第9話 鐡の檻 - 八月十八日の政変
文久三年(一八六三年)八月中旬 京・洛中
政治とは、熱力学のようなものである。
閉鎖された空間(京)において、圧力(長州藩の過激な攘夷論)が高まりすぎれば、系全体が爆発するか、あるいは外部からの強制的な冷却介入によって相転移を起こすしかない。
文久三年の夏、京の都はまさに臨界点にあった。
長州藩と、彼らに神輿として担がれた三条実美ら過激派公卿たちは、連日のように「大和行幸」を画策していた。それは帝を御所から引きずり出し、攘夷親征の旗印として戦場へ連れ回すという、神聖なる権威の政治的軍事転用に他ならなかった。
孝明天皇の心労は極限に達していた。彼が望んでいるのは安定した平和的内政であり、国を焦土とする無謀な戦争ではない。ましてや、長州という名の粗野な田舎者の燃料として自らの玉体を焼かれることなど、生理的な嫌悪の対象でしかなかった。
この帝の悲鳴を、最も敏感なセンサーで感知し、それを「排除命令」として処理しようとした男がいた。
京都守護職・會津中将、松平容保である。
黒谷・金戒光明寺の本陣
そこはもはや寺院の風情を留めてはいなかった。本堂には南山から取り寄せた巨大な京都精密地図が広げられ、技術将校たちがコンパスと定規を手に、御所周辺の制圧シミュレーションを繰り返していた。
容保はその中心に座し、感情の読めない瞳で図面を見下ろしていた。彼にとって、長州の排除は合戦ではなく、都市機能を取り戻すための「外科手術」であった。
だが、この手術を成功させるには、會津単独の武力だけでは足りない。術後の拒絶反応、すなわち「會津による独裁」という世間の反発を抑えるための、強力な麻酔薬、あるいは共犯者が必要であった。
白羽の矢が立ったのは、薩摩藩である。
◆
八月某日の深夜 中川宮邸
公武合体派の重鎮・中川宮朝彦親王の屋敷において、歴史を動かす秘密会談が行われた。
出席者は、中川宮、會津藩公用方・秋月悌次郎、そして薩摩藩の実力者・高崎正風らである。この会談において交わされたのは、義兄弟の杯のような情緒的な盟約ではない。
互いに腹の中に一物も二物も抱えた古狸たちが、共通の害獣(長州)を駆除するために結んだ、極めて冷徹な「業務提携契約」であった。
薩摩にとって、長州の台頭は面白くない。彼らが主導権を握れば、薩摩の政治的立場は失われる。加えて、薩摩の指導層は生麦事件や薩英戦争の経験から、無謀な攘夷がいかに国を滅ぼすかを痛感しており、長州の狂気じみた暴走に危惧を抱いていた。
一方、會津にとって、薩摩は油断ならぬ相手である。彼らは今は幕府に恭順しているが、その腹の底には徳川への対抗心が見え隠れする。
だが、容保は計算した。
「毒をもって毒を制す。薩摩という野獣を鎖につなぎ、長州という狂犬を噛み殺させる。その鎖の端さえ握っていればよい」と。
交渉の席で、秋月悌次郎は一枚の図面を薩摩側に提示したとされる。
それは、會津が御所防衛のために準備している「最新鋭防衛システム」の概要図であった。ガトリング砲の配置、有刺鉄線の敷設、電信網による指揮統制。
それを見た薩摩の代表者は、息を呑んだという。それは「共に戦おう」という誘いであると同時に、「これに逆らえば、貴様らもこうなるぞ」という、無言の恫喝でもあったからだ。
「……よかろう。薩摩は乾御門を固める。長州の相手は、おいどん達が引き受けもんそ」
薩摩は契約書にサインした。
こうして、近代装備とシステムを持つ「會津」と、圧倒的な白兵戦能力と政治力を持つ「薩摩」という、幕末最強にして最悪の「薩会同盟」が成立したのである。
