第15話 東と西、食卓の断絶 - 牛鍋と祭りの社会学 - 其の一
【寄稿】『文明と胃袋』東西の食生活に見る国家の断層
筆者:博物学者・南山究理院 地学文理室 参与(研究員) 加納嘉兵衛
宛先:『東洋経済新報』編集部
初出掲載:『東洋経済新報』元治元年(一八六四年)八月号
一、脂肪と砂糖、そして黄金の刻
日本という国は今、関ヶ原を境にして、物理的にも精神的にも二つの異なる惑星へと分裂しつつある。
そう記すと、またしても政治の腐臭が漂う憂国論かと思われるかもしれないが、諸兄よ、安心してほしい。私が今回ペンを執ったのは、堅苦しいイデオロギーについて論じるためではない。私が語りたいのは、人間の根源たる「胃袋」と、そこへ流し込まれる「幸福」についてである。
この秋、私は最新の蒸気船と鉄道を乗り継ぎ、東の帝都・江戸と、西の商都・大坂を往復し、ある決定的な「断絶」を目の当たりにした。
まずは、世界でも稀に見る急速な進化を遂げた都市、江戸の食卓から紐解いていこう。
◆
日本橋のたもと。煉瓦造りのモダンな洋館が立ち並ぶ一角に、今、江戸で最も繁盛している牛鍋屋『伊勢重』がある。
昼の十二時少し前。私はその藍色の暖簾をくぐった。瞬間、私は暴力的なまでの「豊かさ」の直撃を受けた。
店内は、数百人の男たちが発散する圧倒的な熱気と、鼻腔をくすぐり、唾液腺を暴走させるような濃厚な香りで満たされていた。醤油が鉄鍋で焦げる香ばしさ。砂糖が熱でキャラメリゼされる甘い誘惑。そして何より、上質な動物性脂肪が溶け出し、大気を黄金色に染め上げるかのような、官能的な牛脂の匂い。
それは、精進料理という名の枯れた文化を過去のものへと葬り去る、文明開化の凱歌そのものであった。
客の大半は、髷を切り落とした「散切り頭」に、筒袖や洋服をラフに着こなした男たちだ。彼らは、幕府が本国であるここ関東に築き上げた巨大な工業地帯で働く熟練工や、南山貿易の恩恵に浴する商社員たちである。彼らの顔には、労働の疲れよりも、自らの腕で稼いだ金で飯を食うという、近代人特有の自信が漲っている。彼らの目の前で、炭火にかけられた浅い鉄鍋の中で煮えているもの。それこそが、東國の繁栄の縮図だ。
南山・ワイカト平原の広大な牧草地で放牧され、最新鋭の冷凍船『飛龍丸』で運ばれてきた、赤身と脂身が美しい地図を描く霜降りの牛肉。
南山・入安島のプランテーションで栽培され、かつては薬種問屋で金粉のように扱われていたものが、今や惜しげもなく山盛りにされた、純白の精製糖。
それらを、江戸ッ子好みの濃い口醤油と割り下で強火で煮込み、最後に新鮮な溶き卵にくぐらせて、白米と共に口に放り込む。
「…美味い」
思わず品性を忘れて唸ってしまった。肉は、咀嚼する必要すらないほど柔らかく舌の上で溶け、濃厚な脂の甘みが脳髄を直接殴打する。
熱い。甘い。しょっぱい。そして、旨い。
これは単なる栄養補給ではない。労働で消耗した肉体に、高カロリーという名の「文明の燃料」を注入する、神聖なる儀式なのだ。
ふと、店内の壁を見上げると、そこには巨大な米国製の「八角時計」が掛かっており、太い秒針が正確なリズムで時を刻んでいた。 客たちは皆、一心不乱に鍋をつつき互いに笑い合いながらも、時折チラリと時計を確認する。
「おい、もう十二時四十五分だ。そろそろ戻らねえと、午後のラインが動き出すぞ」
「よし、最後の一切れだ。親父、勘定!」
彼らの動きには、無駄がない。正午の時鐘と共に一斉に食事を始め、一時の休息と快楽を貪り、そして一時の鐘と共に、再び職場へと戻っていく。
これを「時間に縛られた哀れな労働者」と呼ぶ旧弊な知識人もいるだろう。だが、私にはそうは思えない。ここにあるのは「定時法」という名の、心地よい社会のリズムだ。時間は金(Time is money)と言う。
