第10話『衝撃』
「はぁ………」
「そう落ちこむなってクロ。大丈夫だよ」
あれから、笑顔で「やってやるぜ!」と息巻いて突撃した俺は、
「うわっ」
こける。
「危ねぇ!」
つまずく。
「ひぎゃっ!」
壁にぶつかる。
それはもう、散々たるあり様であった。
急激な身長の変化に身体の感覚が追い付かず、ダッシュ一つで直ぐに体勢が崩れてしまうのだ。
ゲームを始めてから30分程が経過し、完全でもないが少しだけ歩くのにも慣れてきたので、戦闘もいけそうだと思ったのだが………どうやらそう簡単にはいかないらしい。
「まあ、仕方がない。いきなりそんな体になったのなら誰でもそうなるさ」とアネハはなぐさめると共にフォローしてくたのだが、それがより一層俺を落ち込ませる原因となっていた。
結局俺はストーンタートルには一撃も当てられず、アネハが斧 で甲羅に覆われていない肉質の柔らかい部位を二・三回切りつけた事によりストーンタートルは死んだ。
それが一体目。
そして、今俺達の目の前で光となって消えていった亀は、この洞窟に入ってから通算三体目の亀であったのだが、俺はまたもや攻撃を当てられずにいた。
パーティを組んでいるので、得た経験値は俺とアネハに均等に半分づつ分配される。
その事実によりアネハに対しての罪悪感が半端ではなく、申し訳ない気持ちで一杯だった俺は、ある決心をする。
今俺のステータスは種族と職業の補正により、奇しくも攻撃力と素早さの極振り状態である。つまり、今俺はステータスだけは何処からどう見てもスピードファイターな訳だ。
ならば見敵必殺とはいかずとも、即効撃破は頑張れは行けるはずである。……身体の制御はともかくとして。
そんな決心をしてから、歩くこと少し。
ストーンタートル Lv2 エネミー
ストーンタートル Lv3 エネミー
俺達の前に再び亀が現れた。
今度は一度に二体。それも一体は先程よりもレベルが高く、若干体格や大きさも隣で歩いているLv2の亀より大きいように感じられる。
「じゃあ行こうぜ……っておいクロ!?」
「ウラアァッ!」
アネハが敵の存在を感知してから右手に斧を構えている間に、俺は雄叫びを上げながら飛び出していた。
猛烈な加速で体勢が崩れるが、俺は関係ないとばかりに短刀を高く振り上げ、Lv3のストーンタートルの首に向かって力の限り振り下ろす。
保身という思考を捨てる事で勢いを一切弱めずに全力で切りつけた俺の短刀は、Lv3のストーンタートルの首を切り下ろすどころかそのまま地面を強打し、そして金属と何か固いものがぶつかった様な甲高い衝突音を響かせながら小さな破片と小規模の薄い煙を辺りに撒き散らした。
『パリンッ』という無機質な音が洞窟内を反響しながらも響き渡る。
これはストーンタートルの体力ゲージが砕け散った音だ。
胴体と頭がおさらばしたストーンタートルの死体は、やがて身動ぎ一つせずにその場に崩れ落ちる。
「す、凄ぇ……」
勢いを殺しきれずに転がり壁にぶつかって止まった俺と、斧を構えたままで固まっているアネハは、その惨状を見て茫然としていた。
幾ら攻撃力の数値が7の差があるとはいえ、アネハが二・三撃いれなければ死ななかったストーンタートルのレベル3を、一撃でほふれるとは……。
と、壁によたれかかりながらそんな事を考えている俺の前に何かが煙をかき分けながら歩いてくる。
アネハか? ……いや違う。
ストーンタートルだ。
先程の片割れのレベル2の方だろう。
悠然と近づいてくるその顔には、同族を殺された事で怒りの形相 (あくまでもなんとなくだけど)を浮かべていた。
ストーンタートルは煙から抜けると暫く周りを見渡し、俺をその目で捉える。そして、
『アォ、アゥ……、アアウゥォ!』
そんな叫び(?)声を上げながら俺をめがけて猛然と走り始めた。
「へ?」
今までのようなノタノタではなく、ドタドタと走る亀。
転んでる事で視界の高さが低くなっている俺にとって、それはかなり迫力のある映像だった。
「ちょ、ちょ、ちょっとまった!」
俺の声は聞き届けられず、亀はそのままズンズンと此方へ近づいてくる。
「クロ? どうした?」
アネハが煙の向こうから心配して声をかけてくれるが、どうやらあちらには俺の危機的状況が見えていないらしい。
実は俺は身体を盛大に捻ってしまい、起き上がるのに少なくとも十数秒位かかりそうなのだが、亀が此方へ近づいて来るという事態に気が動転して、上手く立ち上がれずにいるのだ。
ゲームとは分かっているものの、怪我や傷みを負うのも、死んでしまうのも、どちらもなるべくなりたくない。
そう切に願った俺は短刀をがむしゃらに振り回し、牽制しようとするが亀は止まらない。
「ヤバイヤバイ、ちょ、タンマ。ま、待って、待ってくれ!」
俺の制止の声は虚しくーー
グシャッ
俺は亀に踏み潰されて死ぬのだった。