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今日も私は愛おしくてほんの少し憎い貴方とお茶を飲む

今日も私は、愛おしくて、ほんの少し憎い貴方とお茶を飲む~Before~

作者: 新田 葉月

「今日も私は、愛おしくて、ほんの少し憎い貴方とお茶を飲む」の前のお話です。誘拐事件やら、記憶を取り戻した直後のお話を収録。

本編とは雰囲気が違っています。

『うっ、これは心にくる……!』

さっとまとめただけのような髪型をした少女が胸を抑え、呟いている。

『ちょっと__の気持ちもわかったかも』


***


――――頭がいたい。

一気に流れ込んでくる記憶が私の脳の容量を圧迫する。

なに……? この記憶は。思い出せずにそのまま身に覚えのない記憶を探る。

……あぁ、そうか。ようやく思い出した。

この記憶は「前世」ものだ。私はいわゆる転生というものをしたらしい。前世の記憶を探ってみるがそこまで鮮明に覚えているわけでもなく。

私の前世の世界ではこういうのはっきり思い出せる、と相場が決まっていたんだけどなぁ……。やはり、現実というわけだ。うーん。死因は思い出せないけど、女子高生の記憶が一番鮮明だから女子高生のうちに死んだようだ。


前世の私は漫画や本が大好きな女子高生だったらしい。

その時の友人や家族との会話、あとは何冊かお気に入りらしい漫画のシーンを覚えている。自分の死因は思い出せないのに、漫画を覚えているってどういうことだ。まぁ、死因なんて思い出したくもないけど。


誰かが来て混乱する前に現状を整理しよう。

今世の私はレイラという名前。侯爵家の一人娘だ。現在七歳。婚約者ありである。

「…………うっ」

かぁっと顔が熱くなった。それは婚約者という前世で憧れた甘い響き故ではない。

今世の己の蛮行ばんこうのせいだ。次から次へと思い出したくもないのに思い出してしまう自己中心的かつ最低な振る舞い。


「……なにやってんのよ」

今までの私は権力を笠に、気に入らない子にいじめをする最悪な奴だった。残念ながらなに考えていたかも思い出せる。いくら前世の記憶が戻ってきたとはいえ、「私」は「レイラ」であり、「レイラ」は「私」。

そのときの私の考えは「だって私は侯爵令嬢。選ばれた人間だもの」だね! 高慢にも程がある。


こんな蛮行の記憶いっそ忘れてしまいたかった!


うひゃぁぁ! 私子供相手になにやっちゃってんの!? うわぁぁ! ごめんなさぁぁあい!! 

内心で悶え、はっと気がつく。

何故こんなに頭が痛いのか。頭だけではなく全身が痛いのか。一番大事な事を忘れていた。


……私、崖から落ちたんだった。

私が一目惚れをし、その我が儘さを遺憾なく発揮し無理矢理婚約者にしたアーロン。「レイラ」の一番の被害者である彼に手を振り払われた反動で私は崖に落ちた。崖といっても低いもので、しかもその下に川が流れていたから大事には至らなかったけど。それなりに頭は打ったからなぁ。


どうやらそのおかげで前世の記憶を思い出せたらしい。


崖から落ちたのは私の自業自得で、アーロンが責められる謂われはないが、私の両親は私にびっくりするぐらい甘い。生クリームに蜂蜜をかけて、そのうえから、ザラメをかけて、角砂糖と一緒に食べるくらい甘い。怪我をしたとなったら黙ってはいないだろう。

このままではアーロンが! むしろ今までよく持ったというくらい忍耐強く接してくれたのに、責められるなんてあんまりだ。

私は痛む身体を押さえてベッドから降りた。まずはお父様のもとへ行かなくては。アーロンがもしも状況を説明していたらまずいことになる。


よろよろと数歩歩くと、やや開いた扉から声が聞こえる。

近寄って扉を覗く。

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

光り輝くような容姿の天使が謝っている。

近くには険しい顔をした大男。

っ、あれ……? アーロン?

