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鉄と蒸気、そして「ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)」で紡がれる国家の履歴書

ぼちぼちと作ってた小説のプロットがやっとできたので少しずつ書き始めました。

誰かが読んでくれて、ちょっとでも面白いなって思ってもらえれば幸いです。


まず最初に南山ってどこ?ってところの説明です。

物語は次のお話からです。

『徳川海洋圏の地政学と「南山」の政治経済史』(2023.民明書房) 著:櫻井重隆 より抜粋


一、 大陸漂移のサイコロ


 我らが南山共和国の歴史を紐解くにあたり、まず最初に感謝、あるいは大いなる困惑を捧げねばならぬ相手は、建国の父祖たる松平容保や勝海舟でもなければ、革命の英雄たちでもない。それは、太古の昔に地質学的な沈黙を破り、壮大な悪戯を働いた「太平洋プレート」そのものである。


 時計の針を、およそ四億五千万年前まで巻き戻そう。


 当時、地球という名の気まぐれな設計者は、いささか祝杯を重ねすぎて酩酊していたのか、あるいはこれから綴る数億年越しの歴史絵巻のために、「ご都合主義」という名の神の筆を振るったのか。


 近年の地質学的調査によれば、本来であれば、南太平洋の辺境、南極からの冷たい風が吹きすさぶ絶海に孤独を囲うはずであった南山諸島に対し、豪州大陸側へ向けて北西に約一千八百キロメートルもの、大胆な「お引っ越し」を命じたのである。


 この地殻変動という名のサイコロ遊びの結果、現在、珊瑚海に浮かぶその主島——北嶺島ほくれいとう南山島なんざんとう——の北端は、本来位置すべき座標からぐっと北の座標に鎮座することとなった。そこに現れたのは、日本の本州・四国・九州・北海道を合わせた面積にも匹敵する、巨大な陸塊であった。


 かくして形成された二十一世紀における共和国の版図は、どこかの世界線のニュージーランドと相似形を成す南北二島を心臓部とし、赤道を越えた入安島(ニューギニア島)、海南島、そしてメラネシアからポリネシア西側に至る島々を従えた、広大な海洋帝国を形成するに至ったのである。


挿絵(By みてみん)


二、 約束されたる「ぱらいそ」


 この地を「約束の地」たらしめているのは、単なる広さではない。海流と気流、そして地質までもが、国家の繁栄を祝福するかのように、そのことわりをねじ曲げた点にある。


 東オーストラリア海流の暖かさと、南極海流の支流が織りなす熱交換の魔法により、主島の大半は温和な西岸海洋性気候に恵まれた。そこは、農業に最適化された巨大な温室である。


 四季は巡るが、厳冬の飢えはなく、灼熱の渇きもない。本来この緯度を襲うはずの台風さえも、複雑な気圧配置の妙によって進路を逸れ、この島々を避けて通る。北端部に至っては、珊瑚礁の海に亜熱帯の風が吹き、南洋の果実がたわわに実る楽園の様相を呈している。


 さらに、プレートの神は「火山の多さ」という険しい地形を遺しつつも、文明を破壊するような破局噴火や致命的な地震活動にはブレーキをかけるという、心憎い配慮を見せた。その代わりに、開拓に疲弊した民の骨休めにと、無数の温泉を大地に穿ったのである。湯治の文化を持つ日本人にとって、これ以上の福音があっただろうか。


 そして何より、地殻の下には、近代国家が喉から手が出るほど欲する「産業の血液」が、あきれるほどの量で眠っていた。


 北嶺島西部の掘りやすい深度に鎮座する、黒ダイヤのごとき良質な無煙炭。赤錆びた鉄鉱石の山脈。


 さらには、現代において列強の生殺与奪を握るレアメタルやウランの鉱床までもが、地表近くで開拓者たちのつるはしを待ちわびていた。入安島に至っては、ゴムの原料となるガタパーチャが無尽蔵に茂り、地底には石油の海が広がっている。


 本来の日本列島が「資源の博物館(種類は多いが量は絶望的に少ない)」と揶揄されるのに対し、この南山は「資源の宝物庫(種類も量も無尽蔵)」であった。


 これはもはや、国家運営というゲームにおける「反則チート」にも等しい。


 だが、不可思議なのは、これほどまでに暮らしやすい「ぱらいそ(楽園)」を、先住民たるマオリやポリネシアの人々が、何故か素通りしていったという事実である。


 彼らのカヌーは、この巨大な島影を見ても、決して上陸しようとはしなかった。彼らの伝承にある「精霊の禁足地」という言葉が何を意味するのか。あるいは、後世に訪れる異邦人のために「空席」を作らんとする歴史的必然であったのか。今となっては、風の音だけが真実を知るのみである。



三、 東国武士たちのエクソダス


 この、神が忘れ置いた「空席の玉座」を最初に見出したのは、豊臣政権期の日本であった。


 南蛮貿易の風に乗り、赤道を越えた豊臣時代の船乗りたちが、暴風雨の果てにこの巨大な陸地へと漂着し、自分ちの土地だと看板を立てたのがすべての始まりである。


 彼らがこの地を「南山なんざん」と名付けると、続く江戸時代初期、表向きは鎖国の微睡まどろみの中にあった日本において、ある奇妙な水面下の動きが始まった。


 徳川幕府は、この地を「棄民」のための巨大なゴミ捨て場、もとい「フロンティア」として利用したのだ。


 キリシタン、あぶれ者の浪人、食い詰め百姓。彼らは「南洋渡航」という名の片道切符を渡され、亜熱帯のジャングルや未開の荒野へと放り出された。


 彼らはまげを切り、刀をくわに持ち替え、ユーカリの森を切り拓き、羊を飼い、そして石造りの町を築いた。江戸の世が二百五十年の泰平を謳歌している間、南半球の彼方では、もう一つの「たくましい日本」が、着実にその根を張り、やがて本国をも凌駕する経済力を蓄えていったのである。


