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第七話 洛陽の黒き手綱 其の三

難産でした。

 文久三年(一八六三年)秋


「八月十八日の政変」と呼ばれる、 會津と薩摩による電撃的なクーデターを経て、京の都はかつてない静寂を取り戻しておりました。


 それは、嵐が過ぎ去った後の清々しさというよりは、巨大な重石によって無理やりに押し込められた、張り詰めた静けさでございました。


 路上からは天誅を叫ぶ浪士たちの足音は完全に消え去り、夜の闇を支配するのは、 會津が設置したガス灯の青白い光と、規則正しく巡回する軍憲兵の、ゴム靴が石畳を叩く無機質なリズムのみ。


 その静寂の頂点に位置するのが、禁裏御所 -千年の時を超えて、この國の魂が鎮座する場所でございます。


 同年 十月九日


 小御所へと向かう砂利道を踏みしめる容保様の背中は、いつになく小さく、そして硬く強張って見えました。


 あの方は、蒸気機関の設計図を引くときも、荒れ狂う蝦夷の海を渡るときも、決して臆することのない理知の化身であられました。しかし、この日、あの方が対峙しようとしていたのは、論理でも計算でも解き明かせぬ、日本という國が抱える巨大な情念の源泉、孝明天皇その人であったからでございます。


 すでに幾度かの拝謁を経て、容保様は帝の御心に触れておりました。


 公武合体 -朝廷の権威と幕府の行政力を融合させ、國難を乗り切ろうとするこの政治運動において、容保様こそがその(かすがい)であると、帝は深く認識されていたのです。


 しかし、この日の呼び出しは、公式な儀礼の枠を超えた、何か特別な気配を漂わせておりました。


 御簾の向こうにおわす帝。


 この方は、決して深窓に守られただけの柔弱な君主ではあらせられません。


 西國の野心家たちに玉として狙われ続け、公家たちの陰謀の網を潜り抜けてこられた、孤独なる権力者であられます。


 帝は東國からもたらされる急速な機械化や、身分秩序を揺るがす変化そのものを深く憂慮されておりました。しかしそれ以上に、その変化を口実に暴力を振るい、幕府という堤防を破壊しようとする過激な勢力を、心底から恐れておられたのです。



 容保様は、平伏されました。

 その額は、冷たい床に擦り付けられんばかりに低く、全身全霊の恭順を示しておられました。


肥後守如元(ひごのかみじょげん) 左近衛(さこんえの)権中将(ごんのちゅうじょう) 源朝臣(みなもとのあそん) 容保……お召しにより、参内仕りました」


 御簾の奥には、関白や数名の側近の気配がありましたが、帝は扇子を静かに鳴らされました。


「……人払いを」


 その一言で、周囲の空気が凍りつきました。

 側近たちが戸惑いながらも退室し、広い小御所には、帝と容保様の二人きりの時間が流れ始めました。


「……面を上げよ、 中将」


 許しを得て、容保様がゆっくりと顔を上げられると、そこには、御簾越しにこちらを射抜くような、鋭く、それでいて縋るような視線がございました。


「……静かになったの」


 帝は、独り言のように呟かれました。


「八月の政変以来、京は静かでおじゃる。……以前はの、毎夜のように斬り結ぶ音や、誰ぞの悲鳴が聞こえてきたものよ。西の者らは、口では「帝のため」「御國のため」と申すが、朕を神輿として担ぎ出し、どこぞへ連れ去ろうと画策しておった。……朕は、それが恐ろしかった」


