気まぐれ少女のひとりごと③
––––イライラする。
三限後の休憩時間、いつものごとく机に突っ伏しながらため息をついた私は、腕と髪の隙間から隣を覗いた。隣の席の彼はあの赤パーマ男子とさっき廊下に出たからいない。
今も話しているであろう二人を想像して、また胸のモヤモヤが濃くなり広がっていく。
朝からずっとこの調子だった。
この前の吉崎は元気がなさそうで、何かあったのかと声をかけたけど何でもないと言われてしまった。教室を出ていく背中は追いかけようと思えば追いかけられたはずなのに、なぜか私はその場から動けなかった。
吉崎が私から逃げているみたいで、ちょっとだけ胸が痛んだ。
吉崎が幼なじみとの事情を話してくれたことがあったからと言って、何でも話そうとはならない。人間関係の難しくて面倒なところだ。
だから仕方ないと納得しているのに隠しごとをされている感が拭いきれない自分がいて、なぜ気になるのかわからないまま月曜を迎えて。
教室に入った途端––––吉崎と彼に手を握られている赤パーマの姿が目に入ってきた。
「……チッ」
無意識に舌打ちがこぼれる。
苛立っているのは赤パーマが吉崎に手を握られていたことだけが原因じゃない。
強い感情が込み上げてくるまま何をしているのかと私が二人に聞いたとき、あいつがわけを話す中で吉崎をあだ名で呼んだのだ。親しげに「ゆっきー」と。
いや、何。ゆっきーって。
というか、いつそんなに親しくなったの。
私の中に燻っていた感情は、そのときから静かに燃え続けている。
今も吉崎があの赤パーマにあだ名で呼ばれているのだろうと思うと、胸がツキツキする。
短期間であそこまで仲良くなれるものなのだろうか。でもあいつは見るからにチャラそうだし、ノリで距離を詰めてきそうではある。それで無理矢理……いやでも、もしそうなら吉崎が窪以外にあんな柔らかい顔するわけない。
つまり、一気に距離を縮めるほどの何かが二人の間にあったということ。
じゃあ何をきっかけに?
私と親しくなったときみたいに、好きなもので共通点があったとか?
ぐるぐる考えを巡らす中で、ふと気づく。
私、吉崎のことまだよく知らない……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ごめん、今日は士朗との約束があって」
さっき吉崎に断られたときの言葉が脳内でオート再生される。
第二校舎の階段に座り、購買で買ったカレーパンの袋を開けた。スパイスの香りが鼻をくすぐるも、気分はそれほど上がらなかった。
「………」
袋を持つときのカサカサという音が階段に響く。
吉崎といるときはいつも会話があったのに、それがない。自分からひとりがいいと断ったり、窪と食べるからと断られたりしたことはあった。そういうときも彼と一緒の時間を思い出してちょっと物足りなくなったりするけど、今はそれが強くなっている。
いないとわかっているのに自然と空けていたそこを見ては胸がツキンとする。
彼が今一緒にいるのはあの赤パーマだということ、そいつを下の名前で呼んでいたこと、二人でどんな話をしているのか。
いろいろなことが気になってしょうがない。
同時に私の中で複数の感情がとぐろを巻いて、胸の奥を締めつける。
私のほうが先に仲良くなって「友達」になったのに。
なんで短期間であだ名で呼ばれて下の名前を呼ぶ関係になれてるの。
授業後の休み時間だってほぼあいつと話してばっかり。
本当、もう、なんで……。
「ずるい」
袋を掴む手に力がこもり、半分ほど食べたカレーパンの中身が溢れ出そうになった。
急いでそこに口をつけようとして、はたと動きを止める。
私、何て言った?
「……羨ましかったの?」
こんなに強く誰かを羨むことが自分にもできたことが信じられない。
周りを気にしたことがあまりなかったせいか気づけなかった。吉崎に名前を呼ばれて、彼をあだ名で呼ぶ赤パーマが羨ましかったなんて。
じゃあそう思ったのはなぜか。
この答えは意外とすんなり導き出せた。
……私も吉崎を下の名前で呼びたいと、そして私のことも下の名前で呼んでほしいと、そう望んだから。
クラスメイトでも私からしたらぽっと出のあいつに先を越されたようで、あいつが吉崎の特別になったみたいで、嫌だったから。
「変なの……」
呟きながら胸元に手を置くと、心臓の鼓動が伝わってくる。
いつもより少し速い、気がする。
吉崎と関わってから、らしくない……いや、新しい自分の面をよく見つけている。その度に毎回驚いて、でも悪くないと思える。
自分がこんなに欲深いと知っても。
吉崎のことをもっと知りたい。
彼を下の名前で呼んでみたい。私の名前も呼んでほしい。
今よりも……あの赤パーマよりも、もっと彼と近くなりたい。「友達」じゃない、もっと先の特別な関係に。
ここでようやく、私は吉崎との「友達」という関係に抱いていた違和感の正体に気づいた。
この先にあたる関係はひとつだけ。私は彼とそうなりたいと、心のどこかでずっと願っていたんだ。
もうとっくに吉崎のことを「友達」として見れなくなっていたんだから。
「––––好き」
形を成したそれが言葉となってこぼれ落ちる。
瞬く間に熱を帯びていく頬を、胸元に置いていた手で押さえながらうつむく。
触れずとも心臓の鼓動がずっと速くなっているのが嫌でもわかった。




