第15話『パーティー』
「「えええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!?!?!!」」
重なる俺とドクの叫び声。
余りの煩さに、街道を歩いているプレイヤーや店先に立っているNPCが『なんだ、なんだ』と此方へと視線を投げ掛けてくる。
だが、周りの人間には失礼かもしれないが、俺にはそんな事は現状においてどうでもよかった。
「な、なっ、なに言ってんだお前!?」
ドクが叫ぶ様にミシェルに詰め寄った。
その顔は怒りというよりも混乱や驚愕の体が表れていた。
しかし、ミシェルはドクに叫ばれた事に竦むどころか、ドクや俺達の声を更に上回る大きさで言い返した。
「だってクロちゃんが可哀想なんだもん!」
「可哀想ってお前なぁ! そいつは白の眷属だ。他に似たような境遇の奴なんてそれこそ巨万といるんだぞ! その理屈通りに動くんだったら、お前は全員助けなきゃいけねぇんだ、 分かってんのかよ!?」
「知らないよそんなの!」
「知らないっておまっーーーー」
「だってクロちゃんには家族が居ないんだもん!」
それは喉がはち切れんばかりの叫び声だった。
抱き着かれた事で分かった、華奢な少女の体とは思えない程の。
「ッ!……」
ドクはミシェルに詰め寄ろうとした足を止め、そのまま数歩後退った。
驚きを隠せずに驚愕しているその顔には、怒りや困惑といった感情ではなく、はっきりとした悲しみと、触れてはいけないモノに触れてしまったような後悔の念が表れていた。
暫く、お互いに無言で佇み合うミシェルとドクの二人。
そんな中、俺は唖然として動く事が出来なかった。
動こう、動かないの問題ではなく、動く事が出来なかったのだ。
だって仕方がないだろう?
失意の中歩いていたら突然見知らぬ少女に迷子扱いされて、
続いて少女の知り合いの青年が現れて、
青年に迷い人という存在を教えられ、
立ち去ろうとすると少女が変なカミングアウトをして、
それが理由で少女と青年が目の前で喧嘩し始めて、
そして今に至る。
こんな事が高々数十分、約一時間にも満たない小さな時間の間に起こったのに、その事様を全て理解しろというのは、俺の頭の要領では少々無理がある話だった。
「…………わかったよミシェル」
重苦しい静寂を破ったのは青年ーーーードクだった。
「認めてやるよ。仕方がねぇしな」
「えっ……良いの?」
「ああ」とドクは頷き返す。
「ただし。母親は無しだ。精々……そうだな、パーティーメンバー位だったら、認めてやることもなくはない。な」
「……?」
「だあーっもう! 二重否定も分からんのかこの天然女めっ! 良いって事だよ、そいつを連れてっても!」
まだ話を理解出来ていなかったのか、暫くボーっとドクを見ていたミシェルだったが、ようやく話の内容を飲み込めたのだろう。
「……本当に!? やったーありがとうドク!」
俺の拘束を解き、諸手を上げて喜ぶミシェル。
「ただし! いいかよく聞いておけよミシェル、もう一つあるからな」
するとドクがそんなミシェルの喜びを牽制する様に呼び止めた。
「そいつは迷い人だ。だがな、目的がないと言っても意識がない訳じゃあないんだよ」
「どうゆうこと?」
「あー つまりだな、そいつにも俺達と同じような思考を持ってるてこった。まあ、俺達を遥かに上回るような、そんな超常的なモノを持っている可能性もあるんだけどな」
「……どゆこと?」
一向に理解を示さないミシェルに痺れを切らしたドクは、頭をかきむしりながら矢継ぎ早に言い放った。
「だあー! つまり俺が言いたいのはな! 俺達とパーティーを組むかどうかを決めるのは、あくまでもそいつ本人だって事だよ!」
「…………」
「…………」
「なるほどー」
「いや絶対分かってないだろお前」
二人はそこで話を止めると、俺に向けて視線を向ける。
「君はどうしたい?」
彼らの質問に俺は答える。
「俺はーーーー
ーー◇ーー◇ーー◇ーー
「ふん、ふふんっふふ、ふっふん」
少し先を耳と尻尾をピクピクと動かしながら、陽気そうに鼻歌を歌うミシェル。
そしてそんな彼女を横目に見つつ、俺は隣を歩いているドクに向けて口を開いた。
「ドクさん達は、いえ、僕達は一体何処へ向かっているんですか?」
「ドクだ」
「え?」
「ドクで、呼び捨てで良い。それと敬語もいらねぇ。その、なんだ、小っ恥ずかしいからな」
プイッと首を俺の反対側に反らすドク。
ツンデレかよっ 、という喉まで出かかっていた突っ込みをぐっと飲み込んだ。
遡ること20分前。
あの時ーーミシェルとドクさんから一緒に来るかと誘われた時ーー俺は彼らからの問いに、『一緒に行きたい』と肯定の意識を示した。
何故かって?
まあ理由は色々とあるのだが、やはり一番は気まずかったからだからだ。
今「おいおい……情けないなぁ」と思った人がいるかもしれない。
だが、見知らぬ二人の人間が自分の事をあれこれと心配してくれた上で出してくれた結論に対して、『いや要らないです』と返事できるか!?
無理!
少なくとも俺のチキンハートじゃ無理!
まあそれに誰かとパーティーを組むのはやぶさかではない、というか誘われて若干嬉しかったからなんだが……。
ともかく回想はここら辺にしておこう。
俺は苦笑いをしながらドクさんに返事をした。
「ちょっと……無理な相談ですね」
「なんだ? 恥ずかしいのか」
「いえ、そうではないんですけど……」
少し前に分かった事なのだが、ふとミシェルとドクさんの年齢が気になった俺は二人に聞いた所、ミシェルは17歳。そしてドクさんはなんと21歳という返事が返ってきた。
どうやらミシェルは俺の同い年で、ドクさんは俺より四歳も年上らしい。
ということで、年上とわかってしまったからにはタメ語が躊躇われてしまい、チキンハートな俺は本人から許可されても敬語を止められずにいたのだった。
「まあ……良い。無理に強要するもんでもないしな。 それで今から向かっている場所だが、〈劣魔の森〉っていう所だ」
「〈劣魔の森〉ですか?」
「ああ。グリーンタートルやホーンラビットといったモンスターが出現する比較的簡単なダンジョン――――
「ねえ、ドク!」
「おわぁ!!」
話している最中に突然目の前に現れたミシェルに驚いて、説明を中断してしまうドクさん。
そんな事は歯牙にもかけず、ミシェルはドクと俺に向かって話しかけてくる。
「もう着いたよ! 劣魔の森に!」
俺はミシェルの声に連れられて辺りを見渡した。
そして画面左端に浮かぶ現在位置が《劣魔の森》と表示されていることを確認する。
疑っていたつもりはないのだが、どうやらドクさんの言う通りここは<劣魔の森>という場所らしい。
さて、このゲームを始めてから二回目に潜るダンジョンである。
ミシェルやドクさんとの連携はどうなるのか。
この小さい体には大分慣れてはきたものの、ちゃんと戦闘出来るのか。
期待と不安をごちゃ混ぜながら、俺はダンジョンに挑むのであった。