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獣人貴族

 門を越えた先に、大隊庁舎が聳え立っていて、なんとも士官学校とは別格の雰囲気を醸し出している。

 踏み慣れない地面を、無礼にも踏みつけるように歩を進めているが、石畳は悲鳴を上げるどころか、異邦人を誇らしげに歓迎している。少し不気味だ。

 本能的に顔を上へ向けた。今日の空は一番の快晴で、極限まで磨いた有鉛ガラスのようだ。こんな空が、一生続けばいいのになぁ、と、つくづく思ってはいるが、自然はどうも嫌らしい。

 「......准尉殿、転びますよ」

 言葉が聞こえた瞬間、顔を素早く元の位置へ戻した。俺の半歩先に、石畳の階段が現れて危うく転びかけた。

 緊張とかそういうものではなく、今日はどうも気持ちが浮いている。特に注意して臨まなければ、配属日で人権が失われかねない。

 「あっ___すいません」

 謝りつつも階段を上っていくと、大理石の玄関ポーチ、そして中央には木目調がなんとも整っていて美しい、木製の両扉が立っている。

 「ここが大隊庁舎で、士官の生活及び基地業務はここで行われています。准尉殿の執務室もこちらにありますので、後程ご案内しますね」

 ここが新しい"家"、か。

 西部の田舎にある地主館の遺跡にも見えて、見たこともないのに懐かしい気がした。

 将校鞄をより強く握りしめて動揺を抑えていると、軍曹は扉の前へと歩き出し、まだ少し人の温かみが残っている取っ手を、握りしめている。

 「準備はいいですか?開けますよ」

 「えっ___あ、はい。大丈夫です」

 扉は、不快な音など一切出さずに奥へと滑った。隙間からあふれ出す光がまぶしく、腕を目元において光を遮断すると同時に、視界すらも遮った。

 扉が完全に開ききったのか、ドンと何かにあたったような音が聞こえると慌てて腕を定位置に戻すと、やっと視界が定かになってきた。

 「ご機嫌麗しゅう?"准尉殿"」

 開口一番に発したのは相手方____胸には整列されている徽章、肩には兵科色付きの階級章、それも銀色の矢車菊がただ一つ(少佐)咲いている。頭部からは狼の耳が生えていて、しかも、耳に入ってきたのは"女声"であった。

 視野を全体に広げると、段々浮かび上がってきた。銀色の美しい髪、青色の奥行きがある瞳。銀髪碧眼とはこのことを言うのだろうか。

 よく見れば、後ろにいるのは全員が将兵。下士官用の夏季活動服や正衣が混ざり合って統一感は感じられなかったが、個人個人からはどことなく"軍人"や"貴族"としてのオーラーがこちらに向かって牙を向けているようにも感じられた。

 「こっ、国軍士官学校からやってきました、レヴァンゴール・"ヴィクティ"・フィーヴェラ准尉です!命令により、第20旅団第37大隊への配属となりました!えっと、配属命令書を___」

 「形式的な儀礼はいりません」

 バヨネットのように鋭く、冷たい視線が全身を貫く。

 見た目の若さとは反比例するほどの眼光だった。思わず将校鞄を落とし拾おうとするものの、手は動かない。

 それどころか、操ることができない本能が、動かすことを拒んでいるようだ。

 「歓迎します、フィーヴェラ准尉。どうもあなたは、私と"同じ匂い"がするようです。期待していますよ」

 "同じ匂い"?どういう事だ、どういう意図を持った発言で...

 それだけ終えると、彼女は完璧に180°後ろに回転し、歩を進めた___が、3歩ほど進んだところで。

 「私の名前は、【ベルナー・"エーンターヴラス"】。大隊長を務めております。以後、お見知りおきを」

 今度は言い終わった後に、歩を止めることはなくどこかの部屋へ入っていったようだ。

 緊張が解けると、ハッとなり将校鞄を持ち上げた。この鞄、祖父が大枚叩いて送ってくれた物なのに...

 「大丈夫ですか?准尉殿。少々、緊張が見られましたが」

 「ああいえ!大丈夫です!あ、そういえば軍曹、私の部屋は___」

 ...ん?ベルナー・"エーンターヴラス"...エーンターヴラス?

 「ユグニス軍曹、あなたって...」

 「ああ____お気づきになられましたか?」

 ため息を吐くとユグニス軍曹はお手上げといったように、被っていた略帽を手に取る。

 「"エーンターヴラス家"。といっても、実態は東部にいくつもある獣人貴族の家系です。私はもう34歳で、後継者第9位、そんなものですけど」

 この見た目で34歳...?若作りにしては自然が過ぎる、それどころか青年にすら見えたほどだ。

 「彼女は妹です、階級は先を越されたのですがね。確か...今は19歳?」

 「19歳で少佐!?」

 前代未聞だ。これまでの歴史書の中で、19歳の少佐などという言葉が載っていただろうか。生憎とそれほどの歴史書を集中して読んだことはなかったので、わからない。

 しかし彼は、困惑気味に返した。

 「......別に、おかしなことではないような気がしますが。青年将校も、当の家系はこれまでに出していますし」

 いや、それにしたって佐官はおかしいだろう。しかも齢19、俺でも20歳なのだから、驚きだ。

 西部の常識...いや、士官学校の常識は、軍隊の中では非常識になり得るのか。教育の欠如が垣間見えた気がしたが、気にしないことにしよう。

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