第13話『出会』
『死に戻り』
コンテニュー。リスポーン。リスタート。再出発。復活。仕切り直し……etc.etc.
些細な違いはあるものの、この死に戻りという言語に比較的類似した言葉を挙げるとすれば、こんなものだろう。
これ等はスポーツやローンゲーム、或いは将棋や囲碁やチェスといった卓上遊戯ではなく、主にコンピューターといった電子媒体で作られた、電子ゲームにおいてよく使用されている言葉である。
一般的にはゲーム内の死や戦闘不能によりプレイヤーの操作キャラを、ある程度の初期位置や初期状態に戻した上でゲームを再開するシステムを指している。
そして往々にして、ゲームをプレイしている最中でこれ等の言語を使う立場であった場合、その使用した本人は何らかの負債を背負っている筈だ。
例えば、残機の消滅。所持金の没収。所持品の消失。自信の喪失。時間の浪費。財産の損亡。威厳の失墜。
人によって様々で、中にはその全てを味わった者も、その全てを経験した事がない者もいるだろう。
……何が言いたいのかだって?
端的に言うのならば、今の俺は一文無しなんだよコンチキショーーッ!!
……どうやらことこの《real world》において死に戻りの代償は、『所持アイテムと装備を除く全財産、つまり所持金』の全ロストであるらしい。
いや。
いくらデスペナルティとはいえ酷すぎないか?これは。
確かに所持品や装備の喪失の心配はしなくても良いという点においては、他のゲームと比べても比較的良心的ではあるのかもしれないが、所持金全ロストは流石に……。
俺はその場でガックリと肩を下ろす。
(一体全体どうしたものか……)
何か物を買おうにも肝心のお金が無いのならばどうしようもない。
ならば、今持っている初心者の短刀を何処かの店で売れば、少しはお金になるのでは。
そう考えた俺は初心者の短刀を片手持って、直ぐに近くの武具屋に駆け込んだのだが……
「君。それはウチでは買い取れないよ」
店員にそんな事を言われて追い出されてしまう。
どういう事だ?
疑問に思い調べたところ、メニューのヘルプのページにこんなことが記されていた。
《ビギナーズ・シリーズ(以降Bシリーズ)について。
Bシリーズとはプレイヤーが一番最初に装備している武器の事を指します。基本的に『初心者の○○』という名前の武器が該当対象となっています。
各プレイヤーの持つBシリーズは、プレイヤーのメインジョブによって選別されます。
(例)剣士→初心者の長剣。戦士→初心者の斧。
Bシリーズの基礎値は3となっています。
Bシリーズは譲渡 及び 売却等はできません。》
譲渡 及び 売却等はできません。だってぇ……ッ!?
つまりこの初心者の短刀は換金出来ないということだ。
お金はない。
売れるものもない。
「今装備している服を売ったらどうだろう」と考えた事もあったが、どうせ売ったとしてもはした金にしかならないだろうから却下。
と、いうことで。
まさしく打つ手無し。
万事休すとはこれのことである。
(ど、どうすれば……)
キョロキョロと辺りを見渡す俺は、声を耳にする。
「ねぇ、君」
始めはそれが自分に向けての呼び掛けだとは気がつかなかった。
アネハはまだ洞窟にいるし、そもそもこのゲームに俺の知り合いはいない(いたとしてもこのアバターを見て俺だとは気づけないだろう)と思っていたからだ。
だが再度「ねぇ、君」という声が聞こえたとともに肩に手が置かれた事で、俺はようやくそれが自分に向けての発言だと認識した。
「ねぇ、君ってば!」
俺は肩に乗せられた手の主であり、呼び掛けの声の主の確認の為に後ろを振り向いた。
「ああ、やっと気がついてくれた」
そこには空の様な綺麗な青い紙をショートカットにした女性(少女?)が此方を伺ってきていた。
ご丁寧に目線を背の低い俺の位置まで下げるために、膝を折り曲げて。
年齢は大体20前後だろう。
髪の毛と同じ色のクリクリとした目が俺をジーっと見つめると同時に、パタパタと猫耳が動いていた。
ん……? 猫…耳……?
