第14話 王政復古の大号令
慶應三年(一八六七年)一二月九日、未明
千年の都、京都は、底冷えのする深い霧と、理性では説明のつかない湿った殺気の中に沈んでいた。
御所の九つの門は、一夜にしてその様相を一変させていた。これまで警備を担当していた會津藩や桑名藩の兵たちは、前夜のうちに二条城への退去を命じられ、代わりにその位置を占拠したのは、異様な風体をした男たちであった。薩摩藩兵、そして長州藩の別働隊、さらには安芸、尾張、越前の兵たちである。
彼らの装備は、率直に言って「貧相」であり、そして「必死」であった。着古した木綿の筒袖に、防寒用の藁や筵を巻きつけた、まるで野武士か山賊のような姿である。
彼らが手にしているのは、スナイドル銃やスペンサー連発銃といった最新鋭の後装式ではない。長崎の武器商人グラバーが、「在庫処分」と称して高値で売りつけた、南北戦争の遺物である前装式の「エンフィールド銃」や、さらに旧式の火縄銃であった。雨に濡れれば不発に終わる、時代遅れの鉄砲だ。
だが、その眼光だけは、最新鋭の機械よりも遥かに鋭利で、そして飢えていた。彼らは知っている。自分たちがこれから行うことが、法に背くクーデターであり、失敗すれば逆賊として処刑されることを。 しかし、同時に彼らは確信していた。
法を守っていては、金持ちの徳川に搾取され続け、西国は永遠に東国に飼い殺しにされるだけだ、と。 ならば、法文そのものを破り捨て、盤面をひっくり返すしかない。彼らの目は、未来への希望ではなく、現状への絶望的な破壊衝動で爛々と輝いていた。それは、持たざる者が持つ者へ向ける、生存本能という名の凶器であった。
◆
午前九時 御所内・小御所
今上帝御臨席の下、歴史的な会議の幕が開いた。世に言う「小御所会議」である。
参集したのは、総裁に就任した有栖川宮熾仁親王をはじめとする皇族・公家たちと、薩摩の島津忠義、土佐の山内容堂、越前の松平春嶽、芸州の浅野長勲、尾張の徳川慶勝ら、有力諸侯である。
しかし、その場に最も重要な人物の姿はなかった。第十五代将軍、徳川慶喜である。彼は大政奉還を行い、政権を返上した当事者であるにもかかわらず、この会議から意図的に排除されていた。それは、被告人のいない欠席裁判であり、債権者を締め出した破産管財人会議にも似ていた。
会議の冒頭、口火を切ったのは、土佐藩前藩主・山内容堂であった。彼は酒豪として知られ、この日もすでに数杯の酒を煽っていたと言われるが、その論理は極めて明晰であり、かつ東国のすなわち、資本主義の冷厳な事実を深く理解していた。
「そもそも、此度の政変、解せぬことばかりでござる」
容堂は、出席者たちを睥睨し、大声で言い放った。
「大政奉還という未曾有の英断を下された慶喜公を、なぜこの席に呼ばぬか。 数百万石の領地と、南山という無尽蔵の富を持つ徳川家を外して、一体誰がこの国の舵取りをするというのじゃ?
ここにいる公家の方々、あるいは薩摩の方々。 新政府の役人の給料、外交官の滞在費、そして軍艦の燃料代…それらを払う『あて』がおありか?」
容堂の指摘は、新政府の急所(アキレス腱)を正確に突いていた。南山銀貨という基軸通貨を握っているのは徳川である。南山から輸入される羊毛、硝石、鉄、ゴム。これら決済を一手に引き受けているのも徳川である。徳川を排除すれば、その瞬間に新政府は財政破綻する。それは、経済学の初歩的な理屈であった。
「若き帝を擁し、権力を私しようとする者がおるようだが、それは国を滅ぼす所業ぞ! 直ちに慶喜公を呼び戻し、議長として迎え入れるべきである!」
越前の松平春嶽もこれに同調した。
「左様。徳川の力なくして、列強と対峙することなど不可能。ここは穏便に、公議を尽くすべきである」
会議の流れは、完全に「公議政体派(佐幕・穏健派)」に傾いていた。理屈で考えれば、彼らの言うことが正しい。金もノウハウもない薩長が政権を握っても、早晩行き詰まることは明白だったからだ。慶喜が描いた「大日本南山連邦」構想の方が、国家としては遥かに安定的である。
だが、その「理屈」を、暴力的なまでの情念とすり替えでねじ伏せようとする男がいた。岩倉具視である。
彼は、身分としては列席者の中で最も低いが、その双眸には、狂信的な光と、冷徹なマキャベリストの計算が同居していた。彼は、容堂の言葉が終わるのを待たずに叫んだ。
「山内殿! お言葉が過ぎるぞ!」
