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07-1.黒騎士

 ある日、ぽつんと客足も途絶えた昼過ぎに、カランと客の来店を知らせるドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 そう言って振り向くと、それは見知った人の来店だった。


「やあ、誘われたから来てみたよ」


 そう言って、いつか配ったチラシを見せるのは、銀色の髪の右目に眼帯をつけた男性だった。だが、今日は甲冑は身につけていない。黒基調で仕立てられた軍服を身にまとっている。


 だが、その特徴的な眼帯によって、すぐにあのときの黒騎士だとかわかった。


「本当に来てくださったんですね。お仕事お疲れ様でした」


 私はうれしくなって、彼の元に近づく。


「ああ、君のヒールポーションはとても役に立ったよ。おかげでこの通り元気に帰ってこれた。ああ、パンもうまかったよ」


 それを聞いて私はとてもうれしくなってしまう。


「お役に立ててうれしいです! ところで、今日はどうなさいますか?」


 そう聞くと、黒騎士は店内を見回した。


「……食事をしたいんだが……」


「ではこちらへどうぞ!」


 私はイートインフロアに案内する。今日はちょうど誰もいない。席はがら空きだった。


「どこでも空いている席でお食事をなさってください」


「じゃあ、あの窓辺が良いな」


「はい! 今準備しますね」


 黒騎士を、彼が望んだ窓辺の席まで案内する。そして、一度奥に引っ込んでから果実水の入ったグラスを持ってきて彼に提供した。


「……この果実水は?」


「飲み物です。ご来店くださった皆様に無料で提供しています」


 そう答えると、驚いたような顔をする黒騎士。私は前世でお店が来店した客に水を出す感覚で提供しているが、今の世界だと、普通は、水や果実水だけでもオーダーして金を取るもの。だから、彼の反応は当たり前といえた。


 グラスもそうだ。おじいさまの家だから、ガラスのコップなどがゴロゴロあるのだが、普通は高価なので、客にグラスなどでは水を提供しない。陶器のマグなどがせいぜいだろう。


 そんな他店との違いに戸惑いを見せる彼に、先を促すようにメニュー表を開いてみせた。


「メニューはこちらの定番と日替わりから選んでいただけます」


「……ずいぶん変わったメニューなんだな。聞いたこともないものばかりだ」


 黒騎士が驚いたようにつぶやく。


「……どれにすれば良いかわからない」


「だったら豚肩ロースの赤ワイン煮込みでいかがでしょう? 私が丹精込めて作りました。美味しいことは保証しますから」


「じゃあ豚肩ロースの赤ワイン煮込みを頼む」


「承知しました」


 そうして私は調理場に戻った。


 調理場といっても、することはほとんどない。保温保存庫(ワーム・ストレージ)に保存してある既に調理済みの食事を、皿に並べ、あとは添え付けになる野菜やハーブなどを盛り付けるだけだ。あっという間に彼がオーダーした今日の豚肩ロースの赤ワイン煮込みが出来た。


 前菜にホタテと小かぶのグレープルフルーツのマリネ。そしてメインに豚肩ロースの赤ワイン煮込み。それに、柔らかく、温めなおしたパンを添えた。


 それらを順番に持っていって提供する。シルバーのよく磨いたカトラリーと一緒に。


「本日の日替わりです。前菜にホタテと小かぶのグレープルフルーツのマリネ。そしてメインに豚肩ロースの赤ワイン煮込み。温かいパンと一緒にお召し上がりください」


 そう伝えると、黒騎士が驚いた様子で並べた食器と私とを交互に見る。


「こんな短い間に、これを君一人で?」


「魔道具の保温保存庫(ワーム・ストレージ)がありますから。今することはそんなにたくさんはないんです」


「……なるほど。それにしても手際が良い。さて、見たこともない品だが……」


「召し上がってください」


 にっこり笑って伝えると、黒騎士は食事を始める。人の食事をじろじろ見るものでもないから、私は背を向けて調理場に戻る。


 そんな中、「うまい!」と叫ぶ声が聞こえたので、私はにっこりと満足して微笑むのだった。


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