一方、この動きを遠く江戸から冷ややかに眺めていたのが、将軍後見職・一橋慶喜であった。
彼はこのクーデター計画を事前に知らされていたが、自ら手を汚すことは避けた。もし失敗すれば、責任はすべて容保に押し付ければよい。成功すれば、朝廷から長州を一掃した功績を我が物にできる。
慶喜にとって、実直すぎる容保は「使い潰すには惜しいが、使いこなすには危険なほど鋭利な刀」であった。
「容保にはやらせておけばよい。あの男の潔癖症が、京の泥をさらう役目には適している」
慶喜の承認、つまりそれは「黙認」という形でのゴーサインを得て、クーデターの正当性は担保された。
◆
八月十七日・深夜
若松から極秘裏に輸送されていた「特殊貨物」の封印が解かれた。木箱から取り出されたのは、油紙に包まれたスペンサー銃と、鈍い光を放つ有刺鉄線のコイル。
容保は、出撃する兵士たちに訓示を垂れることはなかった。代わりに、彼は懐中時計を見つめ、淡々と各部隊の展開時刻を確認していた。
彼がこれから行おうとしているのは、政変ではない。「文久三年八月十八日」という日付に、京の都を中世から近代へと強制的にアップデートする、巨大なシステム更新作業である。
長州藩士たちが、明日の大和行幸を夢見て寝床に入った頃、黒谷の門が開き、音もなく、しかし巨大な質量を持った「鐡の軍団」が動き出した。
車輪には布が巻かれ、馬の蹄にはゴムが装着されている。
静寂。
それは、嵐の前の静けさなどという生易しいものではない。処刑台のスイッチが押される直前の、電気的な静寂であった。
そして、運命の朝が来る。
◆
文久三年(一八六三年)八月十八日
その日の夜明け前、千年の王城・京の都は、一種異様なしかし完璧に計算された静寂によって支配されていた。 それは人々が寝静まっている安らかな静けさではない。巨大な屠畜場が稼働を開始する直前の、血の匂いと消毒液の匂いが混じり合うような、生臭くも冷徹な緊張感である。
東山三十六峰の稜線が白み始め、夜と朝の境界が曖昧になるこの刻限、都の空気には古来からの線香の香りに混じって、明らかに異質な成分、鉱物油の揮発臭と研ぎ澄まされた鋼鉄の冷気が漂っていた。
御所を囲む九つの門。 本来であれば、そこは公家たちの牛車が優雅に行き交い、有職故実に則った雅な装束の武士が、装飾的な槍を立てて守るべき聖域である。王朝文学の世界ならばそこには和歌が詠まれ、袖を濡らす涙があるべき場所だ。だが、この文久三年の朝、その風景は暴力的に、かつ不可逆的に上書きされていた。
堺町御門
長州藩の息のかかった勢力が最も頻繁に出入りし、尊王攘夷派による政治的策動の結節点となっていたこの門前には、一夜にして近代的な野戦築城が出現していた。會津工兵隊が闇に紛れて積み上げたのは、ただの砂袋ではない。入安島から運ばれた丈夫な麻袋に、京の河原の砂利を隙間なく詰め込み、銃弾の運動エネルギーを流体力学的に吸収するように計算して積み上げられた幾何学的な「掩体」である。それは、武士の陣地というよりは、産業革命が生んだ要塞の出張所であった。
そして、その防衛ラインの最前線に設置されたものこそが、京の住人たちを戦慄させた最大の異物であり、この政変の性質を決定づける無言の拒絶状であった。
それは竹矢来や木の柵といった生易しい障害物ではない。入安島の金鉱山において、過酷な労働に耐えかねた現地労働者の暴動を鎮圧し、あるいはジャングルの猛獣を切り裂くために開発された、鋭利な棘を持つ二条の亜鉛メッキ鋼線「有刺鉄線」であった。
