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激震

「いってきまーす」


「いってらっしゃい」




 俺は母さんに挨拶し、マルをひと撫でして家を出た。


 いつもと変わらない朝だ。




「吉崎、おいっす」


「おはよ、窪」




 登校してきた俺に窪が声をかけてくる。


 これもいつも通りだ。芸術的な窪の寝ぐせも。




「で。……貸した『俺つよ』、読んでくれたか?」




 通学鞄を机に置くのと同時に、窪が期待の眼差しをこちらに向けてくる。


 今から言うことに対しての窪の反応を考えるだけで、とても申し訳ない気持ちになった。




「……実は、まだそんなに読み進められてなくてさ。前から俺、読むの遅くて。その、ごめん」




 気まずさから自然と目線が下がる。


 昨日の出来事の衝撃が強すぎて集中が途切れてしまったのも理由のひとつだ。


 しかし、大きな要因はやはり俺の読むスピードにあった。


 なんとかプロローグと1話は読み切ることができたものの、まだまだページは厚い。


 


 以前、大毅から漫画を借りたときのことが脳裏によぎる。


 今の窪同様に、貸してもらった翌日に読み終わったか聞かれて、まだ途中だと答えたら「貸さなきゃよかった」とひったくるようにして漫画を取り上げられたんだっけ。




「いや、全然大丈夫よ?返すのなんていつでもいいし」


「えっ」




 驚いて窪を見つめる。


 彼の顔に負の感情は少しも浮かんでおらず、むしろ心底不思議そうだった。




「え、もしかして怒ると思った?」


「まあ……」


「お前の中の俺はどんだけ心狭いんだよ」




 苦笑をこぼしながら窪が言った。




「吉崎に借りパクなんてする勇気ないだろ。どんだけ時間かかっても気にしないって」




 からかうような口調であるものの、俺を信用してくれているのが伝わってくる。


 窪は大毅や芹夏のような、うるさい部類の陽キャが嫌いだ。


 二人の幼なじみであり、彼らのグループにいた俺のことも同じように……と思っていたのに。




「……ありがとう、窪」




 込み上げるままに気持ちを伝える。


 窪はちょっと目を見開いてから、眼鏡のブリッジを押し上げた。




「お前、そのまま伝えすぎ。なんか無性に恥ずいわ」


「なぜ……?」


「あ、そうだ。『俺つよ』の感想、読んだとこまででいいからくれよ」


「プロローグと1話だけでも?」


「十分。始まりでどんな印象抱いたか気になる」




 ワクワクした窪の様子を表すように後頭部の寝ぐせが揺れる。


 触角みたいなそれにクスリと笑って、『俺つよ』の途中までの感想を語り始めた。


 俺の拙い感想にも窪は「あーそこね」「わかりみ深いわ〜」と頷いてくれる。


 それが普通の友達みたいで、すごく嬉しかった。




「それで、1話終盤の––––」




 ポン。




 左腕に何かが当たる感触。軽く叩かれた感じだった。


 顔を向けた先にいたのは、教室にいる誰よりも小さい少女。




「おはよ、吉崎」




 齋藤衣乃が片手をあげた。


 はっきりと俺を呼びながら。




 俺は一瞬硬直するも、すぐに口を動かす。




「……おっ、おはよう、ございます」


「うん」




 コク、と頷いて齋藤さんは背負っていた通学リュックを下ろす。


 チョコレート色のリュックに付いていた黒猫のストラップが揺れた。




「え。今、齋藤さんが挨拶した?」


「登校してから声かけんの、初めて見たわ」


「しかも男子に……?」


「齋藤さんに挨拶してもらうとかうらやま……」




 周囲のざわめきが耳に届き、ハッとして辺りを見る。


 クラスメイトたちほぼ全員の視線がこちらに集中していた。一番近くにいた窪は口をあんぐり開けて、俺と齋藤さんを交互に見ている。


 注目される経験などなかった俺に耐性などなく、ただただ目を右往左往させる。


 その際に俺の目がそれを捉えた。




 昼休み同様に斜め左の位置に固まっている集団。


 彼らも俺のほうを見ていたが、その中でもとてつもないオーラを放っていたのが––––大毅だった。


 普段の気さくなイケメンスマイルはどこへやら、視線だけは静かな怒りを湛えている。横の芹夏はふーん、と興味薄そうにしているのと比べて、大毅はまるで阿修羅だ。




 長年の幼なじみとしての勘が告げている。あとで絶対に面倒なことになると。


 横目で齋藤さんを見やると、すでに机に突っ伏していた。




「おい吉崎!おまっ、斎藤といつ関係持ったんだよ⁈」




 声を潜めながら尋ねてくる窪。


 その問いに答える余裕もなく、俺はただ虚空を見つめた。

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