第3話 薩摩の冬、集成館の夢
安政五年(一八五八年)七月
南國の盛夏だというのに、その日の鹿児島の空からは雪のように冷たく、そして白骨のように乾いた灰が降っていた。
それは、桜島が太古から吐き出し続けている大地の息吹ではない。錦江湾に面した磯地区。藩主・島津斉彬の肝煎りで建設された、西國屈指の工場群「集成館」
その心臓部である反射炉や溶鉱炉から立ち上る煙が、湿った海風に押し戻され、燃焼しきれなかった煤と塵の混合物となって、島津の城下町に降り注いでいるのである。
だが、その煙の色は、江戸や橫須賀の空を暴力的に覆い尽くす、あの圧倒的な「黒」とは似ても似つかぬものであった。
薄く、白く、どこか肺病病みの顔色にも似た、頼りない灰色。それは炉の火力が決定的に不足している証拠であり、そこで燃やされている石炭が水分と不純物を多く含んだ粗悪品であることの、あまりに惨めな証明でもあった。
集成館の奥深く。熱気と粉塵、そして鉄錆の酸っぱい臭いが渦巻く鋳造場の片隅で、一人の男が激しく咳き込んでいた。
薩摩藩主 島津斉彬 四十九歳
かつては「南蛮癖」などと揶揄されたこともあったが、今や彼をそう呼ぶ者はいない。彼は英仏米の知識を貪欲に吸収し、幕府が開国する以前から密貿易を通じて世界を知悉していた西國きっての「開明君主」である。
だが、その英傑の顔色は、天から降り注ぐ灰のように蒼白く玉のような脂汗にまみれていた。病魔はすでに彼の五体を蝕み、立っているのが不思議なほどであったが、その落ち窪んだ眼窩の奥で光る眼光だけは、炉の中でドロドロに溶けた鉄のように赤く、狂気じみた熱量で燃え盛っていた。
「……吉之助。温度は、上がらんか」
斉彬が、血を吐くような絞り出す声で問うた相手は、巨躯を小さく折りたたむようにして控えていた若き藩士、西郷吉之助(後の隆盛)である。西郷の着物は、煤と汗、それに機械油でドロドロに汚れ、本来の色を留めていない。その太い腕には飛び散った火花による火傷の痕が無数に刻まれている。彼はただの側近ではない。斉彬の手足となり、泥にまみれて現場を指揮し、時には工員と共に鞴を踏む、実務者であった。
「……申し訳ございもはん。筑豊から取り寄せた石炭では、これが限界でごわす。風を送るふいごを三倍にし、昼夜分かたず酸素を送り続けても、鉄が……鉄が、サラサラにはなりもはん」
西郷は、悔しさに唇を噛み切らんばかりであった。口の中に鉄錆と血の味が広がった。目の前の反射炉の中では、確かに鉄が溶けてはいる。だが、温度が足りない。摂氏一千五百度の壁を越えられないために、鉄は粘度を保ったままである。それは清冽な水流ではなく、腐った水飴のようにドロリとしており、硫黄などの不純物を含んで重く澱んでいる。これでは、アームストロング砲の砲身のような、極めて精密で強靭さが求められる鋳物は作れない。
型に流し込んでも、微細な空洞(巣)ができ、火薬の爆発圧力に耐えられず、最初の試射で飴細工のように裂けて暴発してしまうのだ。
「橫須賀では……小栗の作った高炉では、鉄が水のように流れると聞く」
斉彬は、肺腑を抉るような、重く深い溜息をついた。その息さえも、熱気で白く濁って見えるようだった。
「違いは、腕ではない。薩摩の職人の腕は、東の連中になど劣らぬ。……燃料だ。奴らは南山から運んだ、無煙炭という名の黒い宝石を、惜しげもなく燃やしておるのだ。……吉之助、わかるか。我々は、濡れた薪で鉄を溶かそうとしているようなものだ。どれほど知恵を絞り、どれほど汗を流そうとも、物理の理には勝てぬ」
薩摩は、決して技術で劣っているわけではない。 斉彬の強力なリーダーシップの下、薩摩の職人たちはオランダのみならず、フランスやアメリカの技術書を翻訳し、見よう見まねでガラスを作り、蒸気船の模型を走らせ、銀板写真機さえ作り上げた。彼らの指先には東國の職人を凌ぐほどの器用さと、飢えた者特有の執念が宿っている。
だが物理の壁だけは、薩摩隼人の精神論では越えられなかった。高火力の瀝青炭や無煙炭。高純度の鉄鉱石。耐火煉瓦を作るための特殊な粘土。蒸気機関のパッキンを作るための生ゴム。産業革命を成功させるための「血液」とも言えるこれらの資源は、すべて南山の入安島にある。
