第14話『告白』
「「迷い人?」」
ハモる俺とミシェルの疑問の声。
「なにそれ、美味しいのドク?」
「食いモンじゃねえから。…………というかミシェル、そのガキが分からないのならまだしもお前が分からねえ筈ないだろ。ネネ様の歴史の授業ちゃんと聞いてたなかったのか?」
ネネ様?
ふむ。
誰なのかは皆目見当がつかないが、様付けすることから彼らが敬う様な人物なのだろう。
というか授業って聞こえたけど、つまりこの世界に学校か或いはそれに類する施設でもあるのだろうか?
だとすると少し意外だった。
ワァンタジーが趣旨であるこのゲームに、戦闘ではなく知識を学ぶ機関があるとは想像し難かったからだ。
と、まあ、そんな彼らの会話に疑問を生じさせて考えていると、彼らは(知り合いでもないので当たり前だが)俺を無視して会話を続けていた。
「そんなの覚えてないよ。教えてよドクー」
「『そんなのって』っておまっ、―――――まあいいか、お前だしな…………」
「むぅ。なんかドクのその言い方バカにされてる様に感じるよ?」
「様にじゃなくて、バカにしてんだよ。気づけ」
「あー! バカって言った! バカって言った方がバカなんだよ? バーカ!」
「あ゛あ゛!?」
顔を怒りの形相に変えてミシェルに詰め寄ろうとするドクだったが、『八ッ』と我に返る。
そして「落ち着けぇ……落ち着けオレ……。コイツはこんな奴なんだ、今に始まったことじゃねえ、だから落ち着けぇ……。……よーし」となにやらブツブツと小さく呟くと、
「いいか?迷い人っつうのはだな――――」
そう語りだした。
「迷い人っつうのはだな、所謂『神の使徒』の異状種のことだ」
「神の使徒?」
「ああ、このリフロイナムに遍く御座しまする数多もの神々が、世界の調和の為に、加護を授受した種の最低限の存続の為に、己が利己の為に、下界―――リフロイナム―――に解き放った直属の存在。それが『神々の使徒』だ。まあ簡単に言うならば、神から何らかの勅命を受けて生まれた生物を指している言葉さ」
ドクは話し続ける。
「だがな、そうした神々の使徒の中には目的がない奴がいるんだよ。
そう。受けている筈の、神からの勅命を何故か受けていない奴がな。
必然か、あるいは偶然か、それは分からない。
悪者か、はたまた善者か、それも分からない。
神の有意識の産物なのか、無意識の産物なのか。
それ自体も分からない。
そんな存在が生まれる事があるんだ。
そしてそんなよく解らない奴の事を、神の使徒の中でも異端児として扱われるそいつ等の事を、『迷い人』って言うらしい。
詳しい理由は知らねえが、創造主である神の目的と、創造物である使徒の意志が無い事が、この世界で迷子になっている様に見えるから。なんだとよ」
ドクはそこで話を止めた。
成る程。
神の使徒、そして迷い人ねえ……。
聞いたことが無い。と言えば嘘にになる。
今から数時間前、俺がアバター製作チュートリアルを終えた後に聞いたあのモノローグだ。
あやふやだが、俺はあの時に『使徒』という言葉を聞いた様な気がするのだ。
色んな事があったからほぼ頭の中にはないんだけれど、なんとなく。
と、俺がそんな思惟をしていると、ミシェルがドクに質問を投げかけた。
「でもどうしてドクはクロちゃんが神の使徒で、それも迷い人だって気づいたの?」
ドクは直ぐにその質問に答える。
「そりゃあお前、そいつ―――クロっていうのか? そいつが白の神の眷族だからだよ」
白の神。
俺はその言葉がモノローグで語られていた事をハッキリと覚えていた。
全てが空白である、白の神の事を。
「白の神?」
ミシェルが首を傾げる。
「ああ、この世界に顕在しているとされる神々の中で唯一〝目的が無い〟存在。それが白の神だ。
そしてだからこそ、白の神の眷族を始めとする使徒もまた〝目的が無い〟んだよ。
神々の創造物に目的がなかったら、その創造物は『迷い人』として扱わられる。
つまるところ例えどんな姿格好をしていようと、白の神の創造物たる こいつ等は、総じて『迷い人』と判断され認識されるんだよ。 分かったか?」
ドクは今度こそ説明を終わらせようと口を閉じようとするが、「ああ、それと」と思い出したような体で追言をする。
「多分質問されそうだから先に言っておくが、じゃあ何故そいつが白の神の眷族かどうか分かったのかだが、そいつが今手に持っているその短刀―――そう、それだよ」
今俺が手に持っている武器といえば一つしかない。
Bシリーズの初心者の短刀だ。
俺はドクに指をさされた短刀を掲げると、ドクは大仰に頷いた。
「その短刀に白の神を表す紋章が刻んであるからだよ。眷族の武器は同種の眷族しか所有出来ねえからな」
ーー◇――◇ーー◇――◇ーー
「理解したかミシェル?」
ドクがミシェルに理解しているかの有無を為念する。
「オレが言いたいのはだな、要するにコイツ等、いやコイツは迷子云々は関係なく、そもそも存在自体が初めから『迷っている』んだよ。」
………なんというか酷く( 無論良い意味でだが )尊大な話だなぁ。
それが俺がこれまでミシェルと共に、ドクから聞いた話に対する率直な感想であった。
さて、ちょっとした成り行きでドクの話を最後まで聞いた俺は話の区切りが丁度良い事に乗じて、この場から立ち去ろうと足に力を込める。
俺と彼らの関係はまだ出会っても間もく、自己紹介をしたとも呼べない、只お互いの顔と名前を偶然知っているだけの間柄だ。
このままただ突っ立ってミシェルとドクの会話を聞くのもなんだし、そもそも知り合いである彼らの間に俺という存在は邪魔なだけだろう。そう判断したからである。
(部外者はさっさと引っこんでしまいましょうか ってな)
踵を返し、ミシェルに背を向け、立ち去ろうと片足を踏み出そうとした――――その時。
「ッ待ってクロちゃん!!」
切実なミシェルの呼び声。
「ねえ、ドク」
「なんだ」
「この子には何もないの? 寝る場所も、生まれた理由も、生きる理由も、自分の居場所も、家族も! 全部〝無い〟の? 」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、じゃあ――――――」
うおッ!?
突然の衝撃。
思わず口からそんな言葉が出そうになった俺は、その衝撃の理由がミシェルが俺に抱き着いてきた所為だと理解するのに、十数秒を費やした。
え、何? 一体なんですか!?
そんな俺の動揺とは関係なく、ミシェルは俺に抱き着いたまま叫んだ。
「私この子のお母さんになる!」
…………Pardon?