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明房高校の恋物語

前後の関係

作者: こまこ

篠田遼太郎、明房高校3年生。

理系が得意なはずなのに、なぜか文系に進んでいる。

染めていないのに、色素が薄い髪。後ろ頭につむじが二つ。

よく見たことはないけど、目鼻立ちがはっきりしていて、声色も甘く、学年で一、二位を争うほど人気のある男子。

本人はおしゃべり好きではないらしく、普段はあまり喋らない。でもそれがまた良いんだとか。

人気があるのに、これまで彼女がいたことはないらしい。ファンクラブが近づく女の子を撃退しているとか色々と噂はあるけれど、真相は明らかではない。

まあ、格好良いからといって彼女がいなきゃいけないというわけではないし、別に私には関係ないんだけど。

そう、彼女がいようが彼女がいまいが全く関係のない彼のことを、私はよく知っている。


朝、登校するのは大体チャイムが鳴る2、3分前。

席についたらまず携帯をチェックして、右のポケットに入れる。

困ったときには右手で首の後ろに手をやるのがくせ。古典と地理が苦手なようで、よくそこを触っている。

逆に数学Ⅱの時には、得意で聞かなくても分かるためか、突っ伏して寝ていることが多い。先生に当てられても、黒板に書かれた文章をすぐ読んでぱぱっと答えを出す。・・・何でこの人、文系に来たんだろうと何度思ったことか。

お昼には月曜日だけお弁当で、他の曜日は購買でパンを購入。

パンは大体焼きそばパンで、たまにチーズコロッケパン。飲み物は決まって牛乳。あ、違った、豆乳の日もある。

ご飯を食べた後は、理系クラスから遊びに来る園村淳平くんとお話したり、本を読んだりして過ごしている。交友は狭いわけじゃないけど広いわけでもないようで、園村淳平くん以外とお話しているのをあまり見ない。

午後の授業は、始まってから二十分は突っ伏して寝て、それからはずっと起きている。

終業のチャイムが鳴ると、三十分くらいは自分の机で勉強して、それから部活に向かう。園村淳平くんも同じ部活、サッカー部で、篠田遼太郎くんが勉強している間一人で喋りながら待っている時もある。


もっともっといっぱい知っていることがあるんだけれど、とりあえずこれくらいで。

さっきも言ったけれど、私は彼の彼女なんかではないし、彼に彼女がいようがいまいが関係ない。

そんな私がどうして彼のことを知っているかというと。


あ、首にほくろ発見。


そう、私は彼の後ろの席なのです。

だけど、ただの後ろの席の住人なんかじゃない。

二年生の時のクラス替えから、二ヶ月に一回行っている席替え。


その全てで、私は彼の後ろの席の住人となっている。


席替えはくじ引きで行っているんだけど、なぜか毎回彼の後ろ。

最初の二回くらいは、偶然が重なるもんだなあと思っていたけれど、三回目からはおかしいと思い始めた。

周りの人たちも、何か私がずるしてるんじゃないかとささやき始め、私を見る視線が厳しくなった。彼のことが好きな人たちから、ちょっとした嫌がらせも受けた。

もちろん、私はずるなんかしてない。ずるできるほど器用じゃないし。

何もやっていないのに嫌がらせをもちろん受けたくない私は、五回目のくじ引きの時に先にやらせてくれと頼み、一番最初にくじを引いた。そして、新しい席で待っていると、目の前には・・・やっぱり篠田遼太郎くんが移ってきた。

なぜ。

三年生になってからも、毎回毎回やっぱり前には篠田遼太郎くんが座り続け。気がつけば、あっという間に1月となりセンター試験も先日無事に終えて、残すところ今から行われるくじ引きが最後となった。

私が先に引いても篠田遼太郎くんが先に引いてもどうしても離れることができない偶然に、一時は(私だけ)周りから気持ち悪がられてしまったけれど、今ではそれが普通になってしまった。むしろ三年生になってからは、

前後になってもやっぱりね、くらいにしか思われない。私も、この不思議な現象にそろそろ慣れてしまった。

くじ引きをする前のあのドキドキする気持ちがなくなってしまうほどに。

なのに。


「・・・・・・あれ」


今引いたくじの番号と、黒板に書かれた新座席表の番号を見比べて、ちょっと固まった。

あれ、見間違えた?一応、目をこすってみるけれど・・・やっぱり、


「・・・・・・」


あ、まずい。ビックリしすぎて口を開けど言葉が出ない。やっぱり、やっぱり違う。私は窓側一番後ろ、篠田遼太郎くんは・・・廊下側後ろから二番目。

驚きと緊張で手に汗が浮き出てくるけど、いつまでもこうしてはいられない。移動しなきゃ。

椅子を机に乗せて、よいしょと移動を始める。

ああ、あちらこちらから視線を感じる。

そうだよね、だって、暗黙の了解ではないけれど、篠田遼太郎くんの後ろは私、のような図式がこのクラスの中で一年以上できあがっていた、のに。それが、今この瞬間に崩れ去ったんだから。むしろ何が起こったんだと思っちゃうよね。

