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密かな決意と意外な一面

「お前はもう、手の届かないところに行っちまったんだな……」


「ずっと隣にいた奴が何かしらで才能開花させたときの友人ポジの台詞?」




 天を仰ぐ窪に思わずツッコミを入れる。


 昼休みに斎藤さんに引きずられていく俺とすれ違った窪は、五限になる前に「あとで詳しく」と鬼気迫る勢いで囁き席へ戻っていった。


 五限後の休み時間である今、窪に昼休みの出来事を説明したところだ。周囲の目と耳を考慮して、なるべく声を抑えて。




「連絡先交換は俺もびっくりしたけど……。本当に、うちの飼い猫の写真とか動画を見たいだけらしい」


「猫見たさに連絡先交換て。マイペースが(きわめ)に振り切ってるだけあるわ」


「はは……」




 一周回って感心したような窪。俺は左隣の空席にちらりと目を向けた。


 斎藤さんがいないときでよかった。




「せいぜい齋藤のファンに刺されないようにな。……あと、お前の幼なじみにも」




 窪が声のトーンを落としながら教室の一点を見やる。


 眼鏡の奥の目が鋭く刺したのは、グループメンバーのひとり・東浩平(あずまこうへい)と笑い合っている大毅だった。




 大毅は齋藤さんとお近づきになるどころか、面と向かって拒否された。


 それに対し、幼なじみの俺は突然齋藤さんに話しかけられ、誰もされたことのない朝の挨拶まで受けた。連絡先を交換したことを知られたら……なんて考えるだけでも気が滅入る。


 あいつのことだ。知るや否や、齋藤さんのラインアカウントを無理矢理繋げようと迫ってくるはず。




 一度失敗に終わった学年一の美少女との交流。そのチャンスが目の前にあったなら、大毅が逃すはずがない。


 そういったところも含めて、窪には俺と幼なじみたちのことをある程度話しているから、注意を促してくれたのだろう。




「……肝に銘じとく」




 窪と顔を見合わせ、頷き合う。


 ……もし大毅にバレた場合。俺が話さなかったとしても、窪なら何か知っていると踏んで追及してくることも考えられる。


 そこそこ親しいクラスメイトという関係でしかない俺のせいで、窪に迷惑がかからないようにしないと。


 密かに決意を固めたところでチャイムが鳴った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「またね、吉崎」




 通学リュックを背負った齋藤さんが、小さな手をこちらに振って教室を出ていく。


 直後、クラスメイトたちの好奇の目に一斉射撃された。




「またあいつだけ挨拶されてる……」


「特別扱いってやつ?」


「でも、あの齋藤さんだしね」




 通学鞄に荷物を詰め、逃げるように教室を出る。




「しばらく大変だな、お前」




 先に廊下にいた窪が苦笑した。


 俺も小さく笑って、窪と共に歩き出す。


 玄関を出てから、昨日は『俺つよ』の最新刊を買えたのか聞いていないことを思い出した。


 そういえば昨日はどうだったのかと聞けば、窪はしおしおと首を前に倒した。




「思い出させるなよ……。お前と齋藤のことが衝撃すぎて、すっかり忘れてたのに」


「なんかごめん……」




 意図せず悪いことをしてしまった。


 それでも窪の切り替えは早く、今日は『俺つよ』のアニメを一話から観直して次回に備えるのだとウキウキになっていた。




「次に来るの第五話なんだけど、めっちゃ熱い回でさ〜。原作だと第二巻の九話あたりで……」




 アニメが待ちきれないといった様子で、窪が注目ポイントを語る。


 それを聞いているだけでも楽しく、気づけば別れ道に着いてしまっていた。




「また明日……じゃない。来週なー」


「うん、また」




 窪と手を振り合い、それぞれの帰路に着く。


 次に窪と会うのは土日を挟んだあと。


 貸してもらった『俺つよ』、休日中に読み進めよう。また感想を窪と語り合えるように。


 心なしか足取りが軽くなったように感じる。




 ピロンッ。




 ズボンの左ポケットから鳴ったのは、メッセージの通知音。


 取り出したスマホのロック画面に表示された、送り主の名前は「いの」だった。


 ラインアカウントでの齋藤さんの名前。




〈全部見た〉




〈他のも見せて〉




「え、早くない……?」




 連絡先を交換してすぐ「さっそく頼む」と言われて、マルの写真や動画を送った。


 写真は六枚、動画は四つほどにした。一気に送りすぎてもいけないと思ったのだが、齋藤さんには余計な気遣いだったらしい。




〈わかった。ちょっと待ってもらってもいい?〉




 文を打ち込んで送信する。


 すぐに既読がつき、スタンプが送られてきた。


 のほほんとした表情の白猫が、勢いよくグッと親指を立てているスタンプ。


 思わず「ん、ブフッ」と堪えきれず吹き出してしまう。




 何に対してもどうでもいい、みたいな顔をしている齋藤さんが、可愛いのにユーモアのあるスタンプを使っている。そしてやっぱり猫。




 思わぬところからのギャップにやられながらも、感謝を伝えるスタンプを送る。灰色のまるっとした猫が、両手を合わせて顔を輝かせているスタンプだ。


 すると今度はメッセージが送られてきた。




〈マルと似てるね。可愛い〉




 このスタンプは、マルに似ているから購入したものだった。


 まさか気づいてもらえるなんて思わず、手が震えてしまう。


 にやけが止まらない口元を手で覆いながら家路を急ぐ。




 なるべく早くマルの写真と動画を送ろう。


 俺がとびっきり可愛いと思うマルのいろんな姿を、齋藤さんに見てほしい。



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