自覚
【大毅side】
許せなかった。
こんなにも惨めな思いをして、学校に通い続けなければいけないなんて耐えられない。オレらしくもない生き方だ。
苛立ちや焦り、自分の行く末への不安は杭を打たれているような痛みに変わって頭にダメージを与え、帰宅してからもそれは続いた。
早く大本を対処し、治さなければ。
芹夏の忠告なんざ知ったことか。
幸いなことに、行人のほうではオレのラインアカウントはブロック解除したままだったので、最初に送ったメッセージは既読がついた。しかし、それ以降は全く既読がつかず、またブロックされたのだとすぐにわかった。
こうなったら直接言う他ないと、帰る際はオレの家の前を必ず通る行人を待つことにした。着替えもせず制服のまま待つこと一時間以上、ようやくあの気弱な顔がやってきた。
行人に少しばかり脅しをかけ、今後大人しくさせようという腹積もりだった。
ここ最近のあいつはオレに反抗する意志を持ち始めているし、振る舞いもまるで自分が上である者のそれになりつつある。一度それをへし折ってやらなければ。
根はそう簡単に変わらない、強くものを言えばたちまち引っ込むに決まっている。
そうすればあいつは、再びオレの言葉しか耳に入らない哀れで情けない人間に逆戻り。オレというできた人間の隣で比較され続け、オレはまた周りからの羨望や称賛を集めることができる。
––––そう。全てどうにかなるはずだった。
「ま、待て、待てよ行人。なあ、おい……!」
行人の背中が遠ざかっていく。
足は接着剤でくっつけられたように動かず、なんとか伸ばした腕は空を切る。
あっという間に行人の身体は暗闇に溶けていった。
虚空へ伸びていた腕がだらりと垂れ下がる。
ちがう、ちがうちがう。こうなるはずじゃ、こんなことになるはずじゃなかった。
行人と一対一で話すうち、こいつに対して抱いてきた感情の全てが爆発した。
気に食わなかった。カラオケで褒める声があったと聞いてもきょとんとする顔が。生意気にもオレに言い返す真っ直ぐな姿勢が。
何よりもオレが言うことに淡々と、何の感情も湧かないといったように返すあいつの声と目が、昨日と今日で浴びたどれよりも冷たいことがたまらなく嫌だった。
––––もっと早く、こうしていればよかった。
ナイフで心臓を深く突かれたような感覚が抜けない。
あまりの激痛にまともに声を発することができず、その場にどさりと膝を着く。胸の痛みのほうが強く、膝には硬い衝撃を感じる程度だった。
こちらがどれだけ周りの反応やカーストを気にしても、あいつはそうじゃない。
自分をどれだけ良く見せようと必死に考えて振る舞おうとも、行人にはそんな考えも計算もなくありのままを受け入れられてしまう。意識するのはいつもオレだけ。
とうとう行人は振り向くことなく去っていった。
「……なんで」
掠れてハリのない声が暗く冷たい地面に落ちる。
幼なじみ兼友達として長いことそばにいて、あいつはオレのように劣等感を抱かない。なぜ周りは最終的に行人のほうへ行ってしまう。
なんで行人は、いつもオレを置いていくんだ。
「––––あ」
片手で口元を覆うと、震える指先が肌に食い込む。
……気づいてしまった。いや、薄々感じていながらその正体に辿り着けなかった。
中学のときから、それよりもっと前かもしれない。
オレはずっと––––行人に置いていかれることが怖かった。
隣にいたはずなのに気づけば距離を離される。その繰り返しが恐ろしかった。
いつか行人が他の誰かと親しくなって、幼なじみという何物にも代え難い関係性を超えてしまうのではないかということにも内心ビクビクしていた。
しかしその一方で、行人へのどす黒い感情は止まるところを知らなかった。顔や頭脳、運動神経など様々な面において優っているはずのオレが、顔立ちもパッとせず何か秀でた能力あるわけでもない人間に劣るはずがないのに、と。
––––そんなに俺のことが嫌いなら、そう言ってくれればよかっただろ。
行人の言葉が再び脳内再生される。
オレは行人が憎かった。
腹立たしくて憎らしくてたまらなくて、けれど面と向かって「嫌い」とはついぞ言ったことがなかった。
己の立場を確かなものにし、優越感を得るために利用してきたつもりだった。
行人を不出来な人間としてそばに置いておけば、オレの存在が光るから。
自分の価値もわからないくらい自信を失くさせ、友達も作れない駄目な奴だと思い込ませられれば、オレから離れることはないと確信していた。
行人という人間をよく知っているのは幼なじみだから。
今思えば、このやり方を取ったのは行人がオレから離れないことが重要であるからだった。
誰に対しても顔を作り反応を窺い、芹夏にすら良い部分のみを強調するようになったオレに、心から友達だと認められる相手はほとんどいない。
男同士で小さい頃から知りすぎているほど知り合っている行人には、唯一自然体でいられた。
親友と呼んでも差し支えなかった相手は、オレに背を向けて行ってしまった。
「…………あ」
ゆらりと身体を起こし、何度かふらつきながら家の中に戻る。
母親は買い物に出掛け父親はまだ仕事中で誰もいない室内。普段と何ら変わりない空間に、ぞっとするほどの静けさを覚えながら自室に向かう。
制服がシワになることも構わず布団に潜ると、吹雪の中にでも放り出されたような凄まじい寒気に襲われた。
布団の中で蹲り、ぶるぶると震える身体を抱きしめる。
完全にひとりになってしまったという孤独感が心臓を締めあげ、呼吸すらままならない。
頭に杭を打ち込まれるような頭痛も再来し、髪を毟り取る勢いで鷲掴む。
これまでしてきたことが鮮明に脳内を駆け巡っていく。
己の行いを振り返ろうなんてこれっぽっちも考えず過ごせていたのが異常なほど、恐怖がオレを支配していた。
「はっ……は……っ」
かっ開いた瞳の端に溜まった雫が頬を濡らし、包まっている布団やシーツに落ちていく。
––––ユキを傷つける権利も、一から仲良くなる資格も、私たちにはないんだから。
唐突に蘇ってきた芹夏の言葉に息が止まる。
オレはそこでようやく思い知らされた。
何もかもが手遅れなのだと。
「……あ、ああ。うぁ、あああああ……‼︎」
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(カクヨムと同じものを載せています)
作者の惰落くらうどです。
いつも感想や応援、ありがとうございます。
こういったラノベ系の物語を書いたことはほとんどなかったので、ここまで続けられたことに驚いています。
途中、なかなか思うように進まず思い切って変更したところもありましたが、着いて来てくださった皆さんには本当に感謝しかありません。
『俺を見下す幼なじみカップルから離れたら、小動物系美少女との交流が始まった。』ですが、残すところあと2話となりました。
最後まで行人や衣乃たちのお話を見届けていただけると幸いです。




