第21話『買物』
「いやー、ほんとVR技術様々だよなぁ」
右手に[レザーヘルム]という名前の頭防具を持ちながら、翔大が話しかけてくる。
「何て言うの? こう、夢っていうか、別世界に居るように思えるんだよ。まあ仮想世界っていう別世界なのかもしれないけど、それでも凄いよな。
だってこの皮の鎧も、質量も手触りも見た目もどう見ても皮なのに、人が作ったプログラムなんだからさ。お前もそう思わないか? クロ」
「そうだな。お前の言いたい事は分かるよアネハ」
俺は翔大の言葉に相槌を打つ。
ここはメイラードに数多くある武具屋の一つ、【皮屋】という名前の店であり、俺達は防具を揃える為にここにやってきていた。
西門に位置し、皮の武具が他の店より少し品揃えが良いらしいこの店は、値段設定が初心者冒険者の財布に優しいお店らしい(そこら辺を歩いていたNPCから聞いた情報より)。
昨日 死に戻りしたことで全所持金を失った俺だが、なんと驚く事に、今日確認すると少額ではあるがお金を所持していた。
何故?
そう思い調べた所、実はこのゲームのお金はモンスターの素材を換金せずとも、モンスター討伐しただけで手にはいるようなのだ。
そして俺は昨日、ドクさんとミシェルと組んだ三人パーティーで結構な数のモンスターを狩っていたので、高額ではないもののある程度のお金は持っていた、という訳だ。
ネタプレイで行くと決意したものの、なにも防具を着けずに低防御力でプレイする気はない。
できれば自分の身の丈に合い、またプレイスタイルに差し障りのない程度の良い防具と、初心者の短刀よりも高い攻撃力の武器を身に付けたいものなのだが……。
残念な事に、少額が故にそこまでのものは買えないので、先程も言ったがこの初心者冒険者の財布に優しい武具屋に、最低限の防具を買いに来たのだ。
「おっ、これなんか良いんじゃないか? クロ」
翔大がその言葉と共に俺の前に防具を掲げて見せてくる。
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突撃猪の皮鎧 [頭部]
品質C レアリティ5+ 重量2+
DEF+4 ATK+1
発動スキル<耐寒+1>
ー説明ー
突撃猪とも言われるマッスルボアの皮を鞣して作られた鎧。
木々を薙ぎ倒し、時には鉄製の武器ですら弾くその頑丈な皮は、装備者にとっての心強い味方となっている。
他に[胸部][腰部][腕部][脚部]がある。
※全身に同系列の防具を装備時 【猪突】+1
所有者:皮屋
価格:48600
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「おいっ」
俺は目の前に掲げられた皮鎧のステータスウィンドウを確認すると、翔大を軽く睨む。
「一部位だけで4万8千の防具って一体なに考えてんだよお前。嫌味か? その一部位の十分の一ですらお金を持っていない俺に対しての当て付けか?」
「違う違う」
翔大は笑いながら手のひらを体の前で左右に振り、否定の意思を示してくる。
「別に嫌がらせとか、バカにする為に言った訳じゃないんだよ」
「じゃあなんだよ」
「いや……、なんていうか、イメージ?」
「い、イメージぃ?」
「そうそう。なんていうか俺の中でのお前って『猪』ってイメージなんなんだよなぁ。なんでかは分からないけど」
「なんでたろうなぁ……」と翔大は一頻りそうやって悩ましい素振りをした後に、
「まあ、ぶっちゃけ単細胞だからなんだろうけどな」
「結局はバカにしてんのかよっ!」
「だって……なあ?」
ジト目で此方を眺めてくる翔大。
「な、なんだよ」
「お前のプレイスタイルは、完全に防御力を捨てて攻撃力特化で敵を必殺していくスタイルなんだろ? それってどう見ても脳筋思考じゃん」
「…………」
言い返す言葉が見つからなかった。
成り行きというか、一種の縛りプレイと考えていたのだが、成るほど。端からみたら俺のステータス構成は脳筋にしか見えないのかもしれない。
「まあ、値段以前の問題で、現段階において俺達がこの装備一式を揃えて着ることなんて不可能なんだけどな」
「なんでだ?……ってああ、そうか、DEXか」
ステータス画面然り、器用値の程度を示すDEXであるが、realworldにおいてDEXには三つの能力の指針となっている。
一つ目は、鍛冶や調合の成功率や出来の良し悪しを左右する値だ。
全く同じ環境で同様の素材を使用して作られた生産品でも、DEXの値が少し違うだけで大きな差が出てくるらしい。
二つ目は、着用できる防具の限界を示す値。
各防具にはそれぞれ重量というものがあるのだが、プレイヤーが着ることができるのは 装備の総重量が自分のDEX以下という条件があるらしい。
三つ目は、戦闘時における自分の攻撃の精密さを示す値だ。
弓や銃といった遠距離攻撃を主体とする武器を始め、投げ縄、投げ槍、石、魔法といった攻撃方法が意図した相手に正確に当たるかどうかの確率を上下させるものであり、近接攻撃においても急所に当たるかどうかの確率を上昇させる値でもある。
このようにDEXは器用値と表記されているものの、表記された言葉以外の役割も担っているのだ。
「俺の器用値が10で、お前の器用値が5だからな。土台俺達には無理だったってことだ」
翔大はそう言い切ると、手にしていた突撃猪の皮鎧を元通りに棚に戻す。
「で、どうだ? ちょっと邪魔はしたが、入店してからかれこれ30分以上はしたんだしな。もうそろそろお前にとっての良い装備は見つかったか?」
俺は翔大のその言葉に釣られて店内をグルリと見渡した。
視点があちこちを移動することで矢継ぎ早に表示されるカーソルとアイテム情報にやや酔いつつも、俺ははっきりと理解する。
「だめだな。何一つ…………ではないけれど、全部位揃えられることはできなさそうだ」
「あー成るほど、大抵というか一番安い防具ですらお前の所持金の大半だもんな」
「そういうことだ」
会話をしながら俺達は店を出る。
結局、俺は防具を買わず、一時間程を無駄にしたのだった。