新しい席にたどり着き、一人静かに席に腰を下ろした。

前からも横からも斜めからも視線を感じて、もう居たたまれなくて窓の外に視線を移す。

そうして、こっそりとため息をついた。

前の人は、今度は眼鏡をかけた物静かな男子。物静かという点では篠田遼太郎くんと同類かもしれないけれど・・・全然違う。

あの、ちょっと丸まった背中も、首を触る癖も、後ろ頭の二つのつむじも、もう見られない。

また次だって同じだろうと決めつけて、あまり別れを惜しまなかったことが悔やまれる。もうちょっとよく見ておけば良かった。

見るといえば、いつも後ろからばかりで、篠田遼太郎くんの顔もしっかり見たことがなかったような気がする。遠くから見たり、噂を聞いたりして、それにずっと後ろの席だったから当然のように知っている気になっていたけれど、実はよく知らない。不思議なこの関係で、今更話しかけられもしなかったし、他の時にはあまり関係しないように自分から遠ざかっていたから。だけど、卒業するまでには、せっかくのご縁だったんだから見ておきたいなあとぼんやりと思う。

離れることのできなかった篠田遼太郎くん。あの関係に苦痛を感じた時もあったけれど、今考えてみればそんなに悪くなかったかもしれない。

不思議なことに慣れてからは、彼の癖を一つ知るごとに嬉しくなった。

寝癖を見つけると、一人こっそり笑っていた。

彼が風邪を引いたりして欠席したときには、ちょっとがっかりした。

反対に私が休んだときには、今日も焼きそばパンかなとか、牛乳と豆乳どちらだろうとか、今頃寝ている時間かな、とか何度もベッドの中で思い出した。

それくらいには、私の中で彼の存在が大きくなっていたんだろう。

そこまで考えて、ようやく彼と離れたことを残念に思っている自分に気がついた。

ああ、私また彼の後ろになりたかったんだ。

だけれど、席はもう変えようがないし、そのことをわざわざ伝えられるほど仲良くない(というより一言も話したことがない)し。いつまでも感傷に浸っていても仕方がない。

未だに視線が私の周りに集中していて顔を上げづらいけれど、そろそろみんなくじを引いて移動終わる頃だろう。

二年間で二人目の前の人。篠田遼太郎くんはあまりに人気があって、話しかけるのも躊躇してしまう人だったから言えなかったけれど、今回はよろしくの一言でも言ってみようかな。

そう意を決して顔を前に向けると。


「ねえ、席替わってくんない」

「ええ、何だよ、どうして」

「この席が良いんだ。俺3番。廊下に近いし、学食行くのに近くて良いでしょ。ね、交換して」

「・・・まあ、良いけど。後で何かおごれよ」

「オッケー」


そんな簡単なやりとりの後、席が二つ移動して、・・・目の前には、見慣れた背中。もう見ることがかなわないと思った二つのつむじ。

そして。


「刈谷美澄さん」

「・・・な、名前・・・」

「知ってるよ、当たり前でしょ。二年間一緒だったんだから」

「う、うん、ごめんなさい」

「別に謝らなくて良いんだけど。で、俺、篠田遼太郎っていうの。知ってるよね?」

「え、あ、ええと」

「さっきの席、廊下に近いから購買行きやすくて良い席だなあと思ってたんだけど」

「あ・・・うん」

「席に座って、前向いたら落ち着かなくて」

「・・・・・・うん」

「俺、後ろはやっぱりあんたが良いみたい」


初めて真正面から見た篠田遼太郎くんはとても格好良かった。今は無表情だけど、首に触るときはどんな顔になるのかな、とか、他の表情も見てみたいなあと思った。

俺、前の席だったけど、結構あんたのこと知ってるんだよ。そう言う篠田遼太郎くんに、私もいっぱいあなたのこと知ってるよと伝えたらなんて言うだろう。

ああ、でもとりあえず。


「私ね、またあなたの後ろの席になりたかったんだよ」


そう伝えたら篠田遼太郎くんの大きな目がさらに大きくなったから、なんだか嬉しくて、ちょっと笑ってしまった。

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