「は……。不肖・容保、鐵と規律の力をもって、京の魔を封じ込めてございます」


「うむ。……じゃがの、中将」


 帝の声が、ふと低くなりました。


「そちからは、鼻をつく臭いがする。……油と、煤と、鐵の臭いじゃ。……朕は、本来その臭いも好かん。東國の機械仕掛けは、古き良き雅を壊すものじゃからの」


 容保様の心臓が早鐘を打つのが、私には聞こえるようでした。

 帝は、 會津の近代化を、産業革命を、否定されるのか。


 しかし、帝の言葉は続きました。


「なれど……その鐵の臭いは、嘘の臭いはせぬ」


 その一言に込められた、帝の苦渋と、そして究極の信頼。


 帝は見抜いておられたのです。

 ご自身が忌み嫌う「異國の機械」を操るこの男だけが、私利私欲ではなく、純粋な「家訓(かきん)」と「忠義」という、最も古風な律動によって動いていることを。

 公武合体などという政治題目ではなく、人と人としての結びつきだけが、この孤独な玉座を守り得るのだと。


「西の雄藩も、幕府の役人も、皆、朕を利用しようとする。……じゃが、そちだけは違うた。……朕の寝所を、その身を削って守ってくれたのは、そちの無骨な鐵の(かいな)だけよ」


 帝は、手元にあった文箱から、一通の書状と、懐紙を取り出されました。


「近くへ」


 容保様が膝行して御簾の近くへ進むと、帝は自らその書状を差し出されました。

 それは、右筆に書かせたものではない、帝ご自身の筆によるお手紙――宸翰(しんかん)でございました。


『堂上以下、暴論を面陳し、不正の処置増長につき、痛心堪え難く、内実は解職をも願い出たき場合少なからず候へども(中略)その方へ頼み入り候より外これなく候……』

(公家や浪士たちが暴論を吐き、不正がまかり通る今の世に、朕は心を痛め、位を退きたいとすら思うた。じゃが、そなたを頼りにする以外に、もう道はないのじゃ……)


 震える文字で綴られた、帝の悲鳴にも似た本音。


 そして、帝はさらに懐紙に書かれた御御製(帝が詠んだ和歌)を読み上げられました。

『たやすからざる 世に武士(もののふ)の 忠誠のこころを よろこびにけり』


 さらに、三方(さんぼう)に載せられた、鮮烈な緋色の御衣。

 帝が肌身離さず身につけておられた、至高の贈り物。


「……受け取るがよい。朕の心じゃ」


 容保様は、震える手でそれらを受け取られました。


 絹の手触りは滑らかで、驚くほど軽かったはずです。しかし、その時、あの方の腕にかかった重みは、千鈞の鐵材よりも重かったに違いありません。


 容保様は、ただ感涙にむせんでおられたのではありません。

 あの方は、その瞬間、ご自身の魂の中で、理性が崩れ去る音を聞いておられたのです。


 後年、あの方は私に、その時の心境を吐露されました。


「予は、嬉しいと感じてしまったのだ。…… 會津の近代化を進め、封建の世を合理的に組み替えようとしていたこの予が、あろうことか、封建の頂点たる帝からの『情』の一撃に、魂の底から打ち震えてしまった。……理屈ではない。 會津松平家の血の中に眠る古き記憶が、歓喜の声を上げてしまったのだ」


