幼なじみとグループ
一限が終わり、次の授業の準備をしているときにその人物はやってきた。
「よっ、行人」
誰からも好印象を持たれる、軽く明るい声。
内心げんなりしながら見上げれば、そこには嫌というほど見知った顔があった。
「なんか久々だな。こうして話すの」
「……そうだな」
「お前、急にライングループ抜けたもんなー。なんでか個チャもブロックしてるし」
少し声を張る大毅。近くにいたクラスメイトがこちらを振り返った。
……今まで気にも留めなかったくせに、こういうところでは利用する。
一応グループラインと幼なじみ二人の個チャには「ごめん、俺抜ける」と断りは入れた。当然のように省かれたが。
「あ、別に責めてねーよ?ただ……気付かないうちに嫌な思いさせてたら、悪かったなって」
はは、と人差し指で頬を掻きながら眉を落とす大毅。
声のトーンを落とし悲しげな顔をする人間、それがクラスの中心人物であれば注目度は高まっていく。
こちらを見ながらひそひそと話し出す女子もいた。
「でも、いきなり退会&ブロックするユキも悪いと思うな〜」
大毅に寄り添うようにして華やかな女子が現れる。芹夏だ。
わざわざ加わってきたのは大毅に媚びるため。あとは面白いからという理由だろう。
昔から大毅のことが大好きな芹夏は、こいつのやることにいつも乗っかる。俺をからかうときは誰よりもノリノリだ。
毎度恋愛相談を俺にしていたくせに、なんて言い返す気も起きない。
「幼なじみに断りもなく勝手に抜けてさあ。他のメンバーにも悪いとか思わないの〜?」
「そんな責めるように言うのよくねーよ、芹夏」
「だってユキ、今まで普通だったじゃん。それをあんな形にしてさ、他のメンバーも戸惑ってたよ」
ねえ?
芹夏が後ろに目を向ければ、そこにいたグループメンバーがうなずく。
「さすがにあれはねーよ、吉崎」
「嫌だったら言ってくれればよかったじゃん」
「大友と芹夏に一回謝ったら〜?」
口々に言うメンバーの目は笑っていた。
彼らも芹夏と同じで、俺を馬鹿にするのを楽しみとしている。
俺の幼なじみでありクラスの人気者二人が俺を下に見ているなら、彼らと仲の良い自分たちも同じ扱いをしていい。
そんな歪んだ結び付けの輪に、気づけば取り囲まれていた。
離れた今も、こうして俺を締めつけている。
––––キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り、クラスメイトたちがそれぞれの席に着いていく。
教室の外から戻ってくる生徒の中には窪と斎藤さんもいた。
「なんかごめんな、行人」
申し訳なさそうに笑って大毅が去っていく。その後ろについていくようにして芹夏も離れていった。
その途端、糸の切れた人形のように肩がガクンと下がる。
無意識に気を張っていたらしい。
……俺がグループから離れても何も言わなかったくせに。俺なんていなくても平気だと言わんばかりに、いつも通りだったくせに。
何なんだ。
両手を組み合わせて握り込み、小さく息をつくだけにとどめる。
二限の社会の担当教員が教室に入ってきたのをスイッチに、意識を授業に集中させた。
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あの休憩時間以降、大毅たちが俺に話しかけてくることはなかった。
けれど頭の中には言い知れぬ不安が残り、体育があるわけでもないのに疲れてしまう。
あんなあからさまな悪者扱いなんてこれまでなかった。
何か隠れていそうなことに対する怖さが、じわじわと俺を侵食していく。
「……猫……」
昼休み、弁当を食べ終わった俺は無意識に呟いた。
今日は窪が別の友人との約束があるので、数日ぶりに一人だ。
ぼっち飯には慣れているから寂しいと感じることはない。
ただ、今はものすごく逃げたい。そして癒しが欲しい。
俺はワイヤレスイヤホンを取り出し、それを耳に着けスマホを操作した。開いたのはフォトではなくYouTubeだ。
登録チャンネルの中から黒ブチの猫がアイコンのものを選び、動画をタップする。
耳に流れ出こんできたのはBGMではなく、ありふれている生活音。
足や腕だけが映る動画主のあとを、チャンネルアイコンになっている猫が短い足でトテトテとついていく。
動画再生から15秒で、ふわふわの布団に包まっているような心地になった。
ああ……癒される……。
数ある猫のチャンネルの中で特に俺が推すのが、この『ぶちおの生活』。
テロップ少なめでBGMもない編集は余計な情報が入らず、ぶちおくんのありのままの過ごし方に集中できる。
うちのマル以上に大きい身体は力士のような貫禄を感じさせるのに、威厳など何もないだらけた姿やぽよぽよのお腹とお尻を揺らして歩いているのがまた魅力的だ。
チャンネル開設して2年なのに、登録者数10万人いってるのも納得だよな……。
「可愛い……」
ぶちおくんが仰向けに寝そべったところで、つい口から漏れてしまう。
周囲に気づかれない程度の声量だったはず。だから大丈夫、たぶん。
普段より注意が疎かになってしまうくらい、一刻も早くこの不安を上書きしたかった。
「あ、可愛い」
すぐ近くでした声に肩が跳ね上がる。
動画にBGMが入っていないから、イヤホンをしていてもわりと聞こえる。
ギギギ、と鎧の首を回すように声の主へと目を向けた。
昨日の放課後と同様、俺の顔のすぐ横に斎藤さんの顔があった。
「さっ……いとう、さん?」
声を上擦らせながらイヤホンを外す。
斎藤さんが「ん?」とこちらを見た。
いやいやいや「ん?」じゃない。
「珍しいね。昼休みに教室いるの」
「そう?……まあそっか。いつもうるさいのから逃げてるし」
「逃げてたんだ……」
そのうるさい原因がいる場所でもはっきり言うの、すごいな。
「今日はなんでここに?」
「用事あったから」
そう答えた斎藤さんがじっと俺を見る。
気だるげな丸い瞳に、俺の硬い表情が映った。
……え、何。
あと周囲からの視線にめちゃくちゃ刺されてるんだけど。
「……鈍いな」
ボソッと呟いた斎藤さんがようやく顔を離してくれる。
無言で見つめられた挙句鈍いとは。
「まあいいや。ちょっと来て」
「え」
小さい手が俺の左腕を掴み、グイグイと引っ張っていく。
教室の外に出てもなお斎藤さんは手を離さない。
廊下側の窓から出たクラスメイトの顔がどんどん小さくなっていく。
隣のクラスから出てきた窪ともすれ違ったが、顎が外れるのではないかというほど口を開けていた。
いや、あの、本当に何––––––––⁈