第16話『決意』
「ピピッ」
白い毛で覆われた体をプルプルと揺らし、真っ赤な目でジッと此方を睨んでくる兎(の様な動物)は、小さくそう叫んだ。
大きさは大体今の俺の身長で両手で抱えられる位だろうか。
愛らしく鼻をヒクヒクと動かしつつも、その臨戦態勢からは俺に対する敵意はありありと感じ取れた。
ホーンラビット Lv.2 エネミー
目の前にいる兎(の様な動物)の上に、そんなカーソルと情報が表示される。
角の兎……ね。
ワァンタジーの定石。とまではいかないだろうが、そこそこ定番なモンスターだろう。
改めてこの目で見た感想としては、『名は体を表すが如く』である。
事実、黄色い人参を逆さまにして着けた様な角が、額から白い毛をかき分けて突き出していた。
「ピィーーー……ピピッ!」
と、睨みあっていた状態から、突然此方に向かって飛び掛かってくるホーンラビット。
角を構え、両足で地面を強く蹴った跳躍はとても速かった。が、
「おっと」
そんな飛び掛かってきたホーンラビットを、俺は臆することなく短刀で切り付けた。
「ピィィィーーーー!!」
断末魔の叫びを上げながら、地面に崩れ落ちるホーンラビット。
地面に仰向けになりながら倒れ伏したホーンラビットは、ピクピク少し動いて絶命した。
「おおー、やったねクロちゃん!」
ミシェルの陽気な声と共に、彼女がピョンピョンと飛び跳ねながらガッツポーズをしているのが目に入る。
出会ってまだ数時間も経っていないのだが、相も変わらずこの娘はいつもハイテンション……というか元気だな……。
そう思いながらも「ありがとう」と返事をしようとするが、突如、妙に聞きなれた音楽が大音量で鳴りだし、驚いて口を閉ざしてしまう。
突然鳴り響いた軽快な電子音。
俺は辺りをキョロキョロと見渡すが、どこにもそんな音が出そうな音源は見つからなかった。
ミシェルやドクさんの顔も確認するが、どちらも驚いてはいなかった。むしろ、ミシェルが「ナイスー!」と此方に手を振る位だ。
ということは彼らには今の音が聞こえていなかったのだろうか?
それとも今の現象は彼らにとって日常茶飯事の事であり、わざわざ驚くに値しないかったからなのだろうか?
分からない。
先ほど流れた音はかなり大きかったし、彼らだけ聞こえなかったという可能性は少ない筈だ。
またこの現象が日常で極ありふれたモノで有るのならば、なんの反応を示さないのもおかしいだろう。
結局どちらかは判別がつかなかった。
……まあ、考えてもこれといった答えは出ないだろう。そう考えた俺は目の前にいる二人に今の事を聞こうと彼らの方へ向いた――――その時だった。
《レベルアップおめでとうございます!》
そんなどこからともなく流れてくる機械音。
先ほどとは違い、今度は電子音声だった。
電子音声は俺の理解の有無等を一切考慮する事無く、どんどんと続いていく。
《Player Number [A-001028]。Player Name [クロ]様。只今の戦闘により貴方の種族レベルが上昇した事をお知らせします。》
《ステータス画面及び、メニュー » プレイヤー情報等から、レベルアップボーナスのステータス割り振りを行ってください。尚、ステータス割り振りは強制ではなく、後程からでも可能です。》
《またこのインフォメーションは、各プレイヤーの最初のレベルアップ時にのみ限定のチュートリアルインフォメーションとなっております。次回からの種族値レベルアップのインフォメーションは簡略化されたものとなります。インフォメーションの有無、或いは詳細度の設定は、設定 » 各インフォメーション設定より行って下さい。》
《レベルアップにより、SPが3追加されました》
え、えーと……?
つまり今のインフォメーションの内容を端的に言うとするならば、『貴方はレベルアップしました』って事……なのか?