 しかし、同時に、あの方の冷徹な知性が、警鐘を鳴らしておりました。

 この宸翰と御衣は足枷、いや首輪だ。


 帝は、私の忠誠を称賛したのではない。「お前はもう、余を見捨てて逃げることは許されぬ」と、呪いをかけたのだ。

  會津が進めようとしている「近代化」や「富國」の先にあるべき合理的な國家像。

 それとは相容れぬはずの、情緒と血統による支配。

 私は今、その最も重い権威の前に跪き、その守護者となることを誓ってしまった。


「……ありがたき、幸せに存じまする!」


 声を振り絞り、御衣を押し頂いた容保様の目からは、涙が止めどなく溢れておりました。


 それは、純粋な忠誠の涙であり、同時に、ご自身が夢見た「自由な産業人」としての未来への、決別の涙でもありました。


 あの方は悟られたのです。

 自分は、新しい時代を作る建築家にはなれない。

 古い時代が崩れ落ちないように、その柱となって支え続け、最後にはその下敷きになって砕け散る、人柱になる運命なのだと。



 謁見を終え、金戒光明寺に戻られた夜。


 容保様は、祭壇に飾られた宸翰と緋色の御衣の前で、長い時間、動こうとされませんでした。

 部屋には、南山から取り寄せた最高級のブランデーの瓶が開けられておりましたが、あの方は一口も飲まず、ただ膝を抱えておられました。


「……照よ」


 私が背中にショールを掛けようと近づくと、あの方は、迷子になった子供のように、私の袖を掴まれました。


「予は、恐ろしい。……西國の浪士たちのテロルなど怖くはない。だが、帝の……あの方の『頼み入り候』という一言が、予の心臓を鎖で縛り上げたのだ」


 容保様の声は、微かに震えておりました。


「予は、この鎖を断ち切れぬ。…… 會津の鐵も、蒸気も、蓄えた金も、すべてはあの方と、あの方が守ろうとする『古き日本』のために費やされるだろう。……それが、合理に反することだと分かっていても、予の魂がそれを拒めぬのだ」


 その慟哭は、近代人としての理性と、日本男児としての情念の狭間で引き裂かれた、一人の男の悲痛な叫びでございました。帝という巨大な引力は、 會津松平容保という、この時代で最も進歩的であったはずの精神を、古き良き忠義の泥沼へと、優しく、しかし不可逆的に引きずり込んだのです。


 私は、夫の背を抱き、その強張った肩を撫で続けました。

 窓の外では、 會津が設置したガス灯が、京の闇を青白く照らし出しておりました。

 その人工の光の下で、千年の都は、私の夫という、あまりにも高潔な生贄を得て、満足げに眠っているように見えました。


 緋色の御衣と、一通の手紙。


 それは、 會津にとっての最高の栄誉であり、同時に、私たちがこの京の地で燃え尽きるか、あるいは遥か遠き海原へと旅立つまで、決して逃れることのできない運命の楔となったのでございます。


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 あの日以来、金戒光明寺の奥まった一室、容保様の居室の床の間には、帝より賜った緋色の御衣と宸翰が、常に飾られるようになりました。


 それは、私たち 會津松平家にとって、この上ない誉れでございます。しかし、ふとした瞬間に蝋燭の炎が揺らめき、その緋色がどす黒く翳る時、私にはそれが、夫をこの古い都に縛り付ける、断ち切れぬ棘のようにも見えたのです。


 文久三年の冬は、例年になく厳しく、京の底冷えは身に沁みました。

 八月十八日の政変により、長州を中心とする過激派は都から追放されましたが、それは問題の解決ではありませんでした。彼らは地下に潜り、あるいは國元で、 會津に対抗すべく、英國商人を通じて密かに武器を買い集めているとの情報が、南山の商社経由でもたらされておりました。


 表向き、京は平和を取り戻しました。ガス灯は輝き、軍憲兵は巡回し、帝は安眠を得ておられます。

 しかし、その平和を維持するために、 會津藩は莫大な富を吐き出し続けておりました。蝦夷の炭鉱が生む利益、南山のゴム農園からの配当、若松の精密機械工場が稼ぐ外貨……そのすべてが、京の治安維持という、底の抜けた器へと注ぎ込まれていたのです。


「……照よ。予は時折、分からなくなるのだ」


 ある雪の夜、容保様は執務の手を止め、ブランデーグラスを傾けながら呟かれました。


 その視線の先には、壁に掛けられた二枚の地図がございました。

 一枚は、帝がおわす『京都御所図』。もう一枚は、広大な海が広がる『南山・入安島開拓図』。


「予は、この國の未来を守るために力を蓄えた。だが今、その力を使って滅びゆく過去を支えている。……これは、巨大な矛盾だ。予は手綱を締めながら、鞭を入れているようなものではないか」


 私は、夫の背中に南山羊毛のショールを掛けました。


「殿。……矛盾を抱えることこそが、今の日本において、殿にしかできぬお役目なのでございましょう。西の者たちは壊すことしか知りませぬ。幕府の古い方々は、しがみつくことしか知りませぬ。……新しき(ことわり)を知りつつ、(こころ)を解するは、殿ただお一人。……貴方様は、引き裂かれた二つの日本の、唯一の架け橋なのです」


