第19話『学校にて』
12月20日の投稿は予約投稿の設定を間違えていた為、実行されませんでした。
「ーーで、そのまま疲れが溜まっていたお前は、その日の夕食当番が自分という事をド忘れたまま爆睡。家族の夕食は作られず、妹は激怒、母親には心配され、父親はすねた。そして、目覚まし時計を設定してなくて学校にまでも遅刻した。と」
椅子に横向きに座っている翔大は、椅子の背に肘を置きながら言った。
「……そうだよ」
俺は苦々しい顔を浮かべながら頷いた。
「昨日の夜から今日にかけて俺に起きたドラマを、見事かいつまんでくれてどうもありがとう。翔大君」
翔大は「そいつはどういたしまして」と小さく呟くと、
「で、どうなんだよ?」
そう言った。
「どうって……一体何がだよ」
「そりゃあお前、決まってるじゃないか!」
訝しげに聞き返す俺に対し、やや大きな声で言い返してくる翔大。
少し煩過ぎたのか、教室にいるクラスメイト達が遠巻きに此方を眺めてきていた。
俺は「おいっ、声がデカイって!」と翔大に注意をいれた後に、周りにいたクラスメイト達に軽く会釈をする。
「すまんすまん。流石に声が大き過ぎたか」
「なるべく静かにしてくれ……アバターの操作に慣れかけていたせいか分からないが、妙に身体が重いし怠いんだよ」
「大丈夫か?」
「多分大丈夫……だと思う」
「身体は大事にしろよ?」そんな言葉とともに此方へ心配そうな視線を向ける翔大。
「ああ、そうだ卓人」
「ん? なんだよ」
次の授業は何だったろうか。
そんな事を考えていた所に声がかけられる。
「今お前が言った体が小さくなって云々の話を聞いて思い出したんだか、お前のゲームアバターの伸長、もとい体が異常になった理由……というか原因が分かったぞ」
「分かったのか!?」
「ネット漁って調べた内容だから信憑性は確かじゃないんだが、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。全然構わねぇよ!」
頭を縦に何回も振り、さっさと喋るように掌を使って翔大にうながす。
「『仮想現実取締法』や『仮想空間制限法』といった言葉は知ってるよな?」
「知ってるが……それがどうしたんだよ」
「まあ待て、果報の日和はないかもしれんが、何も急かさんではいいだろう? ……で、だ。さっき例に挙げた二つの法は結構最近に出来たVR技術に対しての特別刑法なんだが……」
そこで翔大は一回話を区切ろうとする。
だが、各授業の合間にある休憩時間はそんなに長いものではないので、俺は先程翔大に急かすなと言われた事を無視して続きを催促した。
「なんだが?」
「お前は知らないか?『仮想空間制限法』に《仮想空間における身体的設定への制限》を追加するべきだって主張する風潮が最近出てきてるってニュースの事を」
「確か……自由の光、だったけ?」
多くの人々の期待や様々な紆余曲折を経て、2071年に完成し世にその全貌を表したVR技術であったが、そこには必ずしも笑顔で語れない話が存在していた。
それは遥か前から語られてきたVR技術という希望の光だからこその弊害であり、そして想像に難くなかった筈にも関わらず誰も口にしなかった問題でもあった。
2072年、VR技術という驚異的かつ革新的な発明が世に出てから約一年のこと。
VR技術に関する諸々の問題が表面化してきていた。
ヘッドキアを使用中により無防備になった人間を狙う計画的な犯罪の多発。
より鮮烈かつ内密に行われる様になった過激な暴力行為。
インターネットの過剰普及によって起こった弊害(子供の不適切な使用や犯罪助長)がより加速していった事。
プログラムを組むだけで、苗を育てる必要も受け流しをする必要もなくなった、より社会に根付き易く、またより認識し難く強力な電子ドラッグの誕生。
先程話に出た『仮想現実取締法』や『仮想空間制限法』とは、こういった犯罪行為を未然に防いだり、公共の福祉を守る為に作られた法律だ。
そして、自由の光とはこれ等の法律の内容、つまり規制している対象や範囲をより広く、よりきつく設けるようにと声高らかに主張している組織である。
例えれば、SFの小説や様々な作品で言われてきた、『VR技術による仮想空間における性別の反転、及び大幅に身体情報を変更した状態での使用』に対して、「身体に大変な異常をきたす恐れがあり、軽く注意を喚起するだけではなく、然るべき組織や規律による制限が必要である」と主張していた事だ。
「そうそう。それでその自由の光がこの前起こした訴訟の内容を覚えているか?」
「訴訟?」
「『息子がVRゲームのやり過ぎで死んでしまった。全ての非はNAVASIU社にあり、そして何の証拠もないが息子が死んだ原因は、仮想空間と現実の身体の差異による過度なショックを受けてしまった事であり、それを規制しなかった政府のせいだ。』といった内容の訴訟だよ。覚えてないのか?」
「ああ……、あれか」
「思い出したんようだな」
翔大は「それは良かった」とばかりに数回大仰に頷く。
「でもそれが俺の出来事と一体何の関係があるんだよ?」
そんな俺の言葉に、翔大はチッチッチッと指を左右に振る。
勿体ぶる仕草にややイラッときまものの、ここで怒っては残り僅かしかない時間を無駄にしてしまう。そう思った俺はまた同じ様に先を急かすよう促がした。
「アバター製作の最後辺りに Yesか No で聞いてきた質問はなかったか?」
「有ったけど……だからそれがどうしたんだよ?」
「それだっ」
ぱちん。
翔大が指を鳴らした音だ。
「それが、それこそが realworld の攻略掲示板の一部を激しく席巻している事なのさ」
そこで翔大は話を中断した。
「いきなりどうしたんだ?」そう口を開きそうになった俺は、壁にかかっている時計を見て直ぐに納得した。
授業開始が数秒前に迫っていたのだ。
授業中に私語は厳禁であり、昨日TKAに叱られた事も相まって、授業中に話をするのを躊躇したのだろう。
「ごめん卓人!」小声でそんな声が聞こえてくる。
仕方がない……。
俺は机から次の授業の教材を取り出しながら、日直の号令で挨拶をして、消化不良のまま授業を受けるのだった。