思わず二度見をしてしまう。
理由は分からないが俺をジーと見ている彼女の頭には、髪や目と同じ青い色の毛で被われている耳がちょこんと付いていた。いや、生えていた。
恐らく彼女は獣人種なのだろう。
アバター制作時に特殊種族の項目にあった、あの。
ということは彼女はプレイヤーなのか? そう思い彼女の頭上に出ているカーソルの色を確認すると、NPCを指す色を示していた。
つまり今俺の目の前にいるこの|獣人の女性はNPCらしい。
獣人の女性(少女?)は口を開く。
「やあ、私の名前はミシェル。君の名前は何?」
……何故いきなり自己紹介を?
そう疑問に感じたものの、これといった彼女を無視や拒絶する理由は思い浮かばす(強いて言えば初対面であることだろうか)、色々と踏んだり蹴ったりだった俺は何も考えずに『クロ』と自分の名前を口にする。
彼女―――――ミシェルはその言葉を聞くと、
「そっか、クロちゃんって言うんだね!」
そう言って屈託なく笑う。
ク、クロちゃん……?
俺は衝撃を受ける。
なんだその小動物に名付けた様な安直な名前は!?
ま、まあ、設定したのは俺だし、そもそも飼っている猫の名前なんだけどね……。
そんな益体もない思考をしていると、ミシェルがまた問いかけてくる。
「もしかしてクロちゃんは迷子なの?」
……ま、迷子ぉ!?
何故俺を迷子だと思うんだこの人(獣人)は?
というか今気づいたんだがクロ『ちゃん』ってなんだ、女の子か!
――――い、いかん。
何やらこのミシェルと言う名の女性(少女?)は盛大な勘違いをしているらしい。
具体的には、俺の性別や年齢の事等をだ。
ならばその度重なった誤解をどうにかして払拭しなければ。
そう考え、口を開け、発言しようとするが――――
「ミシェル!」
――――声に遮られる。
一瞬俺の目の前にいる猫耳少女(もう面倒臭いから統一して少女にしよう)のものか? と思ったのだが、どうやら彼女の上げた声ではないようだ。
女特有のやや甲高いこえではなく、野太い男の声であったし、そもそも自分の名前を唐突に大声で呼称するのはないだろう。する者もいるやもしれないが、少なくとも俺にはミシェルがそんな個性を持っているとは思えなかったからだ。
ならば今の声は誰が?
そんな俺の抱いた疑問は直ぐに解消することとなる。
「こんな所に居たのか……、探したぞミシェル!」
向かい合っている俺とミシェル少し離れた位置に、赤髪で快闊そうな青年が現れたからだ。
此方に向かって恨めしそうな視線を向けながら歩いてくるのだから、彼が先ほどの声の主で間違えてはないだろう。
のしのしと近づいてくる青年。
冒険者なのだろうか? 青年は身に着けている軽そうな皮鎧とは裏腹に、重そうな槌や長剣が入った荷物袋を担いだままミシェルの横に立つと、それを『ドサッ』と地面に下す。
そしてミシェルは臆することなく青年に話しかけた。
「待ってたよドク!」
思い荷物を下した事で一息ついていた、ミシェルに『ドク』呼ばれた青年は、
「『待ってたよ』じゃねえよ! 一体何処で待ってんだ!」
口を開いたとたん、ミシェルに対しそんな詰問をする。
「そんなことよりもドクー、あのね」
「そんな事だと!? 西門前で集合しようって言いだした当の本人が、何故か東門のすぐ近くに立っている事と、その所為でオレをこんな重い荷物を持たせたまま彼方此方に探し回らせた事を、そんな事だとぉ!? くそォ、この天然バカ女がッ!」
「いやー、そんなに褒めても何も出ないよ?」
「いや褒めてねえし!? というかそもそもお前は―――――「そんなことよりも、ねえ聞いてよドク!」
ドクはミシェルに自分の小言が遮られた事が嫌そうに顔を歪ませるが、ミシェルの浮かべている表情がふざけたモノでは無い事に気が付いた様で、「一体何なんだよ……?」と小さく質問をした。
「この子、迷子なんだって!」
ミシェルとドクの注目が俺に集まる。
見られている視線がどこかこそばゆかった。
「迷子ぉ?」
ドクはそんな呟きともに、俺を矯めつ眇めつジロジロと眺める。
そして、
「ああ、ミシェル。こいつは――――――迷い人だよ」