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朝礼

 「......んぁ?」

 窓から入り込んでくる直射日光が、俺の首元をチクチク刺してきた。

 腰が痛いし、首も凝っている。そして手元には、裏面に返された資料があった。

 どうやら、資料を読み終わった達成感から、机で寝てしまっていたらしい。

 昨日、どれくらいの時間まで読んでいたんだろう。深夜は回っていた気がするが、詳しいことはよくわからない。

 わざわざ思い出す必要もないか。

 椅子を後ろへ押し、膝をピンとして立ち上がる。後ろの窓に目をやると、クレセント錠を下に回し、横にスライドさせた。

 まだ春季というのにもかかわらず、既に初夏に入っているのかと錯覚するほど空気が暖かい。ただ、窓に入る風は、やはりちょうど良く涼しかった。

 ......そういえば、今は何時だろう?この明るさだと、まだ5時40分程度に思えるが_____

 「起床、点呼ォ!!」

 体が不意に跳ねた。窓から唐突に怒声が響いて、それがダイレクトに耳を劈いたからである。

 また、金管楽器のような音が怒声と共に駐屯地全体へ響き渡った。

 時計を見てみると、既に時針は6時を指している。目論見は20分程外れていたし、下士官兵は既に窓から見える兵舎棟に集結しつつある。

 急がないとマズい。初日で最下位になってしまう。

 体力検査バリの走りで、執務室のドアに向かった。ドアノブを回し一気に引くと、大きな音を立てつつ反発でまた戻って来る。

 たまらず隙間を通り、中央階段まで続く廊下を駆けていった。この木目がかっている床がなんとも走りづらいものの、背嚢を背負ったまま走るよりずっとましだ。

 廊下の真ん中で____右のほうに階段が現れるや否や、直ぐに飛び掛かる勢いのまま下っていく。一階のエントランスホールには、尉官級の士官や駐屯地業務隊員が走っている様子を伺えた。

 よかった。まだ大丈夫みたいだ。しかし、俺はまだ階段の半分しか下っていない。

 ただ、彼らに比べてスピードは速いと自負している。

 このまま突っ切れェェェ!



 「______ハァ......ハァ......」

 点呼場所で情けなく息を切らしている。事務隊員も同様に疲れている様子だ、ただ、隣の少尉殿はあれだけ走っていたのに、佇まいは銅像そのもののように微動だにしていない。

 後ろから来る残りの隊員が到着すると、大隊長......【ベルナー】が一歩前に出る。右手はサーベルの柄に、左手はしっかり太ももあたりに置いている。

 「第一擲弾中隊」

 「総員150名、事故なし現在150名健康状態異常なし、終わり!」

 張りきった声が、ベルナーの声に呼応するよう発される。

 よくよく見てみると、あの中隊長の将校服は開襟の折り襟だ。私物で購入したのかな?官給品の正衣は、基本的に立襟だし、なにより胸ポケットが二つに増えていることが何よりの証拠である。

 改めて見渡すと、指揮官クラスはほとんど私物品だ。それに、それぞれが微妙に違うし、オーダーメイド製か?

 目を色々なところへ向けている最中も、点呼は続いていた。

 「第二突撃中隊」

 「総員120名異常なし!」

 「第三突撃中隊」

 「総員120名異常ありません!」

 どの指揮官も往々にして言葉を繰り返すが、声量と、言葉は違えど内容はほとんど同じである。

 確かに、傍から見ると整列及び姿勢は概ね良い。士官学校でも散々、特にこのような点呼時の整列には特段厳しく見られたことがあった。

 それと視線も。目と頭を大隊長たるベルナーに向けている。

 そういえば士官学校の朝礼の時、指揮者の方へ向けていなかったせいで、腕立て伏せ30回やらされた奴もいたっけ。

 「機関銃分隊」

 「総員16名異常なし」

 あの声は__ユグニス軍曹だ。彼は分隊長だったのか、だから同じく先頭に立っていたわけだな。

 しかし、軍曹と尉官は明らかに違う点がある。階級章もそうなのだが、それは服装である。

 あの軍曹の服、開襟の折り襟を採用しているようだが、私物の将校服とは違い軍の支給品として支給される。

 制式3型とも言うらしいが、これは大量生産に特化した製品の為、旧式の制服よりも着心地という点では劣っているらしい。

 その代わり、服自体の軽量化はされているとのことだ。

 そして__その隣。丁度ユグニス軍曹との間に3人入るほどのスペースの先には、まるで作業服のような服と略帽を着ている女性が立っていた。

 女性と言うよりも、まだ少女のような容姿で、金色の髪に赤色の瞳を備えている。よく見れば、その後ろに立っている者たちも全員、同じような服を着装していた。

 あれが、今日から俺が持つ部隊隊員たち......【軽歩兵教育隊】。

 教育隊とは名ばかりの矯正部隊。確かに、矯正部隊らしく待遇が悪いような。

 昨日の装備内訳でも、まともな装備はなかったし.......服装においても同じなのか。

 っていうことは、生活面でも待遇が悪いのか?

 「軽歩兵教育隊」

 「......総員8名、異常なし」

 今まで以上に活気の無かった言葉。響きが口先だけでしか広がっていないような声で、返答している。

 思った通りではあった。それに何か表情もどことなく暗いイメージで、どことなく元気がない。

 ......もし仮に、彼女が少女だとしたら、どんな幼少期を送ってきたのだろうか。

 「よろしい。では諸君、早速だが今日の予定確認だ。」

 それを聞いた指揮官たちや、事務隊員らはメモ帳とペンを手元に置いた。

 紙がめくれる音や、衣服がこすれ合う音が、まるで旋律のように聞こえてくる。

 「本日は8:00より各中隊及び分隊毎の訓練を行い、12:30に休止。その後訓練がある部隊は訓練を再開し、17:00には兵舎棟及び大隊庁舎へ戻り、各種役割を行うこと。その他は特記事項なし、以上」

 ベルナーは180度後ろに回り、尉官や事務隊員の横を通り過ぎていく。その後、他隊員たちも食堂に向かうよう、隊列を維持して走りだした。

 ただ、"彼ら"だけは違った。

 「ヴィリ伍長、俺らは?」

 「......新隊長の命令があるまでここで停止」

 先頭に立っていた少女が言うと、彼らは非常に落胆したように、肩を落とした。

 新隊長、つまり俺のこと。ああ、そうだった。俺も指揮官になるのか。

 走って走って......列の前に立つ。彼らはそれを見ても列を正そうとはせず、ただこちらを見つめている。

 「すまない、遅れてしまったね。自己紹介は後で、まずはご飯食べようか」

 少し柔らかい口調でそう説いてみると、後ろの少年少女..."8人"は、無言のまま何度も頷いた。

 「あー......ごめん。俺、食堂の場所分からないから、先頭頼んでもいい?」

 「了解」

 ヴィリ伍長と呼ばれた少女は、淡々と答えると、片手を出して合図を送り、駆け足で彼らを引き連れていった。

 ただこれ、駆け足どころの速さじゃない。俺は慌てて最後尾に入った。

 これじゃまるで、俺が隊員みたいだな。

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