岩倉の声は、小御所の高い天井に反響した。
「此度の挙は、帝の御英断であらせられる! 慶喜を外せと仰せられたのは、他ならぬ帝ご自身じゃ! それを『幼帝を擁し』などと、帝のご聖断を疑うのか! それこそ不敬であろう!」
「なにをッ!」
容堂が色めき立つ。岩倉の論理は、論理ではなかった。それは「天皇」という絶対的な権威を盾にした、思考停止の強要であった。彼は高杉晋作などと同じく、西洋から輸入されたルソーの「一般意志」という概念を、日本の「尊皇」思想と悪魔合体させていた。「帝の意志=国家の意志=人民の意志」であり、それに従わぬ者は「私利私欲の徒」である、という論法だ。
「金の話ではない! 忠義の話をしておるのじゃ!」
岩倉は畳み掛ける。その目は血走っている。
「徳川は二六〇年、朝廷を蔑ろにし、南山の富を独り占めにしてきた。 これは国富の横領である! 王土王民。南山の羊も、入安の砂糖も、本来はすべて帝のものである。 盗人が盗んだ金を返したからといって、なぜ感謝せねばならぬ! 帝は仰せじゃ。『慶喜は、官位を辞し、領地をすべて朝廷に返納せよ』と!」
辞官納地それは、徳川慶喜から「内大臣」の官位を剥奪し、徳川家の全領地、すなわち、日本国内の四〇〇万石のみならず、南山・明望の鉱山、入安島のプランテーション、そして南山銀行が保有する資産に至るまでを、すべて没収するという、事実上の死刑宣告であった。
これは革命ではない。国家権力を利用した、壮大な「資産強奪計画」であった。
「暴論だ!」
容堂が扇子で畳を叩く。
「そのような無法が通るか! 徳川の私有財産を、何の名目で奪うというのじゃ! 万国公法に照らしても許されることではない!」
「帝のご意志じゃ!」
「証拠を見せよ!」
「…ここにある!」
岩倉は、懐の「偽勅」を掴みかけたが、それは出さなかった。出すまでもない。この場の空気を支配すれば、嘘も真実になるからだ。
議論は平行線をたどり、会議は膠着状態に陥った。理屈では容堂が勝っている。だが、岩倉は引かない。
なぜなら、岩倉には「奥の手」があったからだ。
◆
夕刻。休憩のために会議が中断された。岩倉は、小御所の控えの間を抜け、御所内の庭園に面した縁側に出た。
そこには、一人の巨漢が、闇に紛れるようにして控えていた。西郷吉之助である。
西郷は、蓑を脱ぎ、粗末な着流し姿であったが、その懐には一振りの短刀が呑まれていた。彼の周囲には、煙草の匂いと、洗っていない着物の饐えた臭い、そして血の匂いが混じったような、野獣の体臭が漂っていた。その巨躯は、過労とストレスで痩せ細っていたが、それが逆に研ぎ澄まされた刃物のような凄みを増していた。
「岩倉先生。難儀しちょるようですな」
西郷の声は、地底から響くような重低音だった。
「ああ、西郷。 山内(容堂)の酔っぱらいめが、正論ばかりを吐きおる。 『金がない』『運営できぬ』と。 まったく、商人の手先のようなことを言いおって」
岩倉は、悔しそうに唇を噛んだ。南山の富を知ってしまった人間にとって、徳川の排除は非合理的なのだ。それを覆すには、合理性を超えた何かが必要だった。
西郷は、ゆっくりと懐から短刀を取り出し、鞘を払うことなく、カチリと鯉口を切った。その微かな金属音が、冷たい夜気に響いた。
「先生。 短刀一本あれば、話は済みもす」
西郷の言葉に、比喩はなかった。もし、会議で徳川排除が決まらなければ、自分が乱入し、反対派を皆殺しにして、自分も腹を切る。あるいは、岩倉がその覚悟を会議の場で匂わせるだけでいい。
「議論など、不要ごわす。 理屈で勝てぬなら、暴力で勝てばよか。 それが持たざる者が生き残る、唯一の道でごわしょう。 我々は、徳川の恵みで生きる家畜にはなりとうない」
西郷の瞳には、かつての「敬天愛人」の光はない。あるのは、追い詰められた獣の、凄絶な殺意だけであった。彼は直感的に悟っていた。近代資本主義という怪物は、効率の悪い古い共同体(薩摩)を、暴力的にではなく、経済的な必然性をもって静かに解体し、飲み込んでいくことを。ならば刺し違えてでも、徳川という巨象を倒す。それは、「テロリズム」という名の、最後の外交手段であった。
岩倉は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。 そして、ニヤリと笑った。
「あい分かった。 その短刀の輝き、山内殿にも見せてやろう」
◆