妙な既視感が私を襲う。しかし、それも一瞬。元々知っているんだから既視感も何もないわよね。

「レイラ」の記憶が天使がアーロン、大男が父だと告げている。


「お父様……」


扉を開いて声をかけた。

本当はアーロンに声をかけたいのだが、そうすると父の機嫌が悪くなる。


「レイラ、様……」

アーロンの顔は安堵六割、絶望二割、諦め二割といったところだろうか。どちらにしてもため息がでるくらい綺麗な顔。責められると分かっているのに安堵が大きいというのが、アーロンの良いところだ。九歳にして「レイラ」の蛮行に付き合っていれただけの事はある。前世と今世を足すと推定精神年齢二十四歳の私でも無理なのに。

尊敬する。


「おお! レイラっ! 無事か!!」

「はい。どこも痛くありませんわ。アーロンのおぐっ!」

アーロンのお陰です、とアーロンを庇おうとしたがその前に父に抱きつかれた。

「―――ッ!」

いっったぁぁぁ!!!

声が出せないぐらい痛い。いや、出したらアーロンに被害がくるからどちらにしろ出せなかったけど! 崖から落ちて全身打ち付けてんだよっ!? なんで抱きつく!? 

私を解放した父は憎々しげにアーロンを見つめた。

「レイラが起きたら全て話すといったな。レイラを守りきれない奴の話など聞きたくないが仕方ない。話せ」

アーロンを馬鹿にするな気遣いも出来ない父の癖に!!

アーロンは青ざめて口をぱくぱくと動かした。青ざめるのも仕方ないだろう。真実を話せばアーロンの家は取り潰し、よくても侯爵家とは手を切ることになるのだから。


「お、れは「私が悪いのですわ。お父様」

言い掛けたアーロンを遮って俯く。


「私が……崖があって危ないとアーロンに忠告されていたにも関わらず、アーロンに目隠しをして。さらに置いていこうと走ったのです」

ふふっ。これでアーロンが責められる要素はないだろう。とっさにしてはいい作り話が出来たと思う。

念の為もう一押し。

儚げに声を震わせて肩を抱く。

「アーロンが私の手を掴んでくれなければ今頃私は……。アーロンは私を助けてくれましたの。アーロンを責めないでくださいまし」

そっと涙を拭うフリをしてみる。私を信じて疑わない子煩悩の父だ。簡単に騙せるだろう。

「おお! そうなのか! 悪かったなアーロン。レイラを助けてくれたこと感謝する!」

ちょろっ! うっかり呟きかけた口を抑え、「ありがとうございます」と言っておいた。分かってはいたけど大分チョロかった。このせいで「レイラ」は我が儘になったんだけど今は助かった。

嬉々とした父はアーロンを褒め称え、再度私を抱き締めるとどこかへ行ってしまった。


「……」


これでアーロンと私は二人っきりになった。

うう。胃が痛いが、これは良い機会だ。


「アーロン……」

私がそっと呼びかけるとびくりと震えた。そ、そんなに怯えなくてもいいじゃない? あ、いや、今までの「レイラ」の言動を考えると仕方ないのか。「お父様には黙っていてあげましてよ? 貴方はこれに感謝して一生私の奴隷になりなさい!」とかいいそうだもんな。「レイラ」は。

「す、すまないっ、レイラ様」

レイラ“様”って。アーロンの方が年上なんだけど。あぁ、そっかここは身分さがあるものね。そういえば普段は敬語だったっけ? 今は混乱しているのか抜けているけど。

青ざめながらもアーロンは少し微笑んだ。


「俺が言えた事じゃないが、生きていてよかった……」


こふっ! 思わず口元を抑えた。

なにこの笑顔!

「死んでしまえば良かったのに」とか言われても仕方ないことをしてきたのに「生きていてよかった」!

