第七話 洛陽の黒き手綱 其の二
文久二年 十月
私たち 會津藩の一行は、海路にて大坂へ上陸し、そこから京へと向かう道程にありました。
淀川を遡る蒸気船から降り立ち、陸路、伏見街道を北上するその行軍こそは、古き良き日本の都が、初めて産業革命という名の巨大な怪物と対面した歴史的瞬間でございました。
私が乗車しておりましたのは、若松の官営工場で製造された、四輪の箱馬車でございます。
本来ならば大名家の奥方として塗籠めの駕籠に乗るべきところでしょう。しかし容保様は「 會津の近代化を象徴するためにも、洋式の馬車を用いるべきだ」と仰せになり、私もまた、サスペンションの効いた革張りの座席にて、揺れ動く車窓からこの歴史の転換点を記録することを選びました。
私の膝の上には、南山渡来の醫学書ではなく、今回は最新の『軍事兵站学』の翻訳書と、懐中時計が置かれておりました。一千の兵と巨大な機械を動かすには、精神論ではなく、綿密な計算と時間管理こそが肝要であることを、私もまた理解する必要を感じていたからでございます。
先頭を行くのは、騎馬武者でもなければ、毛槍を振るう奴でもございません。
それは、東国の重工業力が生み出した、三頭の黒い巨神でした。
若松製鉄所と田中製造所が共同開発した、最新型の蒸気牽引車。石炭を食らい、黒煙を吐き出しながら進むその鉄の塊は、南山・入安島のプランテーションから運ばれた極厚のゴムタイヤを装着しておりました。そのタイヤが、京へ続く石畳や砂利道を
グオォォン
という、生物の咆哮にも似た重低音を響かせて踏みしめるたび、大地が小刻みに震え、沿道の柳が怯えたように揺れるのを、私は肌で感じておりました。
それぞれの牽引車が曳いているのは、幌で厳重に覆われた長砲身のアームストロング砲、そして連装ガトリング砲です。それは単なる武器ではなく、西国の浪士たちが信奉する個の武勇を、物理量と回転数で無慈悲に粉砕するための死の機械でございました。
それに続く一千の 會津兵。
彼らの姿もまた、京の人々の目には異界の軍勢と映ったことでしょう。
身に纏うは、南山羊毛を密に織り上げ、化学染料で「勝ち色」よりもさらに深く、夜闇に溶け込むような濃紺 -いわゆる 會津ブラックに染め抜かれた西洋式軍服。足には革のゲートルと、ぬかるみでも滑らぬゴム底の軍靴。腰には 會津武士の魂である日本刀を差しておりますが、その背には最新式のスペンサー七連発銃を担いでおりました。
特筆すべきは、その行軍の静寂でございます。
従来の大名行列のような「下にぃ、下にぃ」という掛け声もなければ、雑談も、足並みの乱れる音もございません。聞こえるのは、蒸気車の排気音と、一千のゴム靴が
ザッ、ザッ、ザッ、
と正確なリズムで大地を叩く音のみ。それは人間というよりは、巨大な工場の歯車が、意思を持って移動しているかのような、無機質な威圧感を放っておりました。
伏見を過ぎ、東福寺を越え、いよいよ京の市街へと足を踏み入れた時、沿道を埋め尽くした民衆の反応は、劇的なものでございました。当初、京雀たちは「東の田舎侍が、どれほどの行列を見せるものか」と、冷やかし半分で見物に集まっておりました。彼らが期待していたのは、きらびやかな陣羽織や古式ゆかしい威儀物であったはずです。しかし、彼らの目の前に現れたのは、煤煙と油の匂いを撒き散らす「文明の暴力」そのものでした。
「な、なんやあれは……」
「火を噴く車や……鬼の車や……」
誰かが悲鳴のような声を上げると、ざわめきは波紋のように広がりましたが、すぐに凍りついたような沈黙へと変わりました。
圧倒的な「未知の力」を前にして、人は声を失うのです。
私は車窓のカーテンの隙間から、その群衆の顔を観察しておりました。そこには恐怖、困惑、そして一部の知識人や商人たちの目には、隠しきれない羨望と計算の色が見て取れました。彼らは悟ったのです。この黒い軍隊こそが、新しい時代の勝者であり、彼らがすがりついてきた古い権威が、いかに脆いものであるかを。
路地の陰や、町家の二階から様子を窺っていた尊王攘夷派の浪士たちの気配も、私には痛いほどに感じられました。彼らは刀を握りしめ、歯噛みしていたことでしょう。彼らが天誅と称して振るう凶刃は、暗闇と恐怖を糧としておりました。しかし、 會津が持ち込んだのは、その暗闇そのものを焼き払うアーク灯の光と、個人の剣技など無意味化する圧倒的な火力投射能力です。
蒸気車の煙突から吐き出される黒煙が、京の空を覆う低雲と混じり合い、都の空気を変えていきました。線香とおしろいの匂いが染みついた古都が鉄錆と石炭の匂いに上書きされていく -それはまさに、
