曇りのち晴れのち雪?
【大毅side】
「フンフフン……♪」
鼻歌を歌いながら浴槽にはったお湯に浸かる。
気分はこの上なくよかった。
カラオケで高木……唯花と友達からステップアップを遂げたあと、スマホにメッセージが届いていることに気づいた。グループラインだけでなくオレと芹夏のすらブロックした行人からで、初めは今さら何だと思った。あいつから勝手に離れたくせに「話がしたい」だなんて。
無視しても文面と電話で何度も連絡があった。さっさと済ませたほうが早いと考え仕方なく出てやると、最近のグループとオレと芹夏の様子についてを聞かれた。
なんだ、結局寂しいんじゃん。
学年一の美少女とたまたま運良く交流できていても、やはり一緒の時間が長いグループや幼なじみのオレと芹夏といたときが恋しくなっていたのだろう。じゃなきゃあんなこと気にしないしな。
調子乗ってると思ってずっとイラついてたけど、やっぱり行人は行人だった。
一気に機嫌を良くしたオレは今に至るまでの経緯を教えてやった。行人には一生できないような経験を存分に聞かせている間、人生の先輩として上に立っていると感じてたまらなく気持ちよかった。
オレと行人の立ち位置はやっぱこうでないと。
「あ。唯花とのこと、口止めしてなかったな」
行人と二人で喋ったのが久しぶりだったこともあり、完全に頭から抜けていた。こんな機会はすっかりなくなっていたし、幼なじみだから自然と気が抜けていたのだろう。
芹夏とはまだ別れていないまま唯花と関係を持ってしまったことは、周りからすれば浮気だ。しかも関係を持ったのは彼氏がいる相手、立派なNTRになる。
オレに文句を言いに来て、それをものともしない態度を取ると行人に怒りの矛先を向けた横川。たぶん、幼なじみなんだから注意のひとつや二つしろとでも言ったんだろう。何も知らない行人に。
理不尽に怒りを向けられて不快にならない人間はいない。いくらお人好しの行人でもそれは同じだ。自分の彼女が幼なじみと浮気していてもそれを教える義理なんてないし、ざまあみろとすら思っているかもしれない。
「ハハッ‼︎あいつ、バッドエンドしかないじゃん!」
笑い声が風呂場に反響する。
身体も心も十分に温まったオレは、ザバリと音を立てて勢いよく湯船からあがった。
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幼なじみが人として最低な行為をしていたと知った俺は、被害者の士朗にラインで大毅から聞いたことを伝えた。
既読はついたものの返信はなく、迎えた翌日。士朗は学校に来なかった。
「全然関わりないけど、目立つ奴がいないとちょっと気になるよな」
一緒に昼休みを過ごしていた窪が士朗の席があるほうを見て言った。
士朗にある意味で深く関わり、彼が休んだ理由も思い当たる俺は返せる言葉が見当たらなかった。
その日は授業を受けていても、齋藤さんや窪といるときでも、士朗のことが頭から離れなかった。
自分の彼女が寝取られたというだけではなく、彼氏である自分への不満を他の男に相談していたのだ。二重のショックで立ち直れなくなってもおかしくない。
このまま不登校に……ということにもなりかねないんじゃないか。
〈あんなことを伝えることになってごめん〉
〈落ち着いたらでいいから、連絡くれると嬉しい〉
今の士朗をどんな言葉でも傷つけそうで、それでも自分なりに慎重に文を打った。
時間を置いてからも既読はつかなかった。
「吉崎、何かあった?」
帰り際に齋藤さんにそう聞かれた。
俺を見上げる丸い瞳が今は怖くて視線を逸らす。
「……何でもないよ。それじゃあ」
逃げるように教室を出る。
齋藤さんより先に出たのは初めてだった。
嫌な態度をとってしまったかもしれない。齋藤さんに申し訳なくて、自分が嫌で、胸がジクジクと痛んだ。
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土日を挟んで、月曜日。
「おっは〜、ゆっきー」
ポンッと肩を叩いた人物を見て思わず「えっ」と声をあげる。
そこにいたのはひらひらと手を振る士朗だった。
「お……は、よう」
「いや驚きすぎ!めちゃくちゃカタコトじゃん」
「だって、土日も連絡なかったから。今日も休むのかなって」
「あー、それはごめん。……正直なとこ、ゆっきーに話したいこと山ほどあったんだけど。文にしようとするとまとまんなくて、もう直接聞いてもらおーって。あと単純にゆっきーに会いたかったし」
へへ、と笑う士朗の顔は少しやつれて見える。まだ傷は癒えていないのだ。
つらいはずなのに普段と同じように振る舞って、俺に会いたかったとまで言ってくれる。まだ登校してきていないけど、自分の彼女を奪った相手がいる教室に来たくなかっただろうに。
士朗の顔を見れたことの安堵と彼が今も頑張っていることの苦しさが同時に込み上げてくる。
「……話ならいくらでも聞くよ。俺も士朗に会いたかったから、すごい嬉しい」
俺は士朗の手を両手でそっと包むように握り、笑いかける。
「来てくれてありがとう、士朗」
「……〜〜〜〜っ。ありがとうは、こっちの台詞だよお……」
垂れ目の端に光るものを浮かばせながら士朗が笑う。
本当に涙脆いな。
「ゆっきー。あいつからいろいろ聞いてくれて、いっぱい心配してくれて、本当にあり––––」
「何してんの?」
士朗の言葉を遮ったのは聞き馴染みのある、けれど普段より少し低い声。
俺と士朗が視線を向けた先には、こちらを見上げている小柄で可愛らしい少女の姿があった。
チョコレート色のリュックを背負っているのを見るに、今し方登校してきたらしい。
「齋藤、さん?」
「何してんのかって聞いてる」
無表情なのも感情がわかりづらい声もいつも通りなのに、なんだろう……この冷気は。目も据わっていて非常に怖い。
微動だに動かず一言も鳴かず、静かに睨んでくるだけの猫みたいな威圧感がある。
「俺が用があって、ちょっと話してただけだよ〜。ね、ゆっきー」
士朗がそう言って俺を見る。
なぜ齋藤さんが怒っているのかはわからないけれど、俺の代わりに答えてくれた士朗に感謝も込めて頷いた。
……のだが。
「––––ゆっきー……?」
齋藤さんのまとう空気の温度が一段と下がる。
ありゃー、と呟く士朗の横で俺はひたすら困惑した。