しかも、落ちた私を放置せず、自分も飛び込んで助けてくれたのよね! うっすらだけどアーロンが必死に手を伸ばし流れる私を捕まれてくれたことは覚えてる。

感動のあまり、言葉のでない私を勘違いしたのかアーロンが表情を引き締めた。


「すまない……。俺、は」

何かを言う前に慌てて言葉を奪う。

「いいんです。寧ろ私こそ、謝らせてください。今まで貴方を振り回してごめんなさい」

「……は?」

アーロンは幽霊をみた、とでも言いたげな目で私をみつめる。そんなに信じられない? と言いたくなるけどそうだよね。「レイラ」ひどかったもんね。うん。許せないのは分かる。

けど、


「許されないとは分かっていますの。本当に本当にごめんなさい」

なぜだろう。演技ではない涙が零れた。アーロンに憎まれているのは「私」は分かっているのに辛い。

「っ、そうじゃない……!」

泣き出した私をアーロンは抱きしめてくれた。父とは違って、そっと。きゅんっと胸が高まってドキドキする。

こ、これは……にわかには信じがたいけど!


「悪い。いくら嫌なことされても崖だって考えれば良かった……! 怪我させてすまなかった!」

「ち、ちがっ。悪いのは私で……!」

あぁ、やっぱりだ。

精神年齢って肉体に引きずられるのかもしれない。

「許してくれるのか……?」

「当たり前ですわ。許さない理由がありませんもの」

身体をそっと離した。頭を下げる。

「助けて下さってありがとうございます」

「……いや、こちらこそ。庇ってくれてありがとう」

にっこりとほほえむ天使なアーロン。もう隠しようのない心拍数の上昇。


前世推定十七歳

今世七歳。

合計して精神年齢推定二十四歳の私は―――十歳のアーロンに恋してしまったようだ。


***


それからと言うもの、私はそれはもう真面目になった。記憶を取り戻してから「どこかでみたことある! でもなんか違う?」という妙な感覚に捕らわれたりもしたが、至って平穏だ。

今まで迷惑をかけた子に頭をさげ、逆に権力を笠に好き放題するやつは説教した。そのおかげで前の取り巻きといった子ではなく友人と言える子もたくさん出来た。

アーロンとの婚約も彼が望んだので断腸の想いで取り消した。 

これから、私はもっともっと努力して今度は彼に選んでもらえるような子になるのだ。そう誓い、友人と談笑している時だった。


「レイラ様っ! アーロン様が!」


その知らせは舞い込んできた。

**


急いで馬に飛び乗る。目指すはアーロンの家。

やっと私に解放されたアーロンだが、彼は世間が放っておくような人間ではなかったのだ。

輝くような容姿、さほどない実家の後ろ盾。

―――しかも、将来は有望な事業家になるのだから。


……ってあれ? 今、どうしてそう思ったの? 

まぁ、いい。記憶を取り戻してからはよくあるのだ。なんと次は彼、私より酷い(と思いたい)好色と有名なビルド伯爵に引き取られることになったらしい。

ビルド伯爵といえば、だるだるについた肉に、禿かけの頭。目つき、手つきが嫌らしいは最悪の男だ。容姿が良ければいいらしく、男性でも自分より年下のほぼ孫同然の年でも節操なく手を出している。

アーロンの容姿は抜群。絶対に危ない!

助けなくては!

「っはぁ、はぁっ」

馬を全速力で駆けさせているので、身体への負担が激しい。だが、ビルド伯爵家に連れて行かれたら、流石の私でも対処出来ない。そのまえになんと助け出さなくてはいけない。

あぁ、こんなとき本当に前世の記憶があって良かったと思う。普通はしないのだが、馬を乗りこなせる女性って格好いいよね! と練習した自分を褒めたい。


「っ見つけた!」

とある店の前で馬を急停止させる。この紋章。ビルド伯爵家の馬車だ!