彼らは時間を切り売りしているのではない。時間を管理し、労働を金に変え、その金でこの極上の牛鍋を食らっているのだ。その規律正しさこそが、東國を世界有数の工業国家へと押し上げた原動力なのである。
私は、隣の席で食事を終えたばかりの、若い旋盤工と思われる男に話しかけてみた。彼の膳には水菓子として、涼しげなガラスの器が運ばれてきたところだった。中には、黄金色に輝く果実が、甘いシロップと共に盛られている。南山産の「鳳梨」だ。
缶詰として輸入されたものを、店が開けて小分けにし、冷やして供しているのだ。一缶まるごとなら一分はする高級品だが、こうして切り分けられれば、職工の日当でも十分に手が届く「ささやかな贅沢」となる。
「精が出ますな。その南国の果実、美味いかね?」
私が尋ねると、彼はフォークで果実を刺し、屈託のない笑顔で答えた。
「ええ、最高ですよ、旦那。
口に入れると、酸っぱくて甘くて、南の島の太陽を食ってるみたいだ。油っぽくなった口が一瞬でさっぱりする」
彼は、愛おしそうにシロップを啜った。
「田舎の親父やお袋は、一生かかってもこんなもん食えなかったでしょうね。
俺は運がいい。
こうして江戸に出てきて、鉄を削って、給金をもらって、昼間っから牛を食って水菓子まで舐められる」
彼の言葉に、悲壮感は微塵もない。
彼は知っているのだ。自分は巨大な工場システム(カンパニー)の歯車かもしれないが、その歯車は錆びついてなどいない。ピカピカに磨かれ、油を差され、国という巨大なエンジンを回している誇り高き部品なのだと。
「隣に誰が住んでるかも知らねえし、祭りの日でも工場は動いてる。
けどね、旦那。それがいいんですよ。
村のしがらみも、年寄りの説教もねえ。俺の腕一本で、この甘い汁が吸えるんだ。これ以上の極楽はありませんや」
東國は豊かだ。カロリーは満ちている。そこに「個」の孤独があるとしても、それは誰にも邪魔されない「自由」の代償だ。
彼らは、甘いシロップの味と共に、自らの手で掴み取った「近代」を噛み締めているように見えた。
◆
二、醤油の薫る町 — 利根川を遡る「富」の循環
さて、視点を少し移そう。
巨大な心臓たる江戸が、南山の富を貪欲に飲み込み、膨張し続ける胃袋であるならば、その栄養は身体の末端にまで正しく行き渡っているのだろうか? それとも、手足は壊死しつつあるのだろうか?
その答えを探るべく、私は両国橋のたもとから、ポンポンと軽快なリズムを刻む小型蒸気船『利根丸』に乗り込み、関東平野の大動脈、利根川を遡ることにした。 目指すは「小江戸」とも称される水運と醸造の町、下総国・佐原である。
煙突から吐き出される黒煙と、川面を渡る風を感じながらの半日ほどの快適な船旅—かつては手漕ぎの高瀬舟で丸一日以上かかった距離だ—を終え、小野川の河岸に降り立った私は、そこで視覚よりも先に、嗅覚による強烈な歓迎を受けた。
それは、鼻の奥をくすぐり、日の本の人の魂に刻まれた記憶を呼び覚ます、芳醇でどこか懐かしさを覚える香り。大量の大豆と小麦が麹の力で発酵し、塩水の中でじっくりと熟成された、醤油の香りである。
佐原は、江戸の食卓を支える醸造業の町だ。川沿いには、黒塗りの板壁と白漆喰のコントラストが美しい重厚な土蔵が建ち並び、そこから屈強な男たちの手によって、次々と四斗樽が運び出され、川に浮かぶ運搬船へと積み込まれている。驚くべきは、その活気と、交わされる会話の内容だ。蔵の前では、前掛けを締めた番頭と、洋装に山高帽という出で立ちの仲買人が、帳面を片手に何やら熱心に話し込んでいる。
「伊能さん、今度の出荷分ですがね、江戸の牛鍋屋からの注文が止まらねえんですよ。割り下用にもっと濃くて、甘みの強いやつを頼みますよ」
「承知してますよ。南山から届いたザラメをたっぷりと使って仕込んだ特製の『甘露醤油』、明日には船積みできます。しかし、江戸の連中は舌が贅沢になり申したな」
聞こえてきた会話に、私は耳を疑った。「ザラメを惜しみなく使う」だと?
