初めてと久しぶり
「なあ、あの二人さあ……」
「やっぱ明らか距離置いてるよね?」
「逆にキモいっていうかねー」
教室内のそこかしこからひそひそと話す声がする。
彼らの話題にあがっているのはクラスの中心である大毅と芹夏で、それぞれの友達と楽しそうに会話している。
一見すると普通の光景であるそれは周囲に大きな違和感を抱かせていた。
常にべったりしているバカップル代表のような二人が、別々に登校してきてから一度も言葉を交わしていないのだ。
「なあ吉崎、お前は何か知ってんの?あの二人のこと」
俺の席にやってきた窪が小声で聞いてくる。
嫌でも視界に入るリア充が急によそよそしくなって気になるのだろう。
「いや、知らない」
夕方の道で泣き崩れ、こちらを理不尽に罵ってきた芹夏が脳裏によぎりながら答える。
芹夏があんなところで泣いて激しく取り乱すほどの原因があるとすれば、間違いなく大毅関連だ。あいつに別れを切り出されたか、距離を置きたいとでも言われたか。
「さすがにそうか。なんにせよ、あれじゃもう破局まで秒読みだな」
「まだ別れてはないのか」
「ああ、東が他の奴に言いふらしてたの聞いたから間違いない」
せいぜい鮮やかに爆ぜろ、と清々しい笑顔で呟く窪。
彼からすれば、嫌いな陽キャカップルの仲が怪しくなっているという状況は非常にメシウマなんだろう。他のクラスメイトにも窪と似た様子が見受けられた。
大毅は東を含めた何人かの陽キャに囲まれ盛り上がっている。彼女と気まずくなっているとは思えないほど、いつもの人気者モードだ。
木村や上野と一緒にいる芹夏は、彼女たちと話しながらもそちらをチラチラと気にしていた。大毅と親しい女友達があちらに混ざっていることもあって、他に乗り換えて別れることになるのではないかと気が気じゃないんだろう。
そのくらい芹夏は本気で大毅が好きなのだ。これまで二人を見てきて、芹夏の話も聞いてきた俺がよく知っている。
……もう気にする必要はないとわかっていても考えてしまうあたり、やはり幼なじみという関係は切っても切れないものなんだろうか。
それとも……。
大毅と芹夏から目を逸らしたところでチャイムが鳴った。
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本日の昼休みは窪と弁当を食べる予定だった。
そう、そのはずだった。
「……ん、うま」
満足そうに呟いて、購買の焼きそばパンを再び齧る小さな少女。
口に含むたびにちょっと膨らんだ頬が動く様子は、つい目で追ってしまうほど可愛らしい。やや暗い雰囲気のある第二校舎の階段がメルヘン世界の森の中へと瞬く間に様変わりしてしまう。
俺は今、齋藤衣乃と昼休みを過ごしていた。
四限終了後、窪が一緒に食べようと誘ってくれた。
もちろん俺は頷こうとしたのだが……。
「いつも窪と一緒に食べるの?」
隣の席から齋藤さんがそう聞いてきた。
「だいたいは窪と一緒で、たまにひとりかな」
「ふーん……」
短いやりとりを交わしただけだった。
それだけで窪が何かに気づいたような顔をしたかと思うと、わざとらしい声を出してこう言ったのだ。
「あ〜、すまん吉崎!そういや隣のクラスの奴らと先約あったの忘れてたわ!」
顔の前に片手をあげながら窪は教室を出ていった。
俺は何がなんだかわからず、窪が去っていった方向をぽかんと見ていた。
全然申し訳ないっていう感じじゃなかったし、あまりにも流れるような動きがすぎる。本当に帰宅部か。
「……あいつ、吉崎より察しいいね」
ぽそっと齋藤さんがこぼす。
窪が高く評価され、さりげなく俺は察しが悪いと言われた。
そういえば連絡先を交換した日も鈍いって言われたっけ……。
「吉崎、一緒にご飯食べよ」
ちょっと傷つきながらも窪が何を察したのかを考えていた俺に齋藤さんは言った。
すでに近くで弁当を広げていたクラスメイト数名がこちらを振り返った。
この前はいきなり齋藤さんを家に招くことになり、そこで昼も一緒に食べた。
一度経験していることで何を今さら戸惑っているのかと思われるのかもしれないが、俺は重大な事実に気づいてしまった。
齋藤さんは昼休みをいつもひとりで過ごしている。ということはつまり、俺は初めて彼女と学校で昼を共に過ごす相手になるわけで。
……教室を出る前に大毅がまたこっちを見ていたことも納得がいく。眉間にすごい皺寄ってたな。
またあいつが齋藤さんに言い寄ってきたらどうしよう。
そんな懸念が頭にこびりつきなかなか箸が進まない。俺の好物である母さんお手製のねぎ入り卵焼きもまだ残ってるのに。
齋藤さんは早々に焼きそばパンを食べ終え、カレーパンの袋を開けていた。
「齋藤さん、けっこうガッツリしたもの好きなんだね」
思ったことがそのまま出てきた。
この前家に来たときもカツサンド食べてたし、今はかなり腹に溜まりそうなパンを二連続で食べている。その身体のどこにすんなり収まっているのか不思議だ。
「あまり意識したことなかったけど……そうかも。こういう惣菜パンのほうがしっかりお腹に溜まる感あるし」
「菓子パンはあまり好きじゃない?クリームとかジャムとか」
「好き。でもあっちはデザートとかおやつの印象が強くて、食べた気にならないというか」
「へえ……。どのパンが好きとかある?」
「強いて言うならコロッケパン……あ、でもさっき食べた焼きそばパンもかな。おかずと一緒に食べられるのも炭水化物同士もどっちも良い」
「あー、わかる。どっちも満足度高いよね」
いつの間にか会話はポンポン弾んで、お互いの好きなパンベスト3を発表したり今度はお互いのおすすめを交換し合おうという流れにもなった。懸念も頭の隅に自然とずれているくらい気にならなくなっていた。
齋藤さんの好みを知って、また少し彼女の中身に近づけた気がする。それがなんだか嬉しかった。
「……なんか不思議」
パンを食べ終わった齋藤さんが膝を抱えながら言う。
「誰かとこうやって話したりご飯食べたりするの久しぶりなのに、全然苦じゃないや」
「……いつからひとりで過ごすようになったの?」
「んー……。小五のとき、かな。私が私のまますぎるから周りとノリが合わなくて、気づいたらって感じ」
「お、おお……」
さらりと言われてしまったけど、ちょっと踏み込みすぎてしまったのでは。
ちょっと気まずくなっていると齋藤さんが「だからさ」とこちらを見る。
「ひとりでいるときと同じかそれ以上に、吉崎といて気楽なのが不思議なんだよね。前にいた「友達」とは微妙だったのに」
なんでだろ、とこてりと首を傾げながら俺を見つめる齋藤さん。
俺はメドゥーサの目を見て石化した人間のごとく固まった。
心臓だけが暴れたまま。
この人、無自覚でこれなのか。
だとしたらあまりにもタチが悪すぎる。
「また一緒に食べたくなったら誘うね。たぶん、すぐになると思うけど」
小さく微笑む齋藤さんに心拍数が上がる。
次があることへの嬉しさとか、また見れた笑顔の可愛さとか、いろいろなものが一気に押し寄せてくる。
友達であるはずの彼女に抱くべきものではないと頭ではわかっているのに、どうにもできない。
齋藤さんの言葉に頷いた俺は、頬の熱に気づかないよう残りのおかずを片付けることに集中するのだった。