東の空が白むにつれ、その無数に植え付けられた鋼鉄の棘が、朝露を弾いてキラリと冷たく輝き始めた。それはまるで、文明という名の悪魔が吐き出した銀色の蜘蛛の巣のように、門に殺到しようとする長州藩士や過激派公卿たちの行く手を、物理的に遮断するのみならず、その視覚的な凶悪さによって心理的にも去勢しようとしていた。
「ここから先は、情念も伝統も通用しない。あるのは物理的な痛みだけだ」
と、その棘は語っていた。
その鉄条網の内側、絶対防衛圏を見下ろす位置に整然と展開しているのは、黒に近い濃紺の軍服に身を包んだ、一千名の會津兵である。
彼らの姿はもはや侍ではなかった。髷を隠したケピ帽、泥濘を噛むゴム底のブーツ、そして何より、彼らは誰一人として刀を抜いてはいなかった。
刀はあくまで最後の護身用、あるいは儀礼的なシンボルであり、彼らの主力兵器ではないからだ。
彼らの手にあるのは、着剣されたスペンサー七連発騎兵銃。その銃口は、掩体の隙間から正確に外部へ向けられ、扇状の濃密な火網を形成している。一発撃てば再装填に時間がかかる火縄銃とはわけが違う。レバーアクション一つで次弾が装填されるこの銃は、迫りくる敵を「点」ではなく「面」で制圧する。
さらにその背後、門の左右に構築された一段高い銃座には、防水用の幌を荒々しく外された二基のガトリング砲が鎮座していた。
六本の銃身を束ねたその黒い口は、手回しクランクが回転すれば、一分間に数百発の鉛の暴風を吐き出し、群がる敵を瞬時に肉塊に変える準備を整えていた。それは、中世的な勇気や個人の武勇を、統計的な死へと変換する悪魔の粉砕機であった。
建礼門前
作戦全体を俯瞰する野戦指揮所に、會津中将・松平容保の姿があった。
彼は豪奢な陣羽織ではなく、実用一点張りのフロックコートの上に防弾チョッキ代わりの鎖帷子を重ね、携帯用の床几に腰を下ろしていた。その姿は戦国武将というよりは、巨大工事の現場監督あるいは冷徹な外科医のように見えた。
その手にあるのは、采配でも軍配でもない。會津製の精密な懐中時計である。
チク、タク、チク、タク。
秒針が、クーデターの進行状況を、無慈悲なまでに正確に刻んでいる。
容保の周囲には、伝令兵が走り回る古臭い光景はない。代わりに背中に巨大な木箱を背負い、そこから伸びる銅線を忙しなく接続している通信工兵たちが控えていた。
彼らは、御所の各門と本陣、そして金戒光明寺を有線電信網で結び、リアルタイムでの情報共有を可能にしていたのである。これは戦場における神経系の革命であった。狼煙や早馬の曖昧さを排除し、電気の信号で戦場を支配する。
「時間だ」
時計の針が午前四時〇〇分を指した瞬間、容保が短く氷のように冷たく呟いた。
その言葉は家臣への命令というよりは、巨大な機械のスイッチを入れる合図に近かった。傍らに控えていた伝令将校が、直ちに携帯用の手回し発電機付き電信機を操作する。
キリキリキリ…
という発電機の回転音と共に、電鍵を叩く乾いた音が、朝の静寂を切り裂いた。
ツ、ツー、ト。 ト、ト、ツー。
モールス信号が、銅線を光の速さで走り、各門に配置された部隊長たちの受信機へと一斉に飛ぶ。その暗号の意味は、簡潔にして残酷であった。
『作戦開始。御所全域を完全封鎖せよ。当該区域への侵入を試みる不審者は、身分を問わず警告なしで拘束。抵抗する者は即時射殺せよ』
これは、日本史における従来の、情緒的な政変やクーデターではない。
権力者が入れ替わるだけのお祭り騒ぎではない。
會津藩がその圧倒的な軍事力と通信技術、そして南山で培った植民地管理のノウハウを駆使して実行した、完璧かつ冷徹な首都封鎖であった。
中世の権威が眠るこの都は、今、近代的な管理システムという名の鐡の檻によって、完全に物理的に掌握されたのである。
◆
