飯を共に
「__到着、全員一度止まれ」
大隊庁舎とはまた違った、赤レンガ造りの建物__駐屯地食堂。
心なしか、兵舎棟よりも入口周辺は整然とされており、また花壇なども設置されていた。
見事なまでに咲き誇る、石灰岩のように白い花が世にも美しい。
食堂の窓でさえ、高山から眺める太陽のように輝いている。
食べ物というものは、人間にとって重要かつ幸福をもたらすものの一つだ。
だからこそ、こういった形で【お返し】がなされているのだろう。
「では、配膳机へ移動の後、定位置に移動するように。」
「あー......えっと、一緒に食べてもいい?」
初めて持つことになった部隊だ、せっかくなら一緒に食べた方が__
「"矯正部隊隊員"と食事、という不名誉を自ら受けるおつもりで?」
ただし、返答は至って冷酷なものである。先ほどまで凍り付いていた伍長の顔が、吹雪が吹き荒れている極地に悪化した。
後ろに控えた隊員達も、表情から推察するに困惑気味だ。
「え......矯正部隊だとしても、君たちと食べることってそれほど悪いことなの...かな?」
あー、もしかしたらあれだ。見た目からして15歳程度だし、大人と食べる事が少し恥ずかしいのかもしれない。
実際にそれを体験したことはないが、昔、家内の先生から教えられたことがある。
どうやら、この時期になると子供たちは大人との食事に恥ずかしさを覚えるという。
それならば、俺が嫌でも座るということは彼らの気分を害しかねない。
仕方がないが、黙って士官用の机に行こうかな......
「いえ、そういうことでは。別にそれを気にしないのであれば、ご自由に近くへお座りください」
「......え?良いの?てっきり、大人と食べる事が恥ずかしいのかと」
「別に、あんたが大人だとはこれっぽっちも思っちゃいねえよ」
ちょうど伍長の真後ろにいた男子が言葉を発した。
身長は俺と同じかギリギリ下回っている程度だが、筋肉はその見た目よりも発達している。
「はぁ!?今侮辱したか!?」
「侮辱じゃねえだろ、だって事実だし」
うわ、こいつ......士官に対して生意気な......
「イヴァーシ・ヴィクラパス、士官に対する敬意不十分の軍規違反」
「......へいへい、ほんっと、伍長様は変わんねえな」
ヴィリに戒められた【イヴァーシ】という少年は、渋々食い下がった。
それが相当面白かったのか、後ろの隊員達は笑いをこらえられていない。
ヴィリ伍長が呆れている中、食堂の中で座っていた1人の他部隊隊員がこちらに向かってきて、声をかけられる。
「ほら軽教!ご飯の時間無くなっちまうぞ、速く速く!」
二文字の略称で呼ばれた俺たちは、その声に従って食堂の入り口に向かう。
待遇は悪いとはいえど、大隊隊員からはそれほど差別対象とは思われていないのかな?いや、たった一人ですべてを判断してはいけないか。
それはそうとして、配膳机にヴィリ伍長を先頭として並び、それぞれ食事を一番目に取った木製のトレーと、銀色の皿にそれぞれ盛り付けていく。
今日はポテトを磨り潰して、それに香辛料として黒コショウや、小さく切られたポークソーセージが混ざっているもの。
西部の麦で作られた平たい形のパンや、バターと蜜が入っている小さい袋。
それと、よくわからない野菜たちがいろいろ詰め込まれているスープなどなど......
金属皿を持った兵士たちは、かなりの量を盛り付けるので、パンはともかくポテトとソーセージ、そしてスープともなれば既にカツカツになりかけている。そんなこともいざ知らずか、前の彼らはバクバク取っていくので、最終的に俺の取り分は、士官学校時代よりも量が少ないものとなってしまった。
まあいいさ、俺の胃は小さいからな。午前の訓練が終わった後の昼食で取り返せばいいだけの話......