間に合った……。

「開けて下さる?」

ほっと息をついて、馬を下りると馬車の扉を叩く。

「はっ!? レイラ!?」

あぁ、アーロンの声だ。勢いよく扉が開かれた。驚いても綺麗な顔の彼に今更ながらボロボロを髪型の自分が恥ずかしくなった。

「えっと、アーロンだけなの? ビルド伯爵は?」

「どうしてここにいるっ!? ……ビルド伯爵は来てない」

「……は?」

まってよ。引き取りに来るのに本人が来るのは当然でしょう。なのにいない?

―――どれだけアーロンを下にみているの?

ふつふつと怒りが沸き上がる。が。ここはアーロンの前だ。必死で堪え、にこりと微笑む。


「もう大丈夫ですわ。私が助けに参りました」


驚いた顔をしたアーロンの綺麗な顔に涙の跡があるのには気がついていた。

馬車に上がっていつかアーロンがしてくれたようにそっと抱き締める。

「な、んで……」

アーロンが何かを言い掛けたとき、ダンッ! と大きな音がした。

「あ!」

御者が来たようだ。慌てて身を放し、馬車から降りる。そして御者に向かって話しかける。

「ねぇ、あなた。アーロンは私、レイラ・ブラッドリーの婚約者ですの。今日は帰って下さらない? 後日ブラッドリー家のものを遣わせますから」

ブラッドリー家は古くから続く侯爵家。この名前を出せばとりあえずは止められる。


そう思った私が馬鹿だった。

「なんだ小娘。なに言ってるかわかんねぇが、ま、話はまずはこいつを旦那様の元へ届けてからだな」

「ちょ、ちょって待って! ビルド伯爵の元に連れて行かれたらなにされるか分かったものではありませんわ!」

ブラッドリーの名が通じない!? なんて質の悪い使用人なの! 鞭をとって走り出そうとする御者の手を掴む。


「あぁ!? 邪魔すんな」

御者は怒鳴ると私を御者台から引きずりおろす。


「待って! 離してっ!」

必死に抵抗するが女の力では御者には適わない。このままじゃアーロンが連れて行かれる!

私はすぅっと息を吸った。もう手段は選んでいられない。


「きゃぁぁあ! 誘拐犯っ! 誰か助けて!!」


周囲に響く声で全力で叫んだ。がやがやと人が集まってくる。最初は女性、子供だけだったが、ちらほらとだが、大人の男もやってきた。

「助けてください!」

「黙れっ!!」

叫び続ける私に御者がとうとうキレた。

頬に強い衝撃が走る。

「レイラッッ!」

焦った御者に頬を殴られ、尻餅をついた。痛い。頬は勿論、お尻も地味に痛い。

ふっふっふ。しかし、好都合だ。こんな振る舞いの男では伯爵家の使いだとは信じてもらえないだろう。何人かの男が御者に飛びかかり、組み伏せる。御者がぎゃーぎゃーと喚くがここまでくるともう言葉より行動である。女を殴った男の話など誰も聞いてはいない。

アーロンが尻餅をついている私の手を乱暴にとった。

私を立たせると肩を強く激しく掴んで揺さぶる。


「あ、アーロン! ちょっと、」

「何を考えているんだ!」

女性にはもう少し優しくしないと、と笑って言おうとしたが、アーロンの怒鳴り声に遮られる。

「っ馬鹿かお前は!」

「……………え?」

アーロンが私を馬鹿っていった? 嘘。あの優しいアーロンが!?

思考停止し、ただアーロンを見つめる。

アーロンは肩から手を離し、私をすがりつくようにぎゅっと抱き締めた。

大好きな人に抱き締められてドキドキする―――じゃなく。

いや、ちょっとまって。納得できない。今のが最前の判断だったはずだ。なのに何で責められなきゃいけない!

私は悪くない! と内心で憤慨する私には聞こえなかった。



「頼むから、危ない事はするな……。君が怪我をするのが一番嫌なんだよ……」

私を心配してくれる弱々しいアーロンの声が。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました!


も、もう少ししたら彼視点もちゃんと載せますね( >_<)

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― 新着の感想 ―
[一言] (ΦωΦ)フフフ・・ 楽しみに待ってますね。
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