お互いのため
【大毅side】
「〜〜〜♪」
音楽に合わせて隣に座る彼女の歌声が個室に響く。
オレは歌っている彼女の邪魔にならない程度にタンバリンを鳴らし、場を盛り上げていた。
オレは彼女––––高木唯花と駅前のカラオケボックスに来ている。
きっかけは高木からの相談がしたいという頼み。一度話を聞いてやるとまたお願いしたいと言われ、いつしか「相談に乗る」ことが二人で会う口実になり、放課後にこうして出かけるようになっていた。
もともと彼女とは交流があったが、今じゃ女友達の中で最も親密な仲だと言える。
「どうだったかな?」
「すっごい上手いよ!高木は声可愛いから、この曲と合ってた」
「そ、そう?大友くんに言われると自信つくな」
はにかみながらオレの隣に座る高木。
肩までの黒髪はハーフアップで、メイクは薄めながらもそれによって彼女の可憐さが十分に引き出されている。いわゆる清楚系女子である高木は、いつもキメキメのメイクに持ち前の明るさで華やかな印象が強い芹夏とは正反対だ。
いつも隣に芹夏がいたからか、こうして高木と過ごすようになってからは新鮮な気分を味わっている。
「ほら、次は大友くんの番だよ」
高木にマイクを差し出される。
先ほど入れた曲のタイトルが広い画面に表示され、マイクを持って立ち上がる。
いっちょかましてやりますか。
「〜〜〜……♪」
流れ出した曲に声を乗せて堂々と歌えば、高木はにこにこしながらこちらを見ていた。可愛い女子に見られながら歌うっていうのは気持ちいいな。
歌い終わると、高木が手をパチパチと叩いて興奮気味に言った。
「大友くん、歌すごい上手いね⁈かっこよかった!」
「ほんと?途中、ちょっとミスってたと思うんだけど」
「え、嘘!全然気にならなかったよ。大友くんって何でもできちゃうんだね」
何度目かのすごいを聞き、自尊心が満たされていくのを感じながら口角を上げる。
誰もが注目し憧れる存在らしい、キラキラの笑み。
「そんなことないよ。でも、高木みたいに可愛い子にそう言われると自信つくな」
爽やかイケメンから笑顔を向けられれば、高木は頬をぽっと桃色に染めた。
睨んでくるけど全然怖くない。
「大友くん、さらっとそういうこと言えるのずるい」
「本当のこと言っただけなんだけどな。もしかして言われ慣れてない?」
「う、ううん。彼氏も言ってくれるときあるけど、たまにだし。大友くんみたいに会うたびに言われるなんてこと、さすがになかったから」
「そうなの?オレだったら毎日言うけど」
「毎日⁈そ、そんなに言われたら心臓持たないよ……‼︎」
両手で頬を挟み、恥ずかしそうにする高木。
そんな様子も初心で可愛らしかった。照れ方もやっぱり芹夏とちがっていて、もっといろいろな反応を見たくなる。
……そろそろ、いいよな。
「高木はさ、横川といて幸せ?こうして何度もオレに相談してくれるけど、そんだけ現状に不満があるってことだろ?」
ふと気になったという風を装って訪ねると、高木の長いまつ毛が影を落とした。
高木の彼氏はオレのクラスメイト・横川士朗で、彼女の悩みごとはその横川に関係していた。中学卒業と同時に付き合ったという横川との仲は良好ではあるものの、先に進むまでが遅いというのが高木の悩みだった。
あのチャラそうなやつが奥手というのは意外だったが、オレは高木の話を聞きアドバイスっぽいこともしてやった。すると高木は「またお願いしてもいい?」と何度も頼むようになり、次第に彼女の頼みがオレと会いたいがための理由に変化しているのはなんとなくわかった。
高木がオレに向ける視線が熱を帯びてきたり、彼氏への愚痴という名の悪口をこぼすようになって確信した。彼女の心がオレに傾いていることを。
今日オレに物申してきた横川が哀れで笑えてくる。