 そして時は流れ、一八六九年。運命の「大脱出グレート・エクソダス」が敢行される。


 嘉永の産業革命を経て、鉄と蒸気で武装した東国・幕府勢力と、農本主義的中央集権を掲げる西国勢力の決裂が決定的となった時である。


 時の将軍・徳川慶喜と、会津藩主・松平容保、そして稀代の策士・勝海舟らは、焦土決戦を避けた。彼らは「国家」とは土地ではなく、システムと民であると断じ、前代未聞の「国家の引っ越し」を決断したのである。

 

 函館での玉砕ではない。江戸、横浜、新潟の港から、四百隻を超える蒸気船団による、組織的かつ大規模な移住であった。


 黒煙を吐く蒸気船や改装千石船の群れは、工場設備、工作機械、そして八十万もの技術者や市民を乗せ、涙と共に故郷を捨てたのではない。彼らは、古き因習と狭苦しい「日本」という殻を捨て、すでに同胞たちが待つ南の約束の地へと舵を切ったのである。


 先に住まう開拓者百五十万と合わせ、二百三十万となった彼らは、一八六九年五月三日、南山の首都・明望めいぼうにおいて、高らかに旧日本国よりの独立を宣言した。侍たちは、帯刀の特権を捨て、代わりに「自由」と「共和制」という新たな刀を手に入れた。


 ここから、オセアニアとニューギニアに跨る、日系移民を中核とした唯一無二の共和制多民族国家が、その産声を上げたのである。



四、 腹黒い優等生の肖像


 二〇二六年、建国から百五十余年。


 かつて荒野だった大地には、摩天楼が林立し、高速鉄道網が血管のように張り巡らされている。


 この国は、日本的な「和」の秩序と繊細さを骨格としながらも、その血肉は複雑怪奇だ。


 十九世紀末のロシアのポグロムから逃れてきたユダヤの民の「商才と知恵」、革命や大戦の混乱期にユーラシアから流れてきたスラブの人々の「不屈の魂」。それらを飲み込み、独自の強靭な合金鋼のような国民性を獲得した。


 街を歩けば、瓦屋根と煉瓦造りが融合した独特の「南山様式」の街並みに、神社と寺院、そしてシナゴーグや教会が共存する。夕餉の食卓には、醤油の香りと共に、ボルシチやベーグル、そして分厚いステーキが並ぶ。


 人々は日本語を話し、箸を使うが、その議論の激しさと合理主義は、かつての江戸っ子たちが腰を抜かすほどに欧米的である。


 国際社会における南山共和国の評価を一言で表すならば、それは「腹黒い優等生」に他ならない。


 国連やオセアニア共同機構(OCO)の場では、誰よりも礼儀正しく、平和を愛し、環境問題を憂う文明国として振る舞う。


 だが、その穏やかな微笑みの裏側には、豊富な地下資源が生む莫大な富と、自前の資源で稼働する強力な軍事力が隠されている。


 彼らは知っているのだ。平和とは、祈るものではなく、力と知恵、そして適切なコスト計算によって維持するものであることを。


 国家の生存と国益のためならば、彼らはいつでも「侍の限界ブシドウ」を突破し、冷徹かつ合理的な決断を下す準備ができている。



五、 長き旅路への招待状


 さて。

 ここまで、神の視点から壮大な歴史の概略を語ってきたわけだが、読者諸賢におかれては、どうか早合点なさらぬようお願いしたい。

 

 この物語は、いきなり二〇二六年の摩天楼や、原子力潜水艦のブリッジから始まるわけではない。


 我々がまず足を踏み入れるのは、まだ「南山」が「日本」とへその緒で繋がっていた時代。


 髷を結った男たちが蒸気機関と格闘し、着物を着た女たちが未知の食材と向き合っていた、あの熱く、泥臭く、そして希望に満ちた「幕末」の黄昏時である。


 これは、特定の英雄だけを讃える英雄譚ではない。


 歴史の表舞台に名を残した指導者(松平容保や勝海舟、徳川慶喜)はもちろんのこと、名もなき料理人、現場で汗を流す技師、市場を駆ける主婦、そして異国の地で愛を育む若者たち……。


 そうした無数の人々が織りなす、巨大なタペストリーのような「群像劇」である。


 南山の歴史は、一日にして成ったものではない。同様に、この物語もまた、現代に至るまでには相応の時間を要することになるだろう。


 蒸気船の黒煙が、いつしかガスタービンの排気へと変わり、伝書鳩が光ファイバーへと変わるまで。その歩みは、いささか牛の歩みのように遅々としたものになるかもしれない。


 しかし、約束しよう。


 その長い旅路の果てには、現代の私たちが忘れかけている「国家を作る熱量」と「生きるための知恵」、そして何よりも「美味しい牛鍋」と「人間臭いドラマ」が待っていることを。


 それでは、シートベルト……いや、時代が違うな。


 しっかりと「ふんどし」を締め直し、あるいは「コルセット」を締め上げ、ご乗船いただきたい。


 目指すは南半球。


 パイナップルの香りと、石炭の煙が混じり合う、懐かしくも新しい「もう一つの日本」へ。


 抜錨。


 これより、長い長い航海が始まる。







2026.1.5 全面改稿

2026.1.17 再改稿

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