「架け橋、か……。だが照よ、橋はいつか、重みに耐えきれず折れるかもしれぬぞ」


 容保様は自嘲気味に笑われましたが、その瞳の奥には、決して折れぬという凄絶な覚悟の炎が燃えておりました。たとえ矛盾であろうとも、帝との約束がある限り、 會津は退かぬ。たとえ、この身が時代の摩擦熱で焼き尽くされようとも。


 そんな折、江戸の海軍操練所にいる勝海舟殿より、一通の書状が届きました。

 南山の貿易船に託されたその手紙は、美辞麗句で飾られた公式の報告書とは異なる、あの御仁らしい、べらんめえ調の、しかし真実を射抜く言葉で綴られておりました。


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 拝啓  會津の旦那へ


 京の寒さは骨に響くでしょうが、お体、大事にされてますかい。

 風の噂じゃ、旦那は帝から「ありがたい着物(おべべ)」を貰って、男泣きしたそうじゃねえですか。へっ、羨ましいこってす。だがね、旦那。俺から言わせりゃ、そいつは雅やかな泥濘(タチの悪い首輪)ですよ。情に厚い旦那のことだ。その着物一枚で、地獄の底まで付き合う気になっちまったんでしょう。


 今の京は、火薬庫の上で焚き火をしてるようなもんです。旦那が作った「鐵の規律」は見事ですが、人間ってのは、あまりに綺麗に管理されると、今度はその管理そのものをぶっ壊したくなる生き物です。西の連中は、今は黙っちゃいますが、次に動く時はテロルなんて可愛いもんじゃねえ。(いくさ)を仕掛けてきますぜ。それも、 會津が教えた近代兵器を使ってね。


 旦那。あんたは今、幕府という泥船の帆柱を、たった一人で支えてる。

 立派です。泣けるほど立派ですがね……船が沈む時は、帆柱も一緒だ。


 俺は今、神戸で新しい船を造ってます。大砲を積むためじゃねえ。いざって時に、旦那や、御前様や、 會津の連中を乗せて、嵐の海を渡り切るための「箱舟」です。南の海は広い。帝への義理立てで死ぬのも武士の美学かもしれませんがね、生きてこそ、泥にまみれてこそ作れる世もあるはずです。


 あまり根を詰めなさんな。逃げ道(exit)は、俺が作っておきますから。


 追伸

 御前様へ。旦那の頭は固いから、南山の牛酪(バター)でも食わせて、少し柔らかくしてやってくだせえ。


 勝 義邦 拝


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 私は、その手紙を読み終えた容保様が、久しぶりに声を上げて笑われるのを見ました。


「……食えぬ男だ、勝は。予が、ここから逃げ出すことなどできぬと知っていながら、抜け道を用意するなどと嘯くとは」


「ええ。……ですが殿、頼もしいお味方ではありませんか」


「ああ、違いない」


 容保様は、手紙を丁寧に畳み、宸翰の入った文箱の隣に置かれました。


 帝からの信頼という名の「鎖」


 そして、盟友からの生存への「鍵」


 相反する二つの思いを受け止めながら、夫は窓の外を見据えました。

 東の空が白み始めておりました。


 文久三年が終わり、元治、慶応という激動の時代が、すぐそこまで迫っております。


 私たちは、まだ知りませんでした。

 この先に待つ「禁門の変」や「戊辰の戦役」において、 會津がいかなる運命を辿るのか。そして、勝殿の用意した「箱舟」がまさかあのような形で繋がっていくとは。


 ただ一つ確かなことは、どのような嵐が吹こうとも、私はこの人の傍らに立ち、その手を取り続けるということでございます。


 たとえその行き着く先が、燃え落ちる都の灰の中であろうとも、あるいは、地の果て海の果てであろうとも。


1/5:序章を全面的に書き直しました。

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