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第五章

 夕方。そろそろ夕食にしようかと直巳が考えていると、アイシャがAを従えて、ずかずかとリビングへと入ってきた。

 アイシャは手に持っていたメールを印刷した紙を、投げるようにテーブルに置いた。

「餌に食いついたわ」

 直巳はその紙を手に取り、メールの内容を読みあげた。隣りにいる伊武も、メールを覗き込んでいる。

「えーと、Hgの情報について、お話したいことがあります。メールでは難しい話もありますので、直接お会いできますでしょうか……骨董商、牧田……こりゃ、たしかに食いついたね」

 具体的なことは一切書かず、ただ会いたいという。慎重に――というか、ひねくれて考えるとするならば、Hgよりも、それを探している人物に会いたい、とも考えられる。

「で、アイシャはどうするの――って、まあ会うしかないよね」

「ええ、会うわ。私一人でね」

「Aも連れて行かないの? 危なくない?」

「危なそうに見えるからいいのよ。針は隠しておかなきゃ、魚は餌を食わないでしょ」

「撒き餌は終わって、ようやく針にかけるってとこか」

 アイシャの撒いた情報にリアクションはしてきたが、それだけだ。まだ、何の情報も得られてはいない。ここからが本番ということだろう。

「そういうこと。Aとまれーには、隠れてついてきてもらうわ。直巳は……まあ、好きにしなさいよ」

「お、俺も行くよ! 少しぐらいは役に立つから!」

 直巳は魔術の絡まない荒事では役に立たない。護衛など、もっとも似合わないだろう。それでも、正面切って役立たず扱いされては、黙っていられない。

「来るのね。わかった。というわけで、今晩会おうと思うんだけどいいかしら? まれー」

 伊武はアイシャの言葉に黙ってうなずく。

「あら、素直ね。私の護衛なんて、ごねるかと思ったわ」

「椿君が……行くなら……私も……行く……だけ」

「あら、そ。細かい指示はAに聞いてちょうだい。それじゃ、今晩ね。A、手土産を用意しておきなさい。洋酒でいいでしょう。失礼の無いものをお願いね」

「かしこまりました。すぐに用意いたします」

 Aが頭を下げると、早速準備のために部屋を出ていった。アイシャが言う失礼の無いものだと、相当な高級品になるのだろう。

「手土産まで持って、相手の家に出向くねえ……」

 直巳があきれたように溜め息をつくと、アイシャは可愛らしい笑みを浮かべた。

「従順でしょう」

「やり過ぎじゃない?」

 直巳がそう言うと、アイシャの笑みが悪いものに変わった。

「やり過ぎなぐらいでいいのよ。こんな可愛い少女が一人で、手土産持って相手の家に行くのよ。できるだけ良い気になって、油断してもらわないと」

 直巳は、楽しそうなアイシャを見ると、一人で行かせるのを心配していたのがバカらしくなった。

 せいぜい、牧田が悪人でなく、素直に協力してくれればいいなと、直巳は思った。

 自分やアイシャのためでなく、牧田のために。



 夜になり、直巳達はAの運転する車で牧田の家に向かうことにした。椿家からは、かなり離れており、車で2時間はかかる。

 牧田の家に向かうメンバーは、運転手のA、アイシャに、直巳と伊武だ。Bとカイムは家で留守番させている。つばめの護衛、体調の監視という役割もある。

 Aが椿家の前にリムジンを駐める。アイシャ以外のメンバーは車の前で待機していた。アイシャは仕度に手間取っているらしく、まだ来ていない。

 直巳は寒さで縮こまっているのだが、Aと伊武は平然としている。寒さに強いというより、寒さを感じていないレベルに見える。

「伊武……寒くないの?」

「うん……寒いの……得意……だから……」

 そう答える伊武の格好は、男性用のロングコートに、ライダースーツのような戦闘服だった。夜はこの格好が一番目立たなくていいらしい。素材は一見するとレザーのように見えるが、防刃効果もあるそうだ。ただ、保温性があるとは思えない。体のラインが浮き出るぐらいにフィットしているので、下に厚着をしていることもないだろう。ちなみに、この戦闘服については、つばめの、「エッチすぎる」という言葉が適切だった。胸もお尻も、伊武の体験に合わせて立体的に作られているので、非常に目立つ。