ひとつの時代が終わり、次の時代が暴力的に押し入ってきた瞬間でございました。
「……照よ。見ているか」
ふと、馬車の扉を叩く音がして、騎乗の容保様が窓辺に寄せられました。
フロックコートに軍用マントを羽織り、愛馬・白雪に跨ったあの方のお顔は排気煙で薄く煤けておりましたが、その双眸は冷徹なまでに澄んでおられました。
「はい、殿。……京の民が、震えております」
私は、正直に申し上げました。
「震えさせておけばよい。……予が連れてきたのは、慈悲深い菩薩ではない。乱れた世を力づくで整える、鉄の閻魔だ。……恐怖こそが、今の京に最も必要な『秩序』なのだから」
容保様のそのお言葉には、自らを悪鬼と化してでも帝と民を守ろうとする、悲壮な決意が滲んでおりました。
あの方は、この行軍がただの行進ではなく、西国の野心家たちに対する恫喝であることを、誰よりも理解しておられました。 會津は一発の弾丸も撃つことなく、ただその存在の質量だけで、京の都を制圧したのです。
行列が三条大橋を渡る頃には、日は西に傾きかけておりました。
夕陽が、蒸気車の真鍮部品や、兵士たちの銃剣を赤く染め上げ、まるで鴨川が血の海になったかのような錯覚を覚えました。私は、膝の上の『兵站学』の本を閉じ、祈るように両手を組みました。
この強大な力が、暴発することなく、正しく制御されることを。
そして、この黒い軍隊を率いる私の夫が、その重圧に押し潰されることなく、最後まで「人間」としての心を保ち続けられることを。
金戒光明寺の山門が見えてまいりました。そこは、今日から聖なる寺院ではなく、近代兵器によって要塞化された、 會津の「司令部」となる場所でございます。
蒸気車の汽笛が、
ボーッ
と長く、腹の底に響くような音を立てて鳴らされました。
それは、千年の都の眠りを覚ます、文明の警笛でございました。
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金戒光明寺の山門から見下ろす京の夜は、それまで私が知っていた「雅な闇」とは異なる、青白くそして無機質な輝きを帯び始めておりました。容保様がこの古都にもたらしたのは、単なる兵隊ではなく、都市そのものを巨大な機械仕掛けの監視装置へと作り変える、壮大な都市改造でございました。
本陣に入って間もなく、 會津の工兵隊と、若松から呼び寄せた技術者集団が、京の主要な通りを掘り返し始めました。彼らは”ビーバー”のような勤勉さで、千年の歴史を持つ石畳を剥がし、その地下に二つの管を通していきました。一つは、南山の入安島から運ばれた天然ガスを供給するための鋼鉄製の配管。もう一つは、市中の各所に設置された番所と本陣を瞬時に結ぶ、有線電信の銅線でございます。
古くからの京の住人は、通りに響くツルハシの音と、地面から立ち上る土と鉄の匂いに眉をひそめました。「 會津さんは、都の地脈を断ち切るおつもりか」と。
しかし、その工事が完了し、ガス灯のホヤに初めて火が灯された夜、人々の不満は驚嘆へと変わりました。
シューッ
という微かな噴出音と共に、夜闇が切り裂かれ、辻々が昼間のような明るさに満たされたのです。それは闇に乗じて人を斬り、闇に隠れて逃げることを常としてきた天誅の暗殺者たちから、その隠れ蓑を物理的に剥ぎ取る行為でございました。
さらに、電信網の整備は、京の街を巨大な神経網を持つ生き物へと変えました。悲鳴が上がれば、即座に電鍵が叩かれ、その情報は瞬きする間に金戒光明寺の司令部へと届く。それは人間の早馬などが到底及ばぬ、雷の如き速さでした。この機巧の上を走るのが、容保様が組織された治安維持部隊 -「特別警邏隊」、通称「軍憲」でございます。
彼らは、従来の捕り方や同心とは一線を画しておりました。浪士組のような羽織袴ではなく、プロシア陸軍を範とした、動きやすく強靭な詰襟の短ジャケットと、頭部を守るための革製のヘルメットを着用しておりました。その腰には、日本刀ではなく、近接格闘用の短いサーベルと、南山ゴムを加工した警棒、そして腰のホルスターには回転式拳銃を吊るしておりました。
また、彼らは決して単独では動きません。常に小隊規模で行動し、無駄口を叩かず、機械のような正確さで巡回を行います。その靴音が近づくだけで、夜遊びをする町衆さえもが居住まいを正すほどの、冷徹な威圧感が漂っておりました。
ある月のない夜のことでございます。
三条木屋町の旅籠「池田屋」に、長州や土佐の過激派浪士多数が潜伏し、風の強い日を選んで御所に火を放ち、その混乱に乗じて容保様の暗殺を企てているとの報が、電信によってもたらされました。
容保様は、本陣の作戦室にて、京都市街の地図に駒を置きながら、静かに命じられました。