一方、御所の北西を守護する要衝、乾御門
ここを固めるのは、公武合体派の盟約に従い、會津と手を組んだ薩摩藩の精鋭部隊であった。
彼らは、薩摩隼人特有の剽悍な殺気を全身から立ち上らせ、抜き身の刀や、英国から苦労して輸入したエンフィールド銃を構えていた。彼らにとって、戦とは、血湧き肉躍る魂のぶつかり合いであり、個の武勇が勝敗を決する神聖な儀式のはずであった。
だが、その日の夜明け、彼らの目に映ったのは戦場ではなかった。彼らは隣接する蛤御門や中立売御門を封鎖する友軍であるはずの會津軍の異様な光景に、言葉を失い、戦慄していた。
指揮を執る西郷吉之助(隆盛)は、巨躯を揺すって前線に立ち、腕組みをしてその光景を睨みつけていた。 彼の太い眉間には深い渓谷のような皺が刻まれ、その奥にある大きな瞳は怒りとも恐怖ともつかぬ複雑な光を宿していた。
「……こいは、いかん」
西郷の唇から、呻きのような独り言が漏れた。薩摩と會津は、共通の敵である長州藩の暴走を食い止めるために手を組んだ。それは「公武合体」という政治的理念の一致による対等な盟約であると、西郷は信じていた。いや、信じようとしていた。だが、目の前に広がる冷厳な現実は、その甘い幻想を粉々に打ち砕いていた。
會津兵たちは誰一人として殺気を放っていない。彼らはただ、淡々と作業をしていた。土嚢を積み上げ、計算された射界を確保し、そして何よりあの悪魔の発明品 有刺鉄線を、幾重にも張り巡らせているのだ。
朝日を受けて冷たく輝くその棘は、人間を拒絶する鉱物的な悪意の結晶に見えた。そしてその背後に鎮座するガトリング砲と、兵士たちが背負うスペンサー七連発銃。
あれは、外敵(長州)を防ぐためだけの防壁ではない。
(……見ろ。あの銃口の配置を。あの鉄線の角度を)
西郷の背筋に、冷たい汗が流れ落ちた。
あの防御網は、外からの侵入を拒むと同時に、内側からの脱出をも不可能にする構造になっている。 つまり、會津は御所を守っているのではない。
帝や公家たちを、そして場合によっては我々薩摩をも含めた政治的中枢を、物理的に隔離し、管理下に置くための巨大な「檻」を構築したのだ。
(容保公は……帝をお守りすると言いながら、帝を鋼鉄の箱に閉じ込めてしまわれた。これでは、長州という痩せた狼を追い出したところで、次は會津という巨大で冷徹な看守が、この国を支配するだけごわす)
西郷の隣で、人斬り半次郎こと桐野利秋が苛立たしげに愛刀の柄を叩いた。カチャカチャという鍔鳴りの音が、彼の焦燥を表していた。
彼は天性の戦闘者である。だからこそ本能で理解してしまったのだ。自分の剣技があの鉄線の前では無力であることを。
「吉之助さぁ。あのアホみたいな鉄の線、斬って捨ててよかですか? 見ていて胸糞が悪か。ありゃあ、人間を相手にする道具じゃなか。獣を飼うための柵じゃ」
桐野の目は血走っていた。
薩摩示現流の初太刀は、鉄兜さえ砕く。だが、あのふらふらと揺れる鉄線はどうだ? 斬りつけても刃が食い込むだけで切断はできない。そして、足を取られもがいている間に、あの回転する銃身から吐き出される鉛の暴風に肉を削ぎ落とされるのだ。
近づくことさえ許されない。
死ぬことさえ、武士らしくあらせてもらえない。
「手出しは無用じゃ、半次郎。
今は、長州を追い払うのが先決じゃ」
西郷は桐野の肩を掴み諭すように、しかし自分自身に言い聞かせるように低く言った。
「だが、よう見ておけ。網膜に焼き付けておけ。…あれが東のやり方じゃ。金と鉄と知恵で、神聖な御所まで工場に変えてしまう。奴らの目には、帝も公家も、そしておいどん達も、管理すべき部品か家畜にしか見えておらん」