 ただ、それ以上に格好いいな、というのが直巳の素直な感想だった。自分があの格好をしたら、ただの格好つけた痛いやつにしかならないだろう。伊武の高い身長に、鍛えられた体があってこそ、冗談ではなく格好よくなるのだ。

 直巳が、伊武の格好を羨望の眼差しで見つめていると、Aが伊武に近寄り、無言で戦闘服越しに体をペタペタと触り始めた。

「……何?」

 伊武が不愉快な声を出すが、Aがやめる様子はなかった。

「いえ、改良点があるなと思いまして。ここの部分は、もっと質感をマットにした方が夜も目立たなくなるのではなと。どうも光が反射している気が」

「そう……色のことなら……触らなくても……わかる……よね」

「色はそうなんですが、少しきつそうだなとも思いまして。希衣様は、まだ成長してますからね。特に、この胸のあたり。また、バカみたいに大きく――」

 伊武がAの顔面を片手で握る。Aは痛いとも言えず、全力で伊武の腕をタップした。

 Aのタップが弱まったところで、伊武がAを解放した。

「――今度、ちゃんと計りましょう。二人きりで」

 Aが、キリッとした顔で伊武に言うと、伊武は黙ってうなずいた。

 そんな風に遊んでいると、ようやく家からアイシャが出てきた。

「待たせたわね。ひさしぶりだから、大人しめのドレスが見つからなくって」

 そういうアイシャは、何のクセもない、黒いワンピースのドレスを着ていた。髪もまっすぐに下ろして、まるで初めてパーティーに参加する、どこぞのご令嬢のようだった。アイシャがこんなに大人しい格好をするのは珍しい。

 直巳も伊武も、アイシャの姿に思わず見とれる。

 だが、伊武はすぐに目をそらした。あれはアイシャにしか似合わない格好。美しい少女を引き立たせる装飾。自分では絶対に得られないもの。それに見とれてしまったのが悔しい。

「さ、行くわよ」

 遅れてきたアイシャが、一番最初に車に乗り込む。続いて、全員が乗車した。

 運転はA。直巳は助手席に座った。後部座席には、アイシャと伊武が向かい合って座る。

 移動中、アイシャはAや直巳と雑談をしていたが、途中、伊武の視線に気づいた。

 運転席の方に身を乗り出していたアイシャは席に戻り、伊武に話しかける。

「まれー、どうしたの? 私のこと、じっと見て。なんかおかしい?」

 アイシャが首をかしげてたずねると、長い金髪がサラサラと揺れて、鎖骨から胸元を流れていった。伊武はアイシャに返事もせず、その髪の動きを、ぼうっと眺めている。

「――まれー? 何? そういう趣味だったの? ちょっと、やめてよ? あんたに襲われたら抵抗なんか出来ないんだからね」

 アイシャが自分の身を抱き寄せるようにすると、伊武は慌てて首を横に振った。

「いや……違う……から」

「わかってるわよ。マジに答えるのやめてよ。で、本当は何なの?」

「本物のドレス……とか……あんまり……見たこと……ない……から」

 伊武が少し口ごもりながら言うと、アイシャは、「ふうん」と、つまらなさそうに答えた。

「欲しいなら、今度用意してあげるわよ」

 伊武は、小さく鼻で笑った。ドレスを着た自分を想像するまでもない。

「……似合わない……から……いい」

 アイシャのドレスは大胆に肩が出ており、鎖骨がはっきりと見えるようになっている。黒い生地のドレスは、アイシャの白い素肌を、精巧な細工のように細い骨や筋を引き立てるために存在しているかのようだった。

 自分が着ても、こうはならない。アクション映画の女優のようにはなれるかもしれないが、アイシャのような、華奢で危ういような美しさは、自分には出せないだろう。

 伊武が断ると、アイシャは伊武の格好をじっーっと見て言った。

「ま、そう思うなら、やめておきなさい。その戦闘服、似合ってるわよ」

 それっきり、二人の間に会話はなかった。車内の空気が、少しおかしくなる。

 直巳はただ、二人のやり取りを黙って聞いていた。Aを見ると、彼女は苦笑していた。

 それから、特に何もなく、Aは牧田邸の近くで停車した。

 アイシャは降車する前に、全員に指示を出した。

 1時間経っても出てこなかったら、問答無用で突入すること。

 車は少し離れた場所に置き、3人は牧田邸の近くで待機すること。

 もし、何者かに襲われた場合は、出来るだけ生かして捕らえること。

 この3つを言い残して、アイシャは牧田邸へと向かった。


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