「袋の鼠だ。……逃がすな。ただし、火を出すな。一気に制圧せよ」
出動したのは、天然理心流の近藤勇殿や土方歳三殿といった剣客たちを隊長に据えつつも、その本質は近代的な戦術部隊へと生まれ変わった軍憲兵二個小隊と、それを支援する重装備の歩兵小隊でございました。もちろん剣客としてお迎えした方々も隊長になられるのは軍警の一般組員と組頭の訓練はこなしていただいた方のみです。
旅籠の周囲は、すでにガス灯の明かりによって封鎖されておりましたが、 會津兵はさらに、荷車に積んだアーク灯の探照灯を展開し、強烈な光の束を旅籠の雨戸へと浴びせかけました。
「な、なんじゃ!?」
「夜明けか!?」
屋内から浪士たちの狼狽する声が漏れ聞こえます。
その瞬間、表と裏の戸が同時に蹴破られました。
「動くな! 會津中将お預かり、軍憲兵である!」
踏み込んだ先頭の兵たちが投げ込んだのは、焙烙玉ではありません。若松の化学工場で試作された、唐辛子成分と化学薬品を調合した催涙煙弾でございました。白煙が充満する狭い土間で、浪士たちは目と喉を焼かれ、咳き込みながらも必死に刀を抜きました。
「おのれ、 會津の犬め! 斬り捨ててくれる!」
彼らは死に物狂いで斬りかかりました。彼らの剣術は一流であり、その気迫は鬼気迫るものがございました。
しかし、狭い屋内において、長尺の日本刀は不利です。対する軍憲兵たちは、左手に持った小さな鉄製の盾で斬撃を受け流し、右手の警棒で的確に相手の手首や膝を打ち砕きました。
さらに、二階から飛び降りて逃げようとした者たちを待ち受けていたのは、通りを封鎖していた支援部隊でした。彼らは抜刀さえしておりません。並んでいたのは、十字に切れ目を入れた弾丸を装填したスペンサー騎兵銃を構えた兵士たちです。
「撃てッ!」
一斉射撃の轟音が、木屋町の夜気を震わせました。殺すための射撃ではありません。足元や退路を狙った威嚇と制圧の弾幕です。アスファルトのない地面が弾丸で跳ね上がり、逃げようとした浪士たちの足をすくいました。
それでもなお、血気盛んな数名が、血刀を下げて特攻を試みました。
「天誅ゥゥッ!」
その絶叫は、二発の乾いた銃声によって断ち切られました。
支援部隊の将校が、冷静に回転式拳銃の引き金を引いたのです。肩と太腿を撃ち抜かれた浪士は、前のめりに倒れ伏しました。
勝負は、瞬く間についてしまいました。
煙が晴れた旅籠の中には、呻き声を上げて転がる浪士たちの姿と、それを冷ややかに見下ろし、手際よく縄を打つ軍憲兵たちの姿がございました。
ある捕縛された浪士が、血を吐きながら、悔しげに叫んだといいます。
「卑怯だぞ! 武士らしく、剣で勝負せぬか! こんな、こんなカラクリ仕掛けで、我らの志が折れると思うてか!」
それを聞いた軍憲兵の隊長-おそらくは土方歳三その人であったでしょう -は、表情一つ変えず、冷徹に言い放ちました。
「剣で語る時代は終わったのだ。……お前たちの志とやらは、この蒸気の時代には遅すぎる」
その夜、金戒光明寺の書院にて、次々と入る捕縛の報告を聞きながら、容保様は一度も笑みを見せられませんでした。
「……終わったか」
あの方は、ただ淡々と、報告書に決裁の印を押されておりました。
まるで、工場の生産管理を行うかのように、感情を排して「治安」という製品を作り出しておられるようでした。しかし、その手元にある茶碗を持つ手が、微かに震えておられるのを、私は見逃しませんでした。
「照。……予は今、彼らの『誇り』を、鉄の靴で踏みにじったのだ」
容保様は、窓の外、不夜城の如く明るくなった京の街を見下ろされました。
「彼らは絶望したであろう。自らの剣が、自らの魂が、もはや何処にも届かぬという事実に。……予は、人を殺すよりも残酷なことをしているのかもしれぬ」
浪士たちの絶望。それは単に戦いに敗れたことへの悔しさではありませんでした。
自分たちが信じてきた個の武勇や精神の力が、 會津が持ち込んだ巨大な産業的暴力機構の前では、路傍の石ころほどの影響力も持たないという、圧倒的な無力感への絶望でございました。
會津の軍憲兵に引き立てられていく彼らの背中は、かつて都を闊歩した志士のそれではなく、歴史の歯車に巻き込まれて砕け散った、過去の遺物のように小さく見えました。
こうして、京の夜から天誅の二文字は消え去りました。
しかし、その代わりに都を覆ったのは、ガス灯の青白い光が作り出す、冷たく、硬質で、息の詰まるような管理された平和でございました。
そして、その巨大な機構の頂点に座る私の夫は、京の人々から「守護職様」という敬称と共に、畏怖を込めて「鋼鉄の閻魔」と呼ばれるようになっていったのです。