西郷の視線が、會津陣地から伸びる細い銅線 - 有線電信のケーブル - に吸い寄せられた。あの線の中を見えない言葉が駆け巡り、一千の兵が一つの生き物のように動く。対する薩摩は太鼓と法螺貝で合図を送るしかない。情報の速度が違う。火力が違う。見ている世界が違う。
「いずれ、おいどん達もあの柵の中で飼われる豚にされるかもしれん。…いや、下手をすれば、あの鉄線の肥料にされるのがオチじゃ」
薩摩兵たちは、本来なら背中を預けるべき味方である會津軍に敵である長州以上の、根源的な恐怖と生理的な嫌悪を感じていた。彼らの持つ火縄銃や、前装式のエンフィールド銃。一発撃てば、次弾装填に二十秒はかかる。対する會津のスペンサー銃は、その間に七発を撃ち尽くし、さらに七発を装填できる。戦力比は一対十四。いや、ガトリング砲を含めれば一対百にもなろう。
この日の同盟は薩摩にとって対等な共闘ではなかった。それは圧倒的な文明の力を見せつけられ、屈辱的な従属と沈黙を強いられる、長い冬の時代の始まりでもあった。
(……今は耐えよ。泥を啜ってでも生き延びよ)
西郷は拳を握りしめ、爪が肉に食い込む痛みで、心の震えを抑え込んだ。
(だが、忘れんぞ。會津いや、徳川の世という者よ。その鉄の檻を、いつかおいどん達が牙で噛み千切ってやる。豚は豚でも、野生の猪は、柵など突き破るものじゃ)
乾御門の朝霧の中、薩摩の兵たちは沈黙した。その沈黙は服従の証ではない。腹の底で煮えたぎるマグマを必死で蓋をして押さえつけている、臨界寸前のボイラーの静けさであった。
◆
そして、歴史の表舞台から強制的に退場を命じられた者たち、長州藩の精鋭と三条実美ら尊皇攘夷派の公卿たちが、堺町御門の前に到着した。
彼らの目前には、これまで見たこともない異様なバリケードが立ち塞がっていた。公卿たちは、狩衣の袖を震わせ、白粉を塗った顔を紅潮させて叫んだ。彼らはまだ自分たちの「声」には、物理法則を超越する魔力が宿っていると信じていたのだ。
「勅命である! 開門せよ! 麿たちは帝に奏上する儀があるのじゃ!」
「そこを退け、東夷の無礼者ども! この御紋が目に入らぬか!」
三条実美の金切り声が、朝霧の中に空しく響いた。それに呼応するように護衛の長州藩士たちが抜刀し、殺気を迸らせる。
「どかんか! 貴様ら、帝の臣をなんと心得る!」
「邪魔立てすれば、容赦なく斬り捨てるぞ!」
彼らの気迫は凄まじかった。それは、数百年にわたり培われてきた武士の矜持であり、精神力で岩をも砕くと信じられた「大和魂」の発露であった。だが、その熱情に対する會津側の反応は、彼らの予想したものではなかった。
會津兵たちはピクリとも動かなかった。彼らの目は、目の前で喚き散らすものたちを見ていない。彼らが見ていたのは、有刺鉄線の手前に設定された「射撃開始線」という、不可視の境界線だけであった。
彼らにとって、公卿の叫びも、武士の怒号も、意味のある言語ではない。それは単なるデシベルの高い「騒音」であり、処理すべき環境ノイズに過ぎなかった。
長州の先鋒が、じりじりと距離を詰める。
その距離、あと三十メートル。
有刺鉄線の棘まで、あと数歩。
その瞬間。
バリケードの一段高い位置に据えられた銃座で、乾いた、しかし決定的な音が響いた。
ガシャッ
それはガトリング砲の射手が、真鍮製の装填ホッパーを確認し、巨大なクランクハンドルに革手袋の手をかけた音であった。
たったそれだけの無機質な金属音。
だが、その音は雷鳴よりも雄弁に、そして死神の囁きよりも冷酷に、長州兵たちの鼓膜を打ち、脳髄を凍らせた。
