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青年、旅立つ先は軍人

 ユグニス軍曹に連れられ、市街を回っている。タヴィルノ・ヴェレヴァーズの中央市街は、庶民的娯楽よりも高級娯楽、ひいては文化的な催しを中心に取り扱っているらしい。異国料理の匂いが漂っている駅とは全く違い、そのたぐいのものはなかった。

 それどころか、石畳の道を闊歩している者のほとんどは、フロッグやオークトチュール(高級仕立服)を着込んでいる人間や獣人ばかり。そして道路の上では馬車ではなく、"液化燃料発動式の自動車"と呼ばれる機械が。多くの人々を揺らしながら、鈍い音を立てて走っている。

 西部の街でも未だに馬車が走っていると言うのに。この街は"贅沢な暮らし"という言葉が一番似合うようだ。


 なぜ俺が市街地を回る余裕が生まれたかといえば......第37大隊の駐屯地はつい2週間ほど前に市街へ移転したらしく、その場所が中央市街に近かったからだ。

 近郊に駐屯地を置いていた方が、いろいろと便利であると思っていたが____どうやら、私が赴任する先はただの軍部隊ではないらしかった。

 「准尉殿。この街には何度か訪れたことが?」

 ユグニス軍曹が重い口を割って、こちらに話題を振ってきた。堅苦しい印象で話すのを避けていたのだが、彼自身そういうことが好みではないらしい。ただの時間稼ぎという可能性もあるが。

 「いえ、私は生まれてからずっと西部でした。獣人も、この街(東部)で初めて見ましたし...」

 「西部には獣人が少ないですからね。でも最近では西部に移住する獣人も多いと聞きました」

 多いと言っても、統計上の数字がちょこっと増えただけで、実際に目にすることは多くはないだろう。

 まあ、西部でも煙突の数が増えつつあるとも聞くし、もう少しでそこら中で獣人を見かけるぐらいにはなるのかな。

 この街と同じ水準になることは、これから先も一生ないだろうが。

 ......いかんいかん、関係ないことに脳みそのリソースを使ってはダメだ。今は自分の状況にフォーカスを当てなければ。

 硬質の革で作られた将校鞄を、不用心にも歩きながら探った。士官学校の卒業証書と、配属命令書。その他私物などなどは残っている。この点で問題はないが......

 「......そういえばユグニス軍曹は、折り襟の軍服を?」

 「?.......ええ、夏季用の制服ですので」

 鞄の中を探っていた視線を、ユグニス軍曹の方へ再度向けなおす。

 軍曹の服、というか"襟"。開襟の折り襟だ。俺が着装している将校用正装(正衣)は当然のことながら立ち襟である。

 とにかくこの立て襟が首にとっては負荷でしかなかった。士官学校では開襟の制服を着装していたので、とにかくこの立ち襟は自分にとって慣れないものである。

 しかも、開襟の折り襟を採用している将校用の活動服は通常支給されておらず、私物として購入しなければならないらしい。残念ながらルーキー中のルーキーである俺だ、財布の中は常に空っぽである。

 しばらくはこれで我慢するしかないか......そう思っていながら視線を街中に戻すと、一つの建造物が目に入った。

 威厳を表す正門。二名の衛兵らしい者達が、不動の姿勢で立っている。

 表札には「第20旅団第37擲弾兵大隊(グレナディア)」と、ただその一つだけが刻まれている。"擲弾兵大隊"なんて大層な言葉が、その正門以上に強力な威厳さを出し続けているようだった。

 「准尉殿、ここが我々の駐屯地で、貴方の新しい職場です」

 「......なんか、こう。言葉に困るのですが、厳かな雰囲気がありますね」

 ユグニス軍曹はその言葉に一瞬戸惑うも、1秒も経てば笑いに変化した。

 どうにも俺の回答は予想されてなかったものらしい。数歩離れている衛兵も、軍曹が吹きだしたことに相当驚いたらしく、目を大きく開けているようだ。

 「ええ、厳かな雰囲気ですか。まあ、確かにそうかもしれませんね」

 ユグニス軍曹はひとしきり笑った後、落ち着いてから正門に向かい歩き出した。軍曹の笑い声に、道行く市民たちの視線を集めたが、当の本人はそれを気にしていないらしい。

 「レヴァンゴール・"ヴィクティ"・フィーヴェラ准尉殿の案内だ。通るよ」

 「はっ、了解しました」

 隣の衛兵よりも階級が高い人間の兵士が威勢よく返事をすると、もう一人と共に正門を横にスライドさせる。金属と金属同士がこすれ合う音が重低音の弦を弾いているようで、さらには引くときに生み出される風ですら、舞台装置の一つのように感じた。

 重く、低く唸るような音がしてからやっと、衛兵たちはこちらに視線を戻す。"さあ、行け"とでもいうような視線に、ユグニス軍曹は再び歩を進める。

 つられて俺も足を動かし始めた。この時に____俺は軍人になったと、自覚することができたのである。

 縫い付けられた階級章が、心の中では重くのしかかっていた。

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