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隣の席の小動物

 さっきまでの騒がしさが嘘のように、クラスがシン、と静まり返る。


 小さな少女は教室内を無表情で見渡して、その中をスタスタと突き進んでいく。


 やがて彼女はある場所で止まった。




 そこは、俺の隣の席だった。




「……あ、あった」




 そう呟いた彼女が机の中から取り出したのは、表紙が黄緑色のノート。


 彼女はノートを片手に教室を出ていった。


 昼休みは基本、教室の外にいる彼女が戻ってくるのは珍しい。




「……っばかった。ビビった〜」




 クラスメイトの男子が、止めていた息を吐き出すように言った。


 それを皮切りに教室の中に再び声が満ちていく。




「齋藤さん、絶対キレてたよな」


「あの音量で聞こえてなかったらおかしいでしょ」


「クラスの中で怒らせたら一番怖いの、やっぱ齋藤さんだよね……」


「いやいや、学年一だって!」




 だんだんにぎやかさを取り戻していく教室。


 騒音の原因である幼なじみたちは、苦笑いながらまた談笑を始めた。


 たぶんまたうるさくなるけど、彼女が来る前ほどにはならないだろう。




「やっぱ齋藤怖えー……」




 彼女が去っていった扉を見つめながら、窪が乾いた笑い声をたてた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 今日の五限は国語。


 昼休みを経たこの時間は睡魔にやられる生徒が続出する。


 授業開始から10分も経たずして、窪の首が前に垂れるのが見えた。




「………」




 俺の左隣の席を見ると、彼女––––齋藤さんは腕を枕にして寝ていた。


 ところどころハネている髪の一部が、サラッと肩から落ちた。




 齋藤衣乃(さいとういの)


 俺のクラスの中で––––いや、学年の中で一番背が低い女子生徒。


 整った顔も小さく、人形のような愛らしさがあることから人目を惹いている。


 一言で表すならば、小動物系美少女。




 静かに堂々と寝ている齋藤さん。


 生徒たちの交流を図った担任により、早くも行われた席替えで俺と彼女は隣の席になった。


 以来、一度も会話をしたことはない。




「ん……」




 齋藤さんのまつ毛が揺れ、瞼が上がる。


 そこで俺はずっと彼女を見ていたことに気づき、慌てて視線を黒板に向けた。


 バレてない、よな……?




「……まだか」




 起きたかと思いきや、齋藤さんはくあ、とあくびをこぼしてまた自分の腕に顔を埋めた。


 授業が終わっていない=まだ寝られる、という思考はまさにマイペースの権化。


 そんな人の邪魔をしたらどうなってしまうのかを、このクラスの人間は全員知っている。






 俺が幼なじみカップルのグループから抜ける前。


 大毅が「ちょっとトイレに」という感じのノリで齋藤さんに声をかけに行ったことがある。


 もともとのルックスの良さと気さくな性格で大毅はモテており、芹夏という幼なじみ兼恋人以外にも仲の良い女友達ができていた。芹夏はそれが気に食わなくて、その不満を大毅ではなく俺にぶちまけていたけど。


 齋藤さんは女子の中でもレベルの高い美少女だ。そんな相手と親しくなれれば、男としての自信が一層つくし自分の価値も上がると考えたんだろう。




 ……だが、何度齋藤さんに声をかけても、大毅は相手にされなかった。




 スマホを見ていて大毅に気づいていなかったり、グループに入らないかと誘われても「集団は面倒」とバッサリ切ったり、とにかく齋藤さんは強かった。


 ここまで線を引かれても男としてのプライドが許さなかったのか、大毅は齋藤さんに話しかけることをやめなかった。




 あの日も大毅は彼女の席の前に立っていた。


 いつものように爽やかさと親しみやすさを感じさせる笑みを浮かべて。




「…………チッ」




 そんな大毅の前で、齋藤さんは面倒くさそうに小さく舌打ちをした。


 大毅はもちろん、その様子を見ていたクラスメイトは固まった。




「しつこい。あとキモい」




 じとりと大毅を見上げると、齋藤さんは何事もなかったかのようにスマホを触りだした。


 庇護欲を掻き立てる見た目に似つかわしくない言動と、常に無表情な齋藤さんが珍しくはっきりと表に出した感情。


 周囲が「齋藤衣乃のペースを乱してはいけない」という暗黙の了解を作るのに十分な衝撃だった。






 齋藤さんは、今もなおすやすやと眠っている。


 長い髪と腕の間から覗く寝顔は、あんなに不機嫌を露わにした人物とは思えないほど幼い。


 




 五限が終わるまでの間、齋藤さんが起き上がることはなかった。

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