気まぐれ少女のひとりごと②
吉崎の家の時計を見るともう16時を過ぎていた。
これ以上の長居はさすがにできないと考え、そろそろ帰ると言うと吉崎は駅まで送ると言ってくれた。
別にいいのに、と思ったけど口には出さずそうしてもらうことにした。まだ話していたい気持ちもあったから。
「じゃあね、マル」
玄関まで見送りに来てくれたマルを撫でて、吉崎の家を出た。ものすごく後ろ髪を引かれる思いで。
辺りは空から色が落ちたように茜色に染まっていて、その道を吉崎と並んで歩く。
「今日はありがと。マルに会わせてくれて」
「ううん、こちらこそ。いっぱい可愛がってもらえて、マルも嬉しそうだった」
「わりとすぐ気を許されたと思うんだけど。普段からそうなの?」
「まあそうかな。……でもあいつらはちがったっけ」
微妙な顔の吉崎によると、彼の幼なじみである二人は過去にマルの名前がそのまますぎるだとか、名前をデブに変えたほうがいいんじゃないかとか……他にもいろいろ言っていたらしい。
「は?万死」
思わず低い声が飛び出た私に、吉崎が「顔怖いよ……」と頬を引き攣らせた。
え、だって信じられない。
猫はどんな名前または体型であろうと等しく可愛い。
それに人様の猫を馬鹿にする権利が彼らにあるのか。否、あるわけがない。
親しい間柄であるはずの人間を長年見下したり、その飼い猫も馬鹿にしたり一体何様なんだろう。
吉崎がそんな奴らから離れて正解だったと心の底から思う。
「まあでも、あいつらに馬鹿にされた分以上に齋藤さんがマルのこと可愛いって言ってくれたから」
照れくさそうに笑う吉崎。
本当に嬉しそうな顔を向けてくるから、燃え上がっていた怒りの炎の勢いがゆるゆると下がってしまう。
こんなに優しいがゆえに、何を言っても許されると捉えられてしまったのだろうかと思うと複雑な気持ちになる。
……ああ、またらしくない。
誰かを心配するとか誰かのために怒るとか、私という人間からは最もかけ離れた行為のはずだ。人に対して興味を抱いたのもいつぶりかわからないのに。
「あと……友達だって言ってくれたのも。そう思ってもらえて、嬉しかった」
はにかみながら、でもまっすぐに吉崎は伝えてくれる。
あまりにも純粋なその言葉と嘘偽りのない彼の表情が眩しくて、むず痒くなる。
うつむきがちに歩きながら「そう」と返すことしかできなかった。我ながら本当に可愛くない。
かつてその関係にあった人たちは「友達なのになんでそんなに冷たいの」と言って離れていってしまった。友達であってもそうでなくても態度が変わらなかったのが駄目だったらしい。
遊びに誘われても気分じゃないときは断ったり、女子の間でできた派閥に友達がいても関わらなかったり、他の子の悪口で盛り上がっているところに乗らなかったり。
何でもかんでも一緒にやる、みたいな女子特有の空気に馴染めなかった結果、いつしかひとりで行動するところに落ち着いた。
ひとりでいるほうが楽だしこのままでいいや、なんて思ってたのに。
自分の口から他人を友達だと認める言葉が出てくるなんて思わなかった。
「……あ」
いつの間にか駅前に到着していた。
吉崎の家から駅までそこまで遠くはないけれど、体感五分くらいだった。学校から駅に向かうときよりも時間の進みが速くなっている気がする。
「電車の時間、大丈夫そう?」
「うん。あと十分くらいで来るやつだから」
「けっこう余裕あったね。……じゃあ、俺はこれで」
吉崎が片手をチョイッとあげて背中を向けようとする。
––––あ。
「待って」
行ってしまう。
そう思った直後、私の手は吉崎のブレザーの裾を掴んでいた。
吉崎が顔だけをこちらに向ける。その目がぱちり、と瞬いた。
「……まだ時間あるし。もうちょっと話し相手になってよ」
暇だから、なんてそっけない一言も付け加えて。
まだ話していたいから、なんて小っ恥ずかしい本音を隠して。
最近の私は突拍子もない行動をしすぎていて、自分がどんどんわからなくなっていく。
頼んでいるとは思えない言い方をする私にも吉崎は笑って頷いてくれる。
私が友達だって言ったから、親しい仲だと示したからすんなり受け入れてくれるのだろうか。
でも、それはなんか……。
「立ってるのも疲れるし、待合室行こうか」
吉崎と共に待合室へと向かいながら、胸の内で少しずつ膨らむ違和感と格闘する。
この妙なモヤモヤは何なんだろう。
私だって吉崎と似て友達を久しく作ってこなかった。自分でも意外だという気持ちはまだ強いけど、仲良くなれて嬉しいとも思っている。
それは間違いない。……はず、なんだけど。
「……友達、か」
形容し難い今の状態にちょっと苦しくなって、胸に支えているものを吐き出すように息をつく。
たった二文字の単語がどうして引っかかるのか謎のまま時間は過ぎていった。