彼らは知っていたのだ。この数ヶ月前、下関の海岸で何が起きたかを。南山の石炭で動く蒸気船が、いかに正確に、いかに無慈悲に、人間を肉塊に変えたかを。
彼らの脳裏にフラッシュバックのように地獄の光景が蘇る。
回転する銃身。吐き出される鉛の暴風。薙ぎ倒される同胞。飛び散る手足。鉄の暴力を知る者にとって、そのクリック音は、処刑台のレバーが引かれる音と何ら変わりがなかった。
「……ッ!?」
先頭にいた長州の隊長が、まるで透明な壁に激突したかのように足を止めた。 彼の本能が、激しく警鐘を鳴らしていた。
(進めば、死ぬ。……いや、死ぬことさえできない。ミンチにされる)
戦術的に見れば、状況は絶望的であった。 有刺鉄線によって足止めされた密集隊形。そこへ、正面のガトリング砲二門と、左右に展開したスペンサー銃隊五百挺が、計算し尽くされた十字砲火を浴びせる。
シミュレーションをするまでもない。最初の斉射で、前列の百名は即死。続く十秒間で、ガトリング砲が毎分四百発の弾丸をばら撒き、後列も薙ぎ倒す。
そこに名誉ある死など存在しない。あるのは、物理的破壊による死体への転換だけだ。
「……ひッ……」
誰かの口から、短い悲鳴が漏れた。
殺気が、恐怖へと相転移する。抜いた刀の切っ先が、小刻みに震え始める。
「……お、おのれ會津! 麿たちを、帝に会わせぬ気か!?」
三条実美は、白粉の崩れた顔で、悔し涙を流した。
彼は理解してしまったのだ。自分たちが信じていた「言霊」や「家格」そして「勅命」といった中世的な魔力が、南山からもたらされた冷厳な物理法則の前には、完全に無効化されていることを。
スペンサー銃の弾丸は、公卿の位階を判別しない。
ガトリング砲は、尊皇の志を忖度しない。
ただ、質量と速度を持った鉛が、柔らかいタンパク質を破壊するだけだ。
會津の指揮官が、静かに右手を挙げた。「撃て」の合図ではない。「去れ」という無言の警告である。その背後にある圧倒的な暴力の備蓄を見せつけられ、長州と公卿たちは膝を屈した。
彼らに残された道は、一つしかなかった。
都落ち。それは平家物語にあるような、哀愁漂う優雅なものではない。後に「七卿落ち」として歴史に刻まれるその逃避行は、近代文明という巨大な掃除機によって住処を追われた、前時代の埃たちの、惨めで滑稽な敗走であった。
ポツリ、ポツリ。
天が彼らの無念を哀れんだのか、それとも単なる気象現象か急な雨が降り始めた。激しさを増す雨足の中、長州兵に守られ、粗末な輿に乗って、逃げるように京を去る七人の公卿たち。濡れそぼった狩衣は重く肌にまとわりつき、白粉は泥水となって流れ落ち、彼らの素顔、ただの怯えた老人や若者の顔を晒していた。
その惨めな背中を、有刺鉄線の向こう側、安全圏にある監視塔の上から、會津の監視哨が眺めていた。
彼の手には江戸の隅田光学硝子社の最新型の高倍率双眼鏡が握られている。 感情のこもらない目でレンズのピントを合わせ、逃走する一行の人数と装備、そしてその表情までを詳細に観察し、手元のメモ帳に記録していた。
「対象、北へ移動開始。戦意喪失を確認。…追跡へ移行せず、監視を継続する」
監視哨の呟きは、雨音に消された。そこには、敗者への憐憫も、勝者の驕りもなかった。あるのは、害虫が駆除エリアから退出したことを確認する、保健所職員のような淡々とした職務遂行の記録だけであった。
こうして、文久三年の夏、京の都から「中世」が物理的に排除された。残されたのは鉄と蒸気と火薬の匂いが染み付いた、冷たく機能的な「近代」という名の檻だけであった。
◆
政変は終わった。
血はほとんど流れなかった。
テクノロジーが生み出した冷徹な武力格差は、敵対者の肉体のみならず、その戦闘意欲すらも音もなく蒸発させてしまったからだ。
