第20話『理由』
この物語はフィクションであり、実際の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
「おしっ、今日の授業はここまでだ。日直ー、号令頼む」
教段の上に立ちながら教材を小脇に抱えた先生がそう発言する。
そして日直のやや気の抜けた号令により、つつがなく授業が終わるや否や、
「……で? 」
俺は直ぐに身体を横に向けて、隣の席に座っている翔大を問い詰めた。
「早く続きを話してくれよ翔大」
「いやー、すまんな卓人。TKAが『次人の邪魔をしているのを見るか他の先生から聞いたらHRの平常点を0にする』って脅されてな……。幾ら担任だからと言ってそんな権限はないかもしれんが、流石に、な?」
ジト目で見る俺に「だって怖かったん」と両手の人指し指の先をチョンチヨンと合わせながら、そう返答をする翔大。
止めてくれ。
その行動はお前がやっても何の需要もない。
というか価値すらない。
そんな喉まで出かかっていた辛辣な突っ込みを我慢しつつ、俺は先程の翔大の恥態を完全にスルーする。
自分から話題をふっておきながら、話の本題を後回しにして人を待たせたのだ。
多少はきつく接しようが、まあ、問題ないだろう。
「まっ冗談はともかく。散々伸ばした挙げ句に言うのも何なんだが……、様はお前の注意不足なんだよ」
「はあ?」
「さっき、というか一時間前に言ったことだが、最近また自由の光の動きが活発化してきているんだよ。ついこの前に『遊戯の楽しみ方は人其々であり、証拠も不十分であるのだから、その様な事は一概には言えず、また断定は出来ない』なんて判決が下ったのにな。」
肩を軽くすかして翔大は話を続ける。
「ーーでもな、判決は覆せなくても、少しづつではあるが世論が変わり始めてしまったのさ」
「…… せろん って公民の授業で習ったあれか?」
「そうそう、その世論だ。……自由の光が主張してきていた『VR技術は多大な危険性を孕んでおり、然るべき方法を以て更なる制限・規制するべきだ』という考えが、それまで関心のなかった一般の市民の中で増え始めたのさ。そしてこれまでVRを肯定していた者達が徐々に疑問視をするようになることで、NAVASIU社はある懸念を拭えなくなってしまったんだ」
「懸念?」
「ああ、幾ら日本を代表する有力企業と言われているNAVASIU社だってただの会社だ。自社の製品やシステムが世間から欠陥視され、また問題視されてしまえば、目もあてられない事態となって“ぺしゃん”さ」
翔大は横向きに右手と左手を合わせた。
ぺチッ と情けない音が、ガヤガヤと騒がしい教室の喧騒にのまれ消えていく。
「そこで、NAVASIU社は今までのゲームでは小さな表示で済ましていたアバター製作の緒注意を、何十の項目と何千という文字で表示するように変えることで、『弊社はちゃんと警告していました』といった建前を作ったんだ。ーーーーが、ここで全く意図していなかったことが起きてしまう」
「もう分かったかも知れんが……」翔大はそんな前置きをした後に、本題に突入した。
「長く、そして堅くなった警告文を見た人達の中に、それを警告している文ではなく利用規約と勘違いしたり、面倒臭がって読み飛ばす奴が現れたのさ。 どうせお前もその口だろう? なぁ卓人」
「うっ…………」
図星である。
それも、ぐうの音も出ない程の。
「特殊種族のアバターはその性質状、基本種族と比べて現実の体と大きな差異が生じてしまう。体が白骨化する骸骨族然り、獣耳や尻尾が生える獣人族然り。だが、お前のなった亜人族は特殊種族の中でも特にその差が大きくてキツイんだ。何故なら全種族の中で唯一、体格おろか骨格すらも変えた状態でプレイしなければならない異常な種族なんだからな」
「なるほど……」
「しかもだ」翔大は指を俺に向けて指す。
「その尋常じゃない体格変化をプレイヤーに強要してしまうために、なんと、亜人族が当たったプレイヤーだけ限定に、もう一度種族再選択をすることができる権利があるらしい。無論亜人族を除いた九種類の種族からのな」
「え、嘘、そんなの何処にも無かったぞ?」
「だから、それがさっき言った警告文だったんだ。あれは警告と同時にこれから亜人族を使用するプレイヤーに向けての『これで良いのか?』っていう確認だったんだよ。何度も言ってあれだが、お前は自分自身の注意不足のせいで、亜人族以外のキャラになる機会を棒にふったんだよ。……といっても、まだ情報も出揃ってないあの段階で、そんな判断を下すのは到底無理だったと思うけどな」
「そ、そうだったのか……」
「……まあ、理由と子細が分かった所で話を変えようか」
翔大はチラリと横目で時計を確認する。
「ーーうしっ、まだ時間もある訳だし、先日俺が言った通り、お前が昨日何をしたのかを教えてくれよ」
「……分かったよ」
それから次の授業が始まるギリギリまで、俺は翔大に昨日あった出来事を色々と話したのだった。
ーー◇ーー◇ーー◇ーー
放課後。
俺は学校から家に帰ってきていた。
玄関の扉を開け、中に入る。
「ただいまー」
返事はない。
父と母は仕事に行っており、妹はまだ学校なのだろう。
俺は二階にある自室に入り、ゆったりとできる格好に着替えると、直ぐにヘッドキアを頭に着けた。
そして起動パスコードを入力した後に、real worldのログインボタンをタップする。
数時間前、教室で翔大に教えてもらった事実には驚きを禁じ得ないが、どっちにしろ今更考えても詮無き事である。というわけで、
さて……っと。
盛大に遊び呆けるとしましょうか!
事情により次回更新は一月八日となります