再開された会議の空気は、一変していた。岩倉が、西郷の言葉を、「短刀一本あれば片付く」という殺害予告を大久保利通を通じて、出席者たちに囁いたからである。
屏風の裏に、人斬りが控えている。反対すれば、ここで血の雨が降る。その物理的な恐怖は、公家たちを、そして諸侯たちを震え上がらせた。いかに高尚な「公議」の理念も、抜き身の刃の前では無力であった。
山内容堂はなおも食い下がろうとしたが、岩倉の最後の一喝が彼を黙らせた。
「山内殿! 帝が返せと仰れば、身ぐるみ脱いで返すのが臣下の道じゃ! それを金がどうとか、損得勘定で論ずるとは。 そなたは、徳川の番頭か! それとも帝の忠臣か!」
それは、論理のすり替えであり、恫喝であった。だが、忠臣という言葉の呪縛から逃れられない武家にとって、これは反論不可能なキラーワードであった。
「う、うぬぬ…」
容堂は、無念のあまり絶句し、肩を震わせた。彼は悟った。この場を支配しているのは、近代的な「議会」のルールではない。中世的な「暴力」と「権威」のルールなのだと。合理主義は、京の闇に敗北したのである。
「決まりじゃ。 徳川慶喜に対し、辞官、および納地を命ず。 これに従わぬ場合は、朝敵として討伐する!」
岩倉の宣言が、御所に響き渡った。
一二月九日深夜。「王政復古の大号令」は、こうして、嘘と恫喝、そして暴力の気配の中で成立した。それは、新しい時代の夜明けなどではなく、古き良き秩序を破壊し、混沌を招き入れるための、悪魔の儀式であった。
◆
翌日。二条城。小御所会議の決定は、直ちに慶喜の元へ伝えられた。
「辞官納地」全財産の没収。それは、徳川家に対する完全な武装解除要求であり、南山事業の強奪宣言であった。
報告を受けた徳川慶喜は、黒書院の椅子に深く腰掛け、手にしたブランデーグラスを静かに回していた。
彼の周りには、薄笑いする会津藩主・松平容保と、顔面を蒼白にした勘定奉行・小栗上野介がいた。
「ふふっ、上様、見抜かれましたな。あの温情ある大政の奉還を、あやつらは強盗の口実に使いましたな」
容保は、手にした鐵木の杖を軽く握って続けた。
「上様。ご決断をなされませ。 新選組と會津兵を用いれば、薩摩の浪士隊など半刻で鎮圧できます。法を破る者には、厳しい鉄槌を下さねばなりませぬ」
普段は冷静な小栗も、唇を噛み締めて震えている。
「これは明白な敵対的買収(Hostile Takeover)です。しかも、道理も約定も無視の無法な。
あやつらは、徳川の資産を賊の隠し財産として接収する気です」
だが、慶喜の表情は、氷のように冷徹であった。 彼は、グラスの中の琥珀色の液体を見つめながら、独り言のように呟いた。
「ほう。 私の財布まで奪うと言うか。よろしい。強盗には、強盗の扱いをしてやろう」
慶喜は、ゆっくりと立ち上がり、窓の外、御所の方角を見つめた。彼は、この事態を個人的な屈辱とは捉えていなかった。むしろ、自身の「株式会社徳川幕府」に対する経営上の危機管理として処理しようとしていた。
「彼らは一線を超えた。 これは政治交渉ではない。…戦争だ」
慶喜の瞳に初めて明確な殺意の光が宿った。だが、それは西郷のような熱い殺意ではない。害虫を駆除し、不良債権を処理するための、冷たく、乾いた事務的な殺意であった。
「容保。兵をまとめろ。 小栗。南山艦隊に打電せよ。 『大阪へ弾薬と燃料を運べ』とな」
慶喜は、空になったグラスをテーブルに置いた。 カツン、という硬質な音が、平和の終わる音のように響いた。
「京を去るぞ。 ここは狭すぎる。 大阪から彼らに教えてやるのだ。 金も、技術も、国際信用もない野蛮人が、文明国に喧嘩を売ればどうなるかを」
慶喜の撤退。それは敗走ではなかった。
巨大な経済力と軍事力を持つ徳川コンツェルンが、薩長というテロリスト集団を殲滅するために、間合いを取り、全力を叩き込むための助走を開始した瞬間であった。
そして、その背後には、彼の脳裏に浮かぶ「最悪の場合のシナリオ」、今いる物件に見切りをつけ、本社機能と機材を社員ごと移転する「大脱出」への冷ややかな計算もまた、静かに起動し始めていたのである。
京の空から、白い雪が舞い落ちてきた。 それは、これから流される大量の血を予感させるように、静かに、冷たく、世界を覆い尽くしていった。
(第3部 第14話 完)
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