声なき宣告
【大毅side】
「次、私歌いまーっす!」
「フゥ〜!」
「いいぞー‼︎」
マイクを持ち立ち上がった女子の周りで、タンバリンやマラカスを鳴らす音や場を盛り上げる声が飛び交う。
もともと行くメンツは決まっていたが、体育祭の熱が冷めきっていないからか「大人数のほうが盛り上がる」という意見が多く出た。そのためオレが率先してクラスメイトや他クラスに声をかけに行き、その結果参加者は十人以上になったのだ。
「今日は呼んでくれてサンキューな、大友!」
「大友くんとずっと喋ってみたかったんだ〜。誘ってもらえて超嬉しい!」
「大毅めっちゃ歌うめー⁈」
オレに寄せられた言葉を思い返しながら、ドリンクバーのメロンソーダのボタンを押す。注ぎ終わったグラスを横に置きもうひとつのグラスを注ぎ口の下に置いた。これはさりげなく一緒に注いでくると言って持ってきた唯花の分だ。
気遣いのできる彼氏で親しみやすい雰囲気のある人気者。体育祭でも赤組の勝利に貢献したと言い切れるほどの活躍を見せた。
こんなに出来た人間、そういないだろう。
二人分のグラスを持って戻ると、今度は東と他クラスの男子が肩を組みノリノリで歌っていた。音程は合っているところを探すのが困難で、聞くに堪えない。
ヘボ歌唱でも他の奴らは曲に合わせて身体を揺らしたり大笑いしたりと楽しんでいる。騒げればそれでいいという思考なのだ。
ガキな奴らだと呆れながら唯花にグラスを差し出す。
「ありがとう、大毅くん」
「彼氏なんだし当然だよ」
そう言って笑いかければ、唯花ははにかむように笑った。
純粋無垢という言葉が似合う笑顔を浮かべるこいつが二人きりのとき、特にベッドの上では今と真逆の姿を恥ずかしげもなく曝すとは誰も思わない。何度も見ているオレですらこの間まで処女だったのかと疑ってしまう。
だからこそ、彼女を存分に自分の色に染めることができるという新鮮な喜びを毎度味わうことができるのだが。
「ねーねー大友くんっ」
眩しいくらいにデコレーションされた爪先にポンッと肩を叩かれた。
緩く巻いた黒髪の内側をピンクに染め、シャツの胸元を少し開けた女子がオレの前に立っていた。オレが声をかけて打ち上げに参加することを決めた、隣の一組の山口だ。隣をチラッと見やると、唯花は穏やかに笑っている。
芹夏だったら眉を寄せてわかりやすく不機嫌になるところなのに、唯花は取り乱すこともなく落ち着いている。
あいつのように面倒がなく楽な状態でいられるのも唯花を好ましく思う点だ。
「何?」
「大友くんって幼なじみいるよね?佐々井さんともうひとりの幼なじみの……ほら、あの齋藤衣乃と仲の良い……。とにかくあたし、二人と同じ白組だったんだけどさ」
「……もうひとりは吉崎行人だよ」
「あっ、そーそー吉崎くん!」
硬くなりかけた表情を動かし、笑みを保ちながらすぐ出てこなかった名前を出してやると、山口は「それだ!」という顔で派手な爪先をピッとオレに向けた。
なんで今、ここで行人の名前が出んだよ。
今カノの前で元カノを話に出してくるあたり、だいぶデリカシーがない。
そもそもオレが芹夏と別れて唯花と付き合っていることを知らないのか?オレほど噂の立つのが早い人間はそういないはずなのに。
拳に苛立ちを込めるようにして握り、感情を抑える。
そんなオレの気など知らず、山口はペラペラと喋り始めた。
「ダンスが終わったあと、佐々井さん倒れそうになっててさ。それを吉崎くんがこう、パッて受け止めて!あのあと一緒に体育館に行ってしばらく出てこなかったから、佐々井さんに付き添ってあげてたと思うんだよね」
「そんなことがあったんだ。知らなかったな」
また良い子ぶってんのかよ、あいつ。
芹夏の具合が悪いのだってどうせ半分演技だ。本当に体調を崩していたとしても今のあいつに頼れる奴なんていない。弱っている姿を見せればお人好しの行人は放っておかないから、目の前でわざと倒れかけたんだろ。
吐き捨てたくなるのを堪え、驚いたフリを返すオレに山口は「そーなの‼︎」と頬を紅潮させながら話を続けた。
「すぐに行動できるのかっこいいし、そばにいてあげる優しさもあるってヤバくない⁈ちょい地味な見た目とのギャップ、まっじでエグくて‼︎」