高木は指同士を絡ませながら、閉じた唇をむにむにと動かしている。
恋人関係に目立ったトラブルなどはなく、今は横川への個人的な負の感情しかないなんて言えるはずもない。彼女として最低である自覚もそれなりにあるのだろう。
だからオレが背中を押して、罪悪感なんて感じなくなるくらい高木をもっと最低な女になるよう仕向けてやる。
彼女を楽にしてやるために。そしてオレ自身のために。
「ごめん、困らせる気はなかったんだ。……ただ、高木はオレと似てるから」
「似てる?」
「うん。オレもさ、彼女と気まずくなってるだろ?あいつに言えてない不満とかいろいろあるし、正直もう無理だなって思うこともたまにあるくらいで。でも踏ん切りがつかないんだ」
「……」
「もしかしたら、高木もそうなんじゃないかって」
チラリと様子を窺えば、高木は一瞬だが目を光らせた。
オレが言い訳となり得るものを作ってやったのにまんまと食いついたらしい。
そこへさらにエサを追加する。
「オレさ、高木とこうやって会うようになってから楽しいんだ。勝手に似てるって思ってたのもあるけど……こんなに一緒にいて気が楽なの、すっごい久しぶり」
「大友くん……」
「こんなに可愛い彼女がいて横川は幸せ者だよ。なのに、誰かに相談したいってなるほど悩ませるなのはちょっとダメだよなー、なんて」
頬を人差し指でかきながら悪戯っぽく笑ってみせると、高木はもう我慢できないとばかりに口を開いた。
「––––っ、私も!私も大友くんといると楽しくて、ずっと一緒にいたいって思うの。士朗といてもそんな風に思えなくて、いつも心に穴が空いてるみたいで。それを大友くんが変えてくれたの……!」
「高木……」
「士朗と別れることに踏み切れないままこんな風に思うのはいけないって思ってたけど、大友くんも同じだったんだね」
高木が安堵の笑みを浮かべて、オレとの距離を詰めてくる。
あと数ミリで指先が触れ合いそうだ。
「大友くんだって話を聞いてくれて、褒め言葉もさらっと言えちゃうくらいかっこいい人だよ。なのに佐々井さんは幸せ者などころか、彼氏にいろいろ溜め込ませて……。彼女なのに」
ぐっと手を握りしめる高木は、何か意を決したような顔をするとオレを見上げた。
「……大友くん。私、あなたの溜め込んでるものを全部受け止めてあげたい。彼女が埋められなかった穴を私に埋めさせて?」
「それって……」
「ずっと抑えてたんだけど……もう無理。大友くんのこと、好きになっちゃったの。ねえ、私じゃ駄目?」
瞳を潤ませて必死に言う高木を見つめる。
––––落ちた。
「実は……オレも高木のこと、そういう意味でいいなって思ってて」
笑いを堪えるあまり声が震えてしまう。
それが逆に隠していた気持ちを打ち明けるフリのリアル感を増したらしい。
高木は目を大きく見開いたのち、花が咲くように笑った。
「っ、嬉しい……」
震える声で囁く高木と見つめ合う。まるで少女漫画のワンシーンだ。
いつの間にかオレたちの手は重なり、どちらからともなく顔が近づいていく。
唇が触れ合ったその瞬間、オレと高木の友達の線は崩壊した。
「ん……っ、大友くん……」
キスがだんだん深いものに変わってくると、高木はオレの首の後ろに腕をまわしてきた。純粋そうな見た目に反して案外積極的だな。
そんなギャップも興奮材料になって、オレは彼女の身体を引き寄せた。芹夏ほどではないが決して小さくはない胸が押し当てられ、シャツ越しに伝わる柔らかな感触と温もり、ほのかな甘い匂いに脳が痺れる。オレが芹夏に拒まれてから久しい、女子の身体。
画面から流れる最近注目のアーティスト特集なんて、今のオレと高木には雑音にすらならない。
テーブルの上に置いたスマホにメッセージが届いていたことに気づくのは、全てが終わったあとだった。