マゾヒズム
これはある夫婦、春彦と小夜の縁を結ぶまでの概貌である。
とある街に西条という富豪の一家がいた。そこのひとり娘が小夜であった。当時十五だった小夜の小間使いが、当時十八だった春彦である。
小夜はひとり娘という境遇が災いしてか、幼少のころから甘やかされ大変わがままな性格に育った。その放埓さは誰が見ても目に余るもので、たとえば男の使いに自らの身体を洗わせたり、用を足したあと女中に尻を拭かせたり、彼女の身の周りの人々はひどく迷惑しているにも関わらず、その勝手な行いは収まらなかった。ある女中はその件を小夜の両親に伝えたところ、どうやら父母は彼女を溺愛していたらしく、小夜の命に従わないのであればお前を辞職させると脅され、どうしようもなくその女中は口をつぐんだという。
こんな感じであったので彼女の下で働く者は長くは持たず、女中も小間使いもひっきりなしに交代していっていた。そんな中雇われたのが春彦であった。
春彦は辛抱強かった。誰もが嫌がる仕事を小言ひとつ言わずせっせとこなし、その様子に惹かれた小夜は、次第に春彦を珍重するようになっていった。
そんなわけだからか、小夜は春彦に酷い仕打ちをすることはなく、褒美を与えたり休みをとらせたりしていた。春彦も小夜を慕い悦服するようになる。春彦が仕えてから一年ほど経ったころには、二人の間柄は昵懇となっていた。
彼女らの関係が主従から男と女に変わったのは、二人が出会ってから、つまり春彦が西条家にやってきてから二年の月日が経過したころであった。
蒸し暑い夏の日、昨晩降った雨の涓滴が葉から零れ落ちる。トゲトゲしいまでの日差しが降り注ぐ。今年の暑さは毎年に比べ数等厳しい。
このころ、春彦はひとつ不満を抱えていた。他の使いらは忙しそうに走り回るなか、自らは嬖されているからとはいえ、小夜の横で呑気に茶を飲んでいるだけ。自分だけ彼女の役に立っていないのではないか、そう悩むようになっていた。
そこで春彦は、小夜に自分にも仕事が欲しいと言った。もちろん小夜は彼を非常に気に入っているので、その意に逆らうことはなく、彼が仕え出した当初のように嫌がらせのような仕事や錯綜とした仕事を与えるようになった。
それから更に一月、春彦はふと気がついたことがあった。彼は、小夜と二人ゆっくり茶飲みをしていたころよりも、よっぽど、彼女の身体を洗い尻を拭いている方が性に合っていると思うようにたっていた。
そうなると春彦の要求はだんだん激しさを増し、それにいちいち応えていた小夜の奔放ぶりも増していき、数ヶ月のちには靴舐め足舐めにとどまらず、小夜が春彦を馬乗りになりケツをハタキ、春彦は喜びを含んだ悲鳴を上げた。その情景は生々しく、女中や他の小間使いのみならず、小夜の両親でさえ気味悪く感じるようになっていた。
小夜は性根からサドの気があるらしく、春彦に痛みを加えることに興奮を覚えるようになった。春彦は春彦でマゾの気があり、その痛みに快楽を感じていた。
それから、そんな二人が夜を共にするのに長い時はかからなかった。小夜と春彦の夜がどんなものであったかは読者諸君の想像にお任せするが、当時働いていた女中の話しに寄れば、二人の寝ていた部屋からは、狂った笑い声と狂った叫び声が響いていたという。
数年後、彼女らは縁を結んだ。小夜の両親は大変反対したようだが、すでに春彦なしには生きられなくなっており、泣く泣く結婚を許したそうだ。
二人の最期がどんなものであったかは知られていない。というのも、彼女らの周囲はみな彼女らを奇妙に思い誰も近づかなかったそうだからだ。ひとつわかっていることは、小夜と春彦の住む家からは、毎晩のように女の笑い声と男の悲鳴が聞こえていたということだけである。