そして、その南山航路の利権は一六〇〇年代から続く徳川幕府の直轄事業として独占され、橫須賀、橫濱、仙台といった東國の港にしか荷揚げされない仕組みになっていた。西國には、残りカスのような低品位の物資しか回ってこない。それが、この国の冷厳なルールであった。
「殿。……やはり幕府に南山との交易許可を再度願い出るしかございもはん」
「三度だ……三度、老中に書状を送った」
斉彬は震える手でステッキを床に突き立てた。カン、と乾いた音が工場の虚しい静寂に響いた。
「『薩摩は辺境ゆえ、海防の任重し。ついては南山の石炭と硝石を優先的に回されたし』とな。わしは頭も下げた。プライドも捨てた。
……だが返答はいつも同じだ。
『公儀の法に従え』
『国産の品で工夫せよ』
……奴らは、薩摩に武器を持たせたくないのだ。我々を、永遠に東國の下請け工場、都合の良い番犬として飼い殺すつもりなのだよ」
カキン、
と高い音がした。炉から取り出された試作品の鉄板が、冷却の過程でピシピシと音を立てて割れたのだ。 また失敗である。職人たちが落胆の声を上げ膝から崩れ落ちる。西郷は拳を握りしめて震えた。その爪が掌に食い込み血が滲んだ。
想像せずにはいられない。この瞬間にも、東國の橫須賀では、漆黒の煙が高々と上がり、真っ赤な鉄の川が奔流となって型に流れ込み、最新鋭の大砲や、鉄道のレールが産声を上げている様を。江戸の町人が、南山から届いた缶詰の牛肉を食らい、脂ぎった顔で笑っている様を。それに引き換えここではどうだ。天下の英傑と謳われる君主とその忠実な家臣たちが、粗悪な石炭の煙に目をしばたたかせ咳き込みながら、屑鉄一つ作るのに命を削っている。
この理不尽。
この絶望的な格差。
これは単なる「貧乏」ではない。
「飢餓」だ。
国家としての生存に必要な栄養素を意図的に断たれ、緩慢な死を強要されている状態だ。薩摩だけではない。長州も土佐も肥前も。西國全体が東國という巨大な胃袋に養分を吸い取られるだけの、枯れかけた末端組織にされようとしている。
「……吉之助よ」
斉彬は、割れた鉄板を拾い上げ、我が子を抱くように、愛おしそうに、そして悲しげに撫でた。その鉄板はまだ熱を持っていたが、彼の冷え切った手には心地よかったのかもしれない。
「わしは、夢を見ていたのかもしれん。……幕府と力を合わせ、公武が合体し、日本という国を強くする夢を。……だが、井伊直弼や小栗忠順が見ている地図には、薩摩は描かれておらんようだ。奴らの地図にあるのは、江戸と、その先にある南山だけだ。我々は、地図の余白に過ぎん」
「殿……」
「わしの命は、もう長くはない」
その言葉に、西郷が弾かれたように顔を上げた。その目には、恐怖の色が浮かんでいた。薩摩の巨木である斉彬が倒れることへの、根源的な恐怖だ。
「滅多なことを! 殿が倒れれば、薩摩は、日本はどうなりもす!」
「現実を見ろ、吉之助! 感情で目は曇らせるな!」
斉彬の叱咤が飛んだ。
「わしが死ねば、この集成館事業は頓挫する。保守派の父上(斉興)は、待ってましたとばかりに工場の火を消すだろう。金食い虫だと罵ってな。……そうなれば、薩摩はただの貧しい農業国に戻る。東國から高い鉄製品を買い、安い米とサツマイモを売るだけの、植民地のような国にな。……おはん等は、それでいいのか? 薩摩隼人が、東國商人の奴隷になっても良いのか!?」
斉彬の眼光が、西郷の魂を射抜いた。それは、遺言を託す慈父の目であり、同時に、修羅の道を示す鬼神の目でもあった。
「いいか、吉之助。よく聞け。……乞食になるな。恵んでもらうのを待つな。……奪い取る者になれ」
「……奪い取る、でごわすか」
「そうだ。幕府が南山の扉を開かぬなら、こじ開けるしかない。……京へ行け。帝という玉を抱き、正義という名の錦の御旗を掲げ、幕府という徳川の私商店を潰せ。……そうしなければ、我らに未来はない。我々の子供たちは、永遠に飢え続けることになるのだ」
尊皇攘夷ではない。これは、赤裸々な生存闘争だ。 斉彬は、死の淵にあって、倒幕の本質的な動機を看破していた。思想の問題ではない。イデオロギーの問題でもない。飯が食えるかどうかの問題なのだと。
ゴホッ、ゴホッ!