雨上がりの京の空には、不吉なほど鮮やかな虹がかかっていたが、その下にある御所は、かつての雅な王城ではなく、有刺鉄線と機関砲に守られた近代要塞へと変貌を遂げていた。
その夜 御所・小御所
容保は、孝明天皇の御前に召し出された。
御簾の向こうに座す帝の顔色は、決して優れてはいなかった。生理的に嫌悪していた長州藩や過激な言動で宮廷を振り回していた三条実美らがいなくなったことへの安堵はある。だが、それ以上に、目の前に平伏するこの若者と、彼が持ち込んだ異質の力に対する、底知れぬ畏怖が勝っていたからだ。
線香の甘い香りが漂う薄暗い空間に、容保の纏う軍服から微かに香る鉱物油と鉄の匂いが、異物のように混じり合っていた。
「會津中将よ。長州は去ったな」
帝の声は震えていた。それは安らぎの震えではなく、猛獣使いが虎の喉を撫でる時の、張り詰めた緊張であった。
「はっ。帝の御心を悩ませる逆賊どもは、すべて排除いたしました。堺町御門をはじめ、九門すべてに配置いたしました鉄柵と機巧が、二度と彼らを寄せ付けませぬ」
容保は平伏したまま静かに答えた。その声は、君主に仕える忠実な臣下のそれでありながら、同時に巨大な機械時計の設計者が、その完璧な作動を報告するかのような、感情の入り込む余地のない冷ややかさを帯びていた。
帝は、小さく息を呑んだ。
鉄柵。ガトリング砲。電信機。そして無表情な黒い兵士たち。この男は朕を守ると言いながら、朕の住まう神聖な御所を、東夷の無機質な絡繰で囲みこんでしまった。
朕はもう、この男の許可なくしては、外の空気を吸うことすらできないのではないか。これは守護なのか? それとも監禁なのか?
「そなたは、強いな。強すぎるほどにな。その力、古の武士の如きではないの」
「恐れ入り奉ります。すべては、帝の御威光を守り、京の安寧を保つための理にございます」
容保は顔を上げた。その瞳は一点の曇りもなく澄み切っていた。彼は本気で信じているのだ。この完璧な管理体制こそが、か弱き帝にとって最良の環境であると。
植物園の温室のように外敵や雑菌から遮断し、温度と湿度を人工的に管理し、ガラスケースの中に閉じ込めて愛でる。 それこそが、近代的合理主義に基づく、會津流の忠義の完成形であると。
「理か。…朕は、そなたを頼りにする。…頼りにする他、ないのじゃな」
帝は力なく自嘲気味に笑った。
ここには心の通い合いはない。あるのは暴力装置を持つ者と、権威を持つ者との間の、冷ややかな取引関係だけであった。帝はこの男が、本当に御しきれる猛獣なのか、それとも喰われるのか、じっと見極めをつけようと考えていた。
「下がってよい。……引き続き、警固に励め」
「御意」
容保は一礼し踵を返した。 その背中には帝の心を推し量るような情緒的な迷いは微塵もなかった。今の彼にあるのは任務完了の充実感と、自らが構築した枠組への絶対的な自信だけであった。
◆
小御所を退出した容保は、建礼門の内側に停め置かれた、黒塗りの馬車へと向かった。
雨上がりの夜気の中、ガス灯に照らされた馬車は、巨大な黒い棺のようにも見えた。その窓には、南山製の分厚い防弾ガラスが嵌め込まれている。
御者が扉を開けるとそこには優雅に作り付けの文机に向かう照姫の姿があった。彼女は外の喧騒などどこ吹く風といった様子で、揺れるランプの灯りの下、兵站管理の帳簿に目を通していたが、容保の姿を認めると、静かに顔を上げた。
「殿。お勤め、ご苦労様にございました」
照姫は、帳簿を閉じ、手ずから淹れた冷めぬように魔法瓶に入れてあったを紅茶を差し出した。馬車の中は、戦場の泥臭さとは無縁の上質な革と紅茶の香りに満ちていた。