一昔前まで、砂糖といえば病人の薬代わりか、将軍様や大名の菓子に使われるほどの、白き宝石のような貴重品だったはずだ。それが、ここでは醤油の味付けに、まるで海岸の砂利か何かのように大量投入されているというのか。
その真偽を舌で確かめるべく、私は通り沿いにある、地元で評判の一軒の料理茶屋『千与福』の暖簾をくぐった。江戸の店ほど騒々しくはないが、ここも地元の商人や、近郊の裕福な農民たちで賑わっており、活気に満ちている。
私が注文したのは、この地の名物である「鶏と牛蒡の煮込み鍋」だ。
運ばれてきた土鍋の蓋を開けた瞬間、白い湯気と共に立ち上ったのは、暴力的なまでの「甘辛さ(スイート・アンド・ソルティ)」の香りだった。ぐつぐつと煮える漆黒の醤油の海の中で、引き締まった地鶏の肉と、ささがきにされた白い牛蒡が踊っている。
私はレンゲで、その煮汁を一口啜った。
「……なんと」
甘い。とてつもなく、甘い。そして、濃い。
だが、それは嫌な甘さではない。ふんだんに使われた砂糖が醤油の塩辛い角を丸め込み、鶏から染み出した脂と混ざり合って、とろりとした極上のソースへと昇華しているのだ。
かつての農村の食事といえば、塩辛い漬物と、僅かな雑穀飯、そして具の少ない味噌汁が相場だった。 だが、目の前のこれはどうだ。砂糖という「純粋なエネルギーの結晶」が、江戸という心臓部だけでなく、この田舎町の毛細血管にまで溢れ出している動かぬ証拠ではないか。
隣の座敷では、農作業帰りだろうか、日焼けした真っ赤な顔をした大柄な農夫たちが、地酒を酌み交わしている。彼らの着ている半纏は、昔ながらの擦り切れた麻や継ぎ接ぎだらけの木綿ではない。南山航路を経由して輸入されたと思われる、丈夫で肌触りの良い鮮やかな「インディア綿」だ。
「今年は麦も繭も高値で売れたかんな。倅に新しい革靴でも買うてやるか」
「おうよ。横浜の異人館が、俺たちの生糸をいい値で買うてくれるからな。ありがたいこっちゃ、お天道様と、お江戸様はよ」
彼らは高笑いし、甘辛く煮付けた鶏肉を頬張り、酒で流し込んでいる。ここには、江戸のような「時間に追われる孤独」はない。彼らはまだ、陽が昇れば働き、陽が沈めば休むという自然のリズムの中で生きている。
だが、かつての農村にあったような、明日をも知れぬ貧しさや悲壮感もまた、綺麗さっぱりと消え失せている。あるのは、経済システムという巨大な水路から、確実に滴り落ちてくる富を享受する、圧倒的な「余裕」と「安定」だ。
江戸が心臓なら、この佐原のような地方都市は、栄養を運ぶ太い血管だ。南山からもたらされた富は、江戸で滞留することなく、利根川を遡り、農村の懐を温め、彼らの胃袋を砂糖と鶏の脂で満たしている。
日が暮れると、家々の軒先には、これまた南山産の安価な鯨油を使ったランプが灯り始めた。その明るく、温かい光の中で、人々は満ち足りた顔で家族と食卓を囲んでいる。
私は、土鍋の底に残った甘い煮汁を、行儀悪くも白飯にかけてかっこみながら、ある種の戦慄を覚えた。
東國の強さは、軍事力や工業力だけではない。 この「末端の農民の胃袋までカロリーが行き渡る物流網」の完成度こそが、徳川幕府という政体の岩盤を、恐ろしいほど強固に支えているのだと。ここでは、革命を叫ぶ声など、満腹のゲップにかき消されてしまうだろう。
腹も満ち、身体の芯まで温まった。
だが、私の旅はまだ終わらない。むしろここからが本番だ。この「甘い醤油の味」が、天下の険・箱根の山を越えた先で、どのように変質していくのか。
私は茶を飲み干し、まだ見ぬ西の空を見上げた。そこには、不穏な雲が低く垂れ込めているような気がした。
其の二に続く




