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チョコパフェ

 俺と優美子は、ベッドの上に20個以上のチョコを並べて、誰にどれを送るか話し合う。

 交換ノートの下手な絵と説明をからかう彼女が楽しそうなので、俺はそれだけで満足だった。


「この大きくて丸いハート型は、ぷちメタボのインターン君がいいんじゃないかな。あとこっちのゼブラチョコは、若白髪のレントゲン助手さんとか」


 本人が知ったら不快に感じそうな話だが、長期入院の彼女と医療スタッフの中には、冗談として笑いあえる方は何人もいる。


 弟の事について、優美子があまり気にしていないように振舞う理由。それは俺への気遣いだとわかった。

 だからこの話は、新しい病院に移ってからにしようと決め、仕事を失った事と、手術費用のお金の事だけ正直に告げた。


「さすがブラック企業の方々はちがいますね」


 振り込まれた預金通帳を見せながら説明すると、彼女はなんとか信じてくれた。普段から交換ノートや面談のおしゃべりで、同僚達の個性的な振る舞いをネタに笑いあってきたので、説得力はあるはずだ。


「これで私と慶一さんは犯罪人かもしれないんだね」


 冗談にまぎらわせているが、昔から規則を守るタイプの優美子には、不安もあったのだろう。

 俺達は善意の第三者としての立場だって主張できると思ったが、そんな事が言いたいわけじゃない。

 だから俺はきっぱり宣言する。


「俺は、このお金を使うよ」


 優美子はじっと俺の顔をみつめ、こくりとうなずいた。そしてその後、お金の話を蒸し返すことはなかった。


 お金以外に、もっと大事な話がある。火事と弟の一件だ。 

 実はアメリカでの治療が可能になった時、弟の件を話すことは考えた。

 海外勤務の弟と会えなければ不審に思うだろうし、なにより彼女が健康を取り戻す希望を手に入れれば、過去の忌まわしい出来事にも立ち向かえると思ったからだ。

 もちろんショックは受けるだろうが俺が必ず支えるつもりだった。


「それにしても、このイラストは凄いわね。慶一さんってそんなに絵が苦手だったっけ?」


 優美子はにやにやとノートを見ていたが、ページをめくった瞬間、不意にその笑顔が固まる。

 そこには、彼女が修二用にと指定した、「一番立派な」チョコの絵があったからだ。

 今回の転院の費用を貸してくれた事に感謝していた彼女は、アメリカに郵送するつもりだったのだ。


 それは有名な外国製で、ツヤのある黒い包装紙に、金色のリボンが飾られている。

 俺としては、弟に金を借りた嘘がばれないように、送った事にするつもりだったけれど。


「……修二君には渡せなくなっちゃったね」


「まあ、あの世には郵便も届かないからな」


 落ち込んだ彼女を励ましたくて、わざとふざける俺を優美子がきっとにらむ。

 そこには普段の朗らかな表情はなく、瞳孔の奥に怒りの埋火が宿っている。


「違うよ。そんな意味じゃない。私は、修二君が憎いから渡したくないんだよ」


「そうだな。あの火事さえなければ、優美子だってここまで苦労しなくてよかったかもしれない。すまない」


 俺が弟の罪を詫びると、彼女は修二の為に買った四角い包みを手に持ち、俺に投げつけた。

 腕にかすったチョコは、そのまま病院の壁で跳ね返って床に落ちた。


「違うってば! 私の事じゃないよっ ……ううん。私の事もある!本気で腹立たしい。だけど修二君のせいで、慶一さんがこんな目にあっているのが、どうしても許せないのっ」


 目じりにまた涙を浮かべて訴える優美子。


「ご両親の会社の跡継ぎを嘱望されていた慶一さんが、あの火事以来どこか変わってしまったと皆言ってるわ」


「どんな風に?」


 俺は優美子をこれ以上興奮させないように、慎重にたずねた。彼女の体に良くない事と、やはり周りの話が気になったからだ。

 彼女は少し考えている。きっと俺を傷つけない言い方を探しているのだろう。

 

「人付き合いが悪くなったとか、上昇志向も失せたとか」


 あたりさわりのない内容から推測すると、もっとひどい言われ方に違いない。

 だがそれを聞いた俺は、彼女を安心させるように笑い、その頭ごと両腕で包み込む。

 そして抵抗せず俺の胸に頬をよせる優美子に、本音を伝える。


「言いたいヤツには、言わせておくさ」


 俺の言葉に強がりがないのはわかったようだ。彼女はそれ以上なにも言わなかった。


 面会時間が終わりに近づき、腰を上げた俺は、床に落ちたままだった包みを拾うと、鞄にノートと一緒にいれる。

 優美子は大声をあげたのが恥ずかしかったのか、すこし決まり悪げに質問してきた。


「それどうするの?」


「墓のお供えぐらいにはなるだろ。ついでに優美子の文句も伝えて来るよ」


 俺が答えると、彼女は「絶対ね」と言いながら、もう一つ別の包みを差し出した。

 白と銀のラッピングに青いリボンが結ばれている。

 それは俺が頼まれた分には入っていなかった物だ。


「慶一さんの分だよ」


 その言葉に俺は少し驚き、返事をする。


「言ってくれれば、買ってきたのに」


「何言ってるの。そんなの駄目だよ」


 優美子は俺に内緒で女性の看護師にお願いしたらしい。俺の意表をつけたことが嬉しかったようで、にこにこと笑顔を浮かべながら差し出してきた。


「本当は明日がいいんだけど、午後から退院前の検査をするらしくって。面会時間過ぎちゃうかもしれないんだ」


 その事は医者から聞いていたが、早期転院を優先していた俺は、バレンタインの事まで気にしていなかったので、言われるまで気づかなかった。


「別に次の日でも」


「こういうのは、タイミングなんだから」


「全く慶一さんは」という視線を彼女から受けながら、ありがたく白い包みを頂戴した。


「ありがとうな」


 俺がお礼を言うと、彼女は照れた様に腕を組んで「感謝しなさい」とアヒル口になった。








 

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