「帝のご様子は、いかがでしたか?」
「怯えておられたよ」
容保は、カップを受け取り、シートに深く身を沈めた。馬車が動き出す。ゴムタイヤが砂利を踏む、低くこもった音が室内に響く。
「無理もない。余がお目にかけたのは、平安の昔から続く忠義などという曖昧なものではない。計算され、精錬された純粋な機能の塊だ。理解できぬものへの畏怖は人の常ゆえな」
「畏怖、でございますか」
照姫は切れ長の瞳を伏せ、少し寂しげに微笑んだ。
「それは、殿が望まれた勝利なのでしょうか。長州を追い払い、帝を鐡の柵で囲い込み。まるで、籠の中の鳥を見るような目で、あの御方を見ておられるのではありませぬか」
「照よ。鳥は籠の中にいてこそ、美しい声で囀れるのだ」
容保は、窓の外を流れる鉄条網の影を見つめた。 月の光が、鋭利な棘に反射して、冷たい星のように瞬いている。
「外の世界は嵐だ。長州という狼、海外列強という猛禽が飛び交う空の下で、帝という無防備な鳥が生き延びられると思うか? 余は、鳥の自由を奪ったのではない。鳥が生きるための聖域を、鐡と技術でお作り差し上げたつもりだ」
容保の声には、微塵の疑いもなかった。彼は自らの行為を支配ではなく保護だと定義していた。いや、もっと正確に言えば、非効率な伝統を効率的な近代によって上書きしたという、傲慢な満足感に満ちていた。
「それに、これで証明された。京という暴れ馬は精神論では御せぬ。必要なのは強靭な手綱だ」
容保は自分の右手を目の前にかざし、虚空を握りしめる仕草をした。
「見よ、照。これが洛陽の黒き手綱だ」
彼の手の中で、見えざる手綱が軋む音が聞こえるようだった。
「京の都に、會津の轡を嵌め、南山の革で作った手綱をかけた。これで、この国は制御できる。御所も、公家も、そして西國の狼どもも、余が握るこの手綱一つで、右へも左へも動かせるのだ」
容保の声には、全能感が満ちていた。彼は錯覚していた。自分が手綱を握る「乗り手」であり、この国の行方を決める「設計者」であると。
だが、照姫はそれを見てしまった。
街灯の光が過ぎ去り、馬車の中が闇に包まれた一瞬、容保の顔に深い疲労と、本人さえ気づかぬ孤独な影が差したのを。
(殿。手綱とは、馬を縛るだけのものではありませぬ)
彼女は心の中で、祈るように呟いた。
(手綱を握り締めるその手もまた、馬の動きに縛られるのです。強く引けば引くほど、その反動は貴方様の腕を、身体を、そして魂を締め上げるでしょう)
馬車は、金戒光明寺の本陣へ向かって、闇の中を滑るように進んでいく。その轍は、勝利への凱旋路のようであり、同時に、出口のない迷宮へと続く一本道のようでもあった。
◆
文久三年の八月十八日、この日、會津藩は京の都を物理的に制圧した。だが、それは彼らが支配者になった日ではない。
松平容保という稀代のテクノクラートが、自らの作り上げた完璧なシステムと、帝という絶対的な権威の重力圏に、自覚なきまま魂ごと捕獲された日 、會津藩の終わりの日の始まりであった。
まだ、帝からの真の首輪は下されていない。
容保は、自分が自由な意思で手綱を握っていると信じている。その傲慢な自信が、やがて来る十月の紅葉の頃、帝の流す涙と情念によって、逃れられぬ鎖へと変わる運命を、今の彼は知る由もなかった。
遠くで雷鳴が轟いた。それは、翌年に控えた禁門の変から蛤御門の戦いという、本当の地獄の到来を告げる弔鐘のように、京の夜空に低く、重く響き渡っていた。
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