「ごめんねー大友くん。この子、体育祭からずっとこんなでさ」
鼻息荒く語る山口の肩に手を乗せ、友人らしき女子が苦笑しながら謝ってくる。クラスでそこそこ見慣れた顔のひとり、川井だ。
しかし彼女もまたオレが求めていないことを口にした。
「私も見てたんだけど、たしかにあれはびっくりした。吉崎くんってあまり目立たないイメージだったし」
「そういや最近、横川とも仲良いよな。雰囲気からして全然真逆のタイプなのに、すげー楽しそうにしてるし」
「横川になんで仲良くなったか聞いたことあるわ。詳しくは教えてもらえなかったんだけど、悩んでたときに吉崎に寄り添ってもらったからだっつってた」
「何それ!吉崎くん、めっちゃ良い人じゃん‼︎」
川井に続き、次から次へと行人に関する話題、行人を称賛する言葉が挙がっていく。
いつの間か参加者の半分が行人の話で盛り上がっていた。
オレは頬の筋肉が攣りそうなくらいに笑みを保ち言葉を挟む隙を窺っていた。
「あの齋藤さんと仲良くなってるだけでもすげーのにな。どんな奴だよ」
「やっぱ優しいとこが気に入られたんじゃない?雰囲気からして穏やか系だし」
「今度話しかけにクラスにお邪魔しよっかな〜」
行人の評価が上がっていく。
行人への興味関心の目が増えていく。
周りの奴らが発する言葉が耳に流れ込んでくるたびにボリュームが上がり、脳髄を激しく揺らす。
東と他クラスの男子がとっくに歌い終わっていたことにも気づかなかった。
どうしてだ。なんでこうなる。
行人の良いところなんか隠れていればいいのに。オレだけが知っていればよかったのに。
何故あいつは勝手に「上」に行こうとするんだ。
「大毅くん……」
震えるオレの手に柔らかな手が重なる。唯花が気遣わしげにこちらを覗き込んでいた。
幾らか落ち着きを取り戻したオレは、唯花に大丈夫だと伝えるように笑いかけてから山口たちのほうへ声をかけた。
「皆、ちょっと大袈裟だよ。行人は影薄いの気にしてるせいで頑張って目立とうとするところあるし、優しいのも誰にでもってわけじゃないし。齋藤さんや横川と付き合えてるのもたまたまだって」
あくまで自然に、幼なじみだからこそ知っているという体で話す。
行人の評価が上がりそうになると、イメージを下げる言葉を混ぜれば勘違いした奴らはすぐに正気に戻った。
中一のときもそうだ。仲の良かったあのクラスメイトの女子だって、ちょっと吹き込んだらあっさりオレに鞍替えした。
今回だって何も問題はない。
何も––––。
「んー、でも佐々井さんが倒れたのって急だったし。目立ちたいだけならしばらく付き添ってあげるとかしなくない?」
山口がきょとんとした顔で異を唱える。
オレが口を開くより先に周りが口々に言い出した。
「目立ちたがりにも見えないよな、吉崎って。齋藤さんや横川と仲良くなってからだんだん目が行くようになったって感じでさ」
「超絶マイペース美少女とチャラめのイケメンが常に近くにいる絵面の強さもあるけどねー。いつも寝ぐせがヤバい眼鏡も妙にインパクトあるし」
「あの誰にも興味ゼロな齋藤さんが話しかけに行ってんだし、よっぽど良いとこあるんでしょ」
「それよりさ、大友くんがよければ吉崎くんと話す機会作ってくんない?全然こっちから話しかけられるっちゃ話しかけられるんだけど、幼なじみから声かけてもらえればお近づきになりやすいかなーって」
山口が両手を合わせながら、期待の込もった眼差しでオレを見てくる。
こいつがオレに話しかけてきた理由がようやくわかった途端、自分の中でぶつりと何かが切れる音がした。
「––––っせぇんだよ、どいつもこいつも‼︎」
ソファから立ち上がり腹から怒鳴る。
何もかもがうるさかった。
全てがオレをイラつかせた。
「あいつを、行人のことを一番わかってんのはオレなんだよ‼︎部外者が好き勝手騒いで持ち上げんな‼︎」
ギッと睨みつけたところで、オレは一瞬呼吸を止めた。
そこにいる参加者全員がオレを見ていた。
特に行人に注目し始めていた奴らからの視線はゾッとするほど冷ややかだった。
オレに対する負の感情がありありと瞳に浮かんでいる。
誰かが入れた曲のイントロが流れ出したかと思いきやすぐ歌に入る。
歌声を乗せずゆったりと流れるメロディーは、終わりを告げる鐘のようだった。