いや、こんなん訓練中に倒れるわ。
流石に足りない、というかこれで賄えるわけがない。誰が見たってそうだ。
「おぉ、これが最後尾の末路......」
ちょうど前の方に並んでいたもう一人の少女。
煽る意図はないように思えるが、人によっちゃ大分苛立ちを覚える言葉を吐露している。
「あはは、これじゃ足りないわ......そういえば、君の名前は?」
聞くと彼女は、顔がパッと明るくなった。
「グヴィン!【グヴィン・エスカーシア】」
グヴィンと名乗った彼女は、前に進みながら話に応じてくれた。
灰色の耳と、青い瞳を兼ね備えた獣人だが、やはりと言うか、人間のような容姿である。
略帽をかぶっていれば、人間だとは気づかないのではないだろうか?
彼女の場合尻尾もないし、耳以外で見分けるのはかなり難しい。
ただ__バヨネットのような鋭い瞳は、やはり獣人独自のものと言ってよいだろう。
青く光っているそれは、確かな警戒と探りを見せてきている。
「グヴィンか、よろしくね。」
まあ、信頼と言うものはコツコツと積み上げていくものだ。ここで落ち込んでられるほど、生憎と俺はやわではない。
そう意気込むと、トレーを持ち上げて机の方へ向かった。既に6人は朝食を食べ始めたらしく、うち3人は別の机に座っているものの、概ね談笑しながら食べている。
ただ相変わらずといったところだろうか。彼女を含めて4人のグループにいるヴィリは、一人で黙々とスプーンとフォークを動かしているだけだ。
私が来る前も、普段はこういう感じだったのかな。
想像を膨らませながら、俺はグヴィンと共に席に座った。
座るとすぐにグヴィンはヴィリのトレーを一瞥し、唐突にスプーンを彼女のトレーへ近づけた。
一方ヴィリは、そんなことを全く気にせずただ黙々と食べ進めている。
一体何のつもりだ?あまりにも突拍子のない行動に、やや困惑を覚えた。
「グヴィン。物資の窃盗、軍規違反」
「あっ!いいじゃんちょっとくらい~」
【物資の窃盗】、彼女のものを食べようとしていたのか。
朝一番の悪行にして、兵士の士気を下げかねない重大な規律違反だ。
ただ、当の彼女はそれを戒めるほどの気力はなさそうである。はたまた、諦めているのかもしれない。
「お前またやってんのかよ、隊長が変わっても懲りねえなあ」
「アンタにだけは言われたくないッ!」
対面する形で座っている男子に呆れられているものの、すかさず反論するグヴィン。
まあ、理解はできる。なんたって彼は__
「機関車軍曹の拳銃盗んで、あげくの果てに脱柵しかけた貴方よりマシなんだから!」
「おいおい......基地の天人兼獣の、フェルディ・ウトヴィラスを舐めてもらっちゃ困るぜ?」
「フェルディ、グヴィン。声がうるさい、食事中は静かに」
【フェルディ】、隊員名簿の履歴書の中では一番濃い経歴の持ち主だった。
他の隊員は一ページで完結されているのに対し、フェルディの場合3ページも使ってやっと経歴が完結しているほどに。
「......機関車軍曹?」
「あー......ユグニス軍曹の異名なんです、水冷機関銃二つを煙突に仕立てて基地内を走り回ったことがあったから、機関車軍曹って」
え、何それこっわ。
急に話を振ってきたのは、また反対の席に隣に座っていた少女【フィンゲル・ナハト】。
これまでの隊員とは違って、おしとやかだ。俺は少なくともそう思う。
「俺、あれ生で見たけどやっぱり信じられねえよ」
イヴァーシがそう切り出し、より一層騒がしくなる。
確かに、生で見たとしても信じられないかもしれない。
それどころか腰を抜かして気絶することだって十二分にあり得る。
「あれ本当だったのか?てっきり、軍曹が僕を追っている時に着剣したライフルで追っかけてきたからだと思ってたんだけど」
「そのまま突き刺されてたらよかったのに......」
「おいおい、なんだいその言い口。これでも僕は憲兵に通算10回も追われているんだ、その程度じゃ捕まらないさ」
いや、誇らしげに言われても。
流石、経歴で3ページが埋まる男だ。格が違うな。
隊員達が呆れている中、俺だけが静かに笑っていたのだった。