激しい咳と共に、斉彬が吐血した。鮮血が、灰で白く汚れた地面に、鮮やかな赤い花を咲かせた。
「殿ォッ!!」
西郷が獣のような悲鳴を上げて駆け寄り、主君の痩せ細った体を抱き起した。その体は、驚くほど軽く、まるで燃え尽きた炭のように熱かった。
「……南へ……目を、南へ向けろ。……そこにしか、生きる道は……」
その数日後、島津斉彬は薨去した。公式には当時流行していたコロリによるとされるその死は、あまりに唐突であり、一部には幕府隠密による毒殺説も囁かれた。だが、死因が何であれ、結果は冷厳な事実として一つだった。島津斉彬という太陽が沈んだ薩摩に、急速な「冬」が訪れたのである。
父であり、隠居として実権を握り返した島津斉興は、息子の死を悼む間もなく、冷徹な命令を下した。「集成館の火を消せ」その命令は、薩摩の近代化の心臓を止める宣告であった。反射炉は冷やされ、溶鉱炉は破壊され、高価な工作機械は埃を被るまま放置された。昨日まで、脂と汗にまみれて未来を鋳造していた職人たちは即刻解雇され、元の百姓や下級武士の身分へと戻された。彼らの手に残ったのは油の染み込んだ手のひらと、行き場のない虚無感だけであった。城下町から白い煙も槌音も消えた。薩摩は再び、静かで、貧しく、そして閉鎖的な、三百年前の風景へと逆戻りしたのである。
西郷吉之助は居場所を失った。斉彬の腹心として奔走していた彼は、保守派が実権を握った藩庁において、疎ましい「先代の遺物」であり、危険な「過激思想の持ち主」として白眼視された。昨日まで挨拶を交わしていた同僚たちが、目を逸らして通り過ぎていく。出仕も禁じられ、自宅での謹慎を命じられた西郷は、来る日も来る日も、廃墟となりつつある集成館の跡地に立ち尽くした。
冷たい海風が吹き抜ける。壊された反射炉の残骸は、巨大な墓標のようにそびえ立っていた。そこで彼は見たのだ。仕事を奪われ畑を耕す鍬を握らされた元職人たちが、痩せた土地から採れたわずかなサツマイモを、泥だらけの手でかじっている姿を。その一方で、東國からの商船が、南山産の砂糖や缶詰を満載して、錦江湾の沖合を素通りしていく様を。
(……これが、薩摩の現実か)
西郷の心の中で、何かが音を立てて砕け、そして別の何かが黒く凝固していった。忠義、仁義、武士道。 そんな美しい言葉では、民の腹は満たせない。斉彬公が目指した「公武合体」や「平和的な開国」という理想は、圧倒的な経済格差の前では無力な寝言に過ぎなかったのだ。
彼は、主君の亡骸の前で三日三晩泣き崩れた後、ゆっくりと顔を上げた。その大きな瞳からは、涙は完全に消え失せていた。代わりに宿っていたのは、飢えた狼のような、底知れぬ渇望と、冷たく澄んだ殺意であった。
(殿は優しすぎた。……幕府と話をしようとした。だが、向こうは話す気などない。持てる者が、持たざる者の言葉になど耳を貸すはずがない)
西郷は、集成館の廃墟越しに、噴煙を上げる桜島を見上げた。南の空の向こうには、幕府が独占する宝の山がある。東の連中が、ぬくぬくと貪っている禁断の果実がある。
(許さぬ。……徳川が独り占めするなら、すべて焼き払ってでも奪い取る。……それが、おいどんたちが生き残るための、唯一の戦でごわす。綺麗事は言わん。我らは、生きるために鬼になる。……いや、鬼にならねば、薩摩は座して死ぬのみ)
かつての忠実な番犬は死んだ。ここに生まれたのは、生存のためならば主家の喉笛さえ食いちぎる、飢えた野獣であった。彼の周りには、同じように職を失い、未来を閉ざされた若者たちが集まり始めていた。大久保正助、有村俊斎……。彼らの目もまた、西郷と同じ飢えの色を宿していた。彼らは知っていた。この冬を越えるためには、他者の肉を食らうしかないことを。
この瞬間、薩摩のひいては西國雄藩の倒幕運動は、単なる尊皇というイデオロギー闘争から、明確な資源獲得戦争へと変質した。彼らが欲したのは、権力という抽象的なものではない。鉄であり、石炭であり、南山のゴムであり、明日のパンであった。
安政五年の夏。鹿児島の空に舞った白い灰は、やがて日本全土を覆う戦火の灰へと変わる運命にあった。西から吹く風は、もはや変革を求める爽やかな風ではない。略奪という名の、乾ききった熱風となって、東の都へと吹き始めていたのである。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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