第25話『天然』
衝撃的と言えば少々誇張表現ではあるだろうが、脅かされた事で後ろの噴水に落ちそうになった状態での待人との再会は、中々奇妙なものだった。
俺は自分の直ぐ後ろに規則的な水音とやや湿った空気を感じながらも、手を掴んむ事で落ちるのを阻止してくれたミシェルに感謝の意を述べる。
「あ、ありがとう」
「えへへ、どういたしまして 」
ミシェルはそう言うと掴んでいる手に力を込める。どうやら今にも後ろの噴水に落ちそうになっている俺の体を起こそうとしているらしい。
現実では大体60㎏程ある俺だが、このゲームの体は小学生と見紛う位の小さな体重と身長だったので、華奢なミシェルにも楽に持ち上げれるようだった。
体が徐々に起き上がっていく。さながら、倒していたリクライニングシートを元に戻していくような感じだ。
やがて不安定だった姿勢から地に足が着いた安定した状態なった俺は、もう一度ミシェルに「ありがとう」と言う為に口を開くが、急に体を強く引っ張られて言葉にならなかった。
「へ?」
突然の事態にそんな間抜けな言葉が口からこぼれる。
つんのめった事で俯いた状態になっている頭を上げると、助け起こしたのだからもう十分なのにも関わらず、掴んでいる俺の手を更に引っ張ろうとしているミシェルが目に入った。
「ほら、クロちゃん、早く!」
まだ現状把握が出来ていない俺を、やや焦りぎみに急かすミシェル。
「え、ちょ、待っーーーー」
俺が制止の言葉を言い終わるよりも速くに、「行くよ!」と言って走りだすミシェル。
当然、彼女の手には俺の手が握られているわけで……。
俺は何がどうなっているのか分からないままに、走らされるのだった。
ーー◇ーー◇ーー
約10分後。
ミシェルに半ば強引に連れてこられた場所は、メイラードの北門の前だった。
北門から行くことができる始まりの草原や、まだ俺が知らないダンジに向かっているのか、あるいはメイラードとはまた別の街を目指しているのかは分からないが、NPC・プレイヤー問わず雑多な人種が入り交じり、沢山の人達が街の外と内を行き交っている中、ミシェルは道の脇にそれるとキョロキョロと辺りを見渡しはじめる。
誰かを探しているのだろうか?
ミシェルは直ぐにーーそれこそ15秒もしない間にーー「見つけたっ!」と呟くと、再び歩きだす。
人波をすり抜ける様に (掻き分けるのではなく、人と人との間を縫う様に)、ずんずんと歩いていくミシェルは、やがて赤い髪の青年の前で立ち止まった。
赤い髪の青年ーードクさんは、俺とミシェルの顔をじっと見ると、
「久し振りって言うほどでもないかもしれんが……、ともかく二日ぶりだなクロ。それに思ったより来るのが速かったなミシェル」
そう言ってニカリと笑った。
20分位だろうか。
ドクさんとも再会し、晴れてパーティーメンバーが全員揃った俺達は、他愛もない世間話をしていたのだが、ふと、俺はある事が気になってドクさんに問いかけた。
「あのー……」
「ん? 何だクロ」
「ついさっきも聞きましたが、今から街の外に、ダンジョンに行くんですよね?」
「そうだが……それが一体どうしたんだよ」
何を今更、とばかりに此方へ聞いてくるドクさん。
「いえ、なんで集まったのが北門なのかな?と思って、だって一昨日に行った劣魔の森って確か南門から行く場所なんですよね?」
「……は? 何、お前ミシェルからなんか聞いてないのか?」
「? いえ、特に何も……」
俺は左右に首をふる。
ドクさんは暫く固まっていたが、目をカッと見張った後に、視線を俺の横に、つまりミシェルに向け、やや怒気の入った声を上げる。
「ミィ~シェ~ルゥ~!?」
呼ばれたミシェルは、ドクさんの怒声に肩をビクッとさせた。
「な、なにかなドク?」
「お前、クロにせつめいしていないだろう!」
「へ?」
「『へ?』じゃねぇよ、俺しっかりと言ったよな? クロに『今日どうするのかをちゃんと伝えておいてくれ』って、一回だけじゃなく何度も言ってたし、しかもその度にお前頷いていたよな?」
「うん、そうだったね」
笑顔で頷くミシェル。
そして、その顔を見て頬をピクピクとひきつらせるドクさん。
……なんと言うか、事情は全然理解できないし、彼らの関係もまだよく分からないけれども。
本当に、ドが付く程に天然だなぁこの娘。
悪気は無さそうなんだが、俺からしたらどう見てもドクさんを煽っているようにしか見えない……。
「じゃあどうして忘れているんだよ!」
「忘れてないよ」
「はい?」
「ただクロちゃんに合うのが嬉しくて……頭の中になかっただけだもん!」
「それを忘れたって言うんだよ馬鹿野郎!」
頭を痛そうに抱えるドクさん。
「……お前達が到着した時に若干息が上がっているように感じたが、もしかして走って来たのか? クロになんの説明もせずに? 道理で来るのが速いと思ったよ!」
「えへへー、そう褒めなくてもー」
「褒めてねぇよ!? もう一度言うが誰もお前のこと一切褒めてねぇからな!? 寧ろ俺は怒ってるんだよ!」
ドクさんはミシェルを軽く小突く。
何がそこまで嬉しいのかは定かではなかったが、噴水の前で会った時からは終始笑顔だったミシェルの顔が、流石に申し訳なさそうになる。
「うぅ……ドクはいっつも怒ってる」
「そりゃあな、こんな事が日常茶飯事に起こってるんだから、俺の堪忍袋の緒も切れやすくなるわ! …………っと、すまんなクロ」
ボーっと手持ちぶさたに自分達の会話を眺めていた俺に気がついたドクさんは、そんな謝りを入れる。
「まさか聞いていないとは思わなくてな……俺が説明するから許してくれ」
そう言ったドクさんはミシェルを軽く睨むと、ゴホンと一つ咳をして話し始めた。
諸事情により次回更新は2月19日とします。