか?』という意図の質問ですか?」
殺すとか物騒な事は言ってなかったが、まあ言いたい事は大体合っていたので特に訂正はせずに こくりと首を縦にふる。
「──成る程。……先ほど言いましたが、今私達は過度の人材不足になっています。度重なる任務と戦闘のお蔭で裏ギルドの職員は刻一刻と減っていくばかり。またその高い機密性の所為で通常ギルドからもおいそれと人材派遣も補給が出来ないのです」
所謂ブラック企業というやつだろうか。表沙汰には出来ず、仲間も簡単には作れない。あげくに仕事も危険性が高いものばかり。
この人も苦労人なのかな、とまだ労働という物を経験したことがない俺は心の中で静かにそう思った。
「そして、奴ら犯罪者達を処するのには時期というものが必要となります。それは彼らが自らの根城から出てきた時であったり、人気のいない場所での密談の最中であり、なんらかの取引現場であるのです。しかし、その日程は私達が決められる物ではありません。故に私達は彼らが秘密裏に計画した情報を逐一観察し、私達がいったい何時何処で誰にも気づかれずに奴を滅するかを、今度は私達が計画するのです──その為には時間と人手が必要となる。だからまだ比較的簡単かつ安全な仕事を誠に恐縮ながら試験と称してやってもらっているのです」
「比較的簡単で安全……本当なんですか? 話だけ聞くとそのゲイツとかいう男はかなり用心深く狡猾であるように感じられたんですけど……」
「それについては安心してください。こう言うと被害者の方々には申し訳ないのですが、彼等の被害が明るみに出なかったお蔭で、ゲイツは自分の行う犯罪に対して歪な慢心と美意識を抱くようになっているんです。貴方はそこをつくだけ、なんとも簡単な任務でしょう?」
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「──ああ、時間については安心してください。可及的速やかにとは言っても流石に今直ぐに決行とはなりませんよ。そうですね、明日……明日の夜半にまたここに来て下さい。受付には話を通しておきますので話しかけるだけで私につないでくれるでしょう。それではまた明日」
話が終わるや否や、そそくさと机の上に折り畳まれた服と金貨が十枚入った袋を置いて部屋から出ていくノワール。
机の上に置かれた前払いであるらしい装備と100000Gを受け取るのには抵抗感があり躊躇したが、ノワール曰く彼の純粋な善意であるこれを受け取らないのは失礼だろうという結論に至り、手にとってアイテムストレージに入れた後に俺も部屋から退出した。
日はとうに落ちていて時刻は遅く、もうそろそろ夕食の時間になっていたので、俺は冒険者ギルドから出た其の足で宿屋ラーチに向けて歩き出した。
それから二・三分ほど歩いた所でふと思いたつ。
そして、一週間前に赤髪の青年と青髪の少女を見かけたあの路地に足を運ぶ事にした。
恐らくは、というより絶対に、彼等はあそこにはいないだろう。
そう頭では分かっているのに何故か俺の足は止まらなかった。
やがて件の場所に到着しひょいと覗いてみる。果たして、そこには誰もいなかった。
次回の更新は6月9日か10日です。