俺はインフォメーションに指示された通りにステータスウィンドウを開いた。
・name : 【 クロ 】 Lv.2 (↑1)
・race : 【 亜人族 】
・職業 : main【 短剣使い 】 sub【 盗賊 】
・ステータス
生命力【 30 】
攻撃力【 20 】
防御力【 3 】
魔法力【 3 】
魔防力【 3 】
器用値【 3 】
素早さ【 20 】
ステータスポイント【2】
《ステータスポイントを割り振ってください。ステータスポイント一つにつき、HPは10。他のステータスは1づつ上昇します。》
(※ステータス割り振り時において表示されるステータスは、職業及びスキルによる補正を除いた基礎ステータスとなっています。)
ステータス割り振り……か。
他のプレイヤーより死にやすくなっている現状、俺が上げなければならないステータスは決まっているだろう。
防御力か生命力《HP》だ。
高々ステータスの値が一つ二つ増えた位では大した差はないだろうが、どうやらこのステータスポイントは1回のレベルアップにつき2ポイント貰えるらしい。
という事はだ。
後5回、いや後3回レベルアップをし、取得したポイントを全部防御力に注ぎ込めば、防御力は10を越える事が出来るだろう。
防御力が10といえば、人族であるアネハのステータスと大体同じ位の筈だ。
そしてアネハは始まりの洞窟にいるストーンタートルの攻撃を受けても、たった数%しかダメージを受けていなかった記憶がある。
まあ、体力の関係もあるかもしれないが、それでも死に難くなるという事実は歓迎すべき事だろう。
……よし。
俺は意を決してステータス割り振りを行う。
無論、振り分けるのに選択したのは防御力だ。
防御力を2回タップする。
《防御力を2上昇させます。よろしいですか?》
確認のホロウィンドウが表示される。
迷わず[ Yes ]をタップする。
《消費したポイントは二度と帰ってきません。本当によろしいですか?》
またもや表れる、確認のウィンドウ。
いい加減 鬱陶しく感じてきたものの、確認は大切なことであるのは理解できるので、グッと文句を飲み込み、改めて[ Yes ]を押そうと指を伸ばしーーーー
止まってしまった。
別に度重なる確認の画面に興醒めしてしまい中断した訳ではない。
ただ、こう思ったのだ。
コレじゃあ周りと同じじゃないのか? と。
勿論。死に易くなるのは嫌だ。
だが、先程のホーンラビットの戦いを思い返してみれば、充分戦えたのではないか?
まだほんの僅な数のモンスターとしか戦っていないのにそんな判断力を下すのは、やや早計なのかもしれない。
だが、わざわざ防御力を上げるのではなく、もっともっと攻撃力を上げたならどうなる?
より強いエネミーを一撃で倒せれるようになる反面、より死に易くなるだけだろう。
もう一度言うが、死に易いのは嫌だ。
モンスターに一撃で倒され、その都度所持金を全部失っていく。
そんなのは面白くないだろう。
だけど。
自分より強いモンスターを、
自分より強いエネミーを、
自分より強い、まさしく読んで字が如くである【強敵】を、
一撃で葬れたなら。
どうだろうか?
それでも、面白くないのか?
それとも、面白くなるのか?
自問自答。
その問に出た答は、
きっと最高だろう。
……始めてアネハと一緒に戦ったあの戦闘において、俺は自分の装甲の弱さに茫然とした。
それは言っている通り自分の防御力が想像以上に低かったからではあるし、身体が現実よりも小さく動かし辛かったせいでもある。
だが恐らくだが茫然となった最もの理由は、今なら分かる。
唐突だったからだ。
何よりも楽しみしてたモノで、突然自分だけが辛い局面に直面し、つまらなくなっていたからだ。
そして、あれから暫して色々と考えたのだが、「あの出来事はそうそう悩むものでもなかったな」と俺は思っている。
むしろ「これで良かった」と思う俺もいた。
そう、一種の縛りプレイの様なものと思えばなんて事はない。
実は俺の好きなゲームは、オワタ式の鬼畜ゲーや作業ゲーなのだ。
別に自虐嗜好者ではない。
ただ同じ事を何回も繰り返して、いつかは何らかの形でその結果が帰ってくるのが楽しいのだ。
それに他人が挫折したり諦めたのを自分は続けられているという充足感がまた堪らないのだ。
だから俺は自虐趣味などというものは持ち合わせてはいないのだ
……少なくとも自分ではそう思っている。
さて、この時俺の考えははっきりと変わっていた。
「いっその事、このままで行っちゃおうか」というように。
先程思い出したのだが、このテストプレイで使ったアバターは製品版でそのまま引き継いでプレイする事もできるのだが、ある程度の特典を貰ってもう一度アバターを作り直せることもできるのだ。
……よし!
俺はステータス割り振り画面を操作し、防御力に振っていたポイントを元に戻す。
そしてある二点にポイントを全部つぎ込み、2回にわたる確認の表示に対し全て[ Yes ]と答えた。
・name : 【 クロ 】 Lv.2 (↑1)
・race : 【 亜人族 】
・職業 : main【 短剣使い 】 sub【 盗賊 】
・ステータス
生命力【 30 】
攻撃力【 21 】(↑1)
防御力【 3 】
魔法力【 3 】
魔防力【 3 】
器用値【 3 】
素早さ【 21 】(↑1)
ステータスポイント【0】
ネタプレイ?
そう言われても構わない。
俺はこのスタイルでこのゲームをしていく事を決意したのだった。