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イベントに次ぐイベント①

 テスト本番はあっという間にやって来た。


 余裕な者も明らかにピンチな者も関係なく、勝負の三日間が幕を開ける。


 俺はワークを二周していたことと暗記を頑張っていたこともあってか、自分を落ち着かせることができた。




 これが終わったらマルとののんびりタイムが待っている。


 頭の中で幸せなひとときを何度も想像し、集中を切らさずひたすら広い用紙に向かい続けた。


 そして––––。





「……そこまで。後ろの人はテスト用紙を集めてください」




 監督していた教師が時計を見て静かに告げる。


 その瞬間、周囲から一気に力の抜けた息が漏れた。


 三日目の三限、ある意味ドキドキのイベントが終わった。




「お前どのくらいできた?」


「やっばい、あそこの解答ミスったかも……」




 そんな会話を聞きながら、テストの解答で気になる点を思い出す。


 たぶん合ってるはずだと自分に言い聞かせ、余計な不安を頭から押しやる。


 家でお留守番をしているマルに思いを馳せながら帰りの準備を急いだ。




「吉崎、お疲れ」


「うん。齋藤さんもお疲れ」




 彼女とのこうした挨拶もすっかり自然になっていた。


 テストからの解放感が凄まじいこともあってか、誰も俺たちのほうを見ていない。




「吉崎はこのあと帰る?」


「うん。齋藤さんもだよね」


「……そのつもりだったんだけど」




 齋藤さんはリュックのファスナーを閉じ、俺のほうを見た。


 俺はちょっと首を傾げて見つめ返す。


 その口からとんでもないことを聞かれるなんて微塵も考えずに。




「吉崎の家行ってもいい?」




 …………んん?




「ご、ごめん。もう一回言ってもらっても……?」


「吉崎の家に行ってもいいかって聞いた」


「……」




 聞き間違いじゃなかった。


 思わず目が行ってしまった大毅のほうはこちらに注目なんてしておらず、グループメンバーたちと話していた。ドヤ顔をしているところを見るに、テスト結果が一番良いのは自分だと確信しているのだろう。




 いや今はそんなことどうだっていい。


 この前齋藤さんに言われて、もう幼なじみのことを気にしなくてもいいと思えたところだったのにまたこれだ。


 でもつい目がいってしまったのは、その齋藤さんによる何度目かの爆弾発言を聞いたからで……。




「ちなみに理由をお聞きしても……?」


「マルに会ってみたいからに決まってるじゃん」




 さも当然のように言われて逆に安堵した。


 齋藤さんと話すようになったのも元々はうちのマルがきっかけなんだ。それ以外の理由でただのクラスメイトでしかない異性の家に行きたいだなんて、彼女が言うわけないじゃないか。


 心の中で頷きながら変な動悸をなんとか鎮める。




「……もしかして、帰ったあとに何か予定あった?」




 齋藤さんの声のトーンがちょっとだけ落ちた、気がした。


 俺が勝手に動揺して変な間を作ってしまったことで、都合が悪いように見えてしまったのかもしれない。


 あわてて俺は首を横にブンブン振った。




「ないない!全然、来てもらって大丈夫‼︎」


「無理とか……」


「してない!」


「そっか。じゃあよろしく」




 齋藤さんの声のトーンが戻ってホッとした直後、また心臓がドッドッドッと激しく脈を打ち始めた。


 齋藤さんが、学年一小さくて可愛い女の子が、俺の家に来る。


 緊張するなと言うほうが無理な話だ。




「帰ろ」




 支度が終わった俺にリュックを背負った齋藤さんが声をかける。


 そうだ、俺の家に行くということは必然的に帰り道も一緒になるんだ。


 一気に緊張感が増した俺に、窪が軽く肩を叩きこんな言葉を残して去っていった。




「吉崎。––––せいぜい励めよ」




 何をだ。


 窪が想像しているようなことへの否定も兼ねたツッコミをする余裕もないまま、齋藤さんと昇降口へ向かうことになったのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 テストは昼になった頃に終わったので、俺と齋藤さんは近くのコンビニでご飯を買ってから俺の家に行った。


 道中に会話はあまりなかったものの気まずさはなく、学校まで十五分もかからない距離にある自宅にはあっという間に着いた。




「ど、どうぞ……」


「お邪魔します」




 精巧に作られた人形のような顔には緊張のきの字も見当たらない。


 躊躇いもなく齋藤さんが玄関に入ると、扉が半開きのリビングから灰色の丸い顔がヒョコッと覗いた。




「ただいまー、マル」




 我が家のアイドルに声をかけると、ニャー、と控えめに鳴きながらこちらに駆け寄ってくる。ちなみに、家族の中でマルにお出迎えしてもらえる確率が一番高いのは俺と母さんだ。父さんにはだいぶ塩対応で、声をかけても素通りされて膝を着いているのが見慣れた光景となっている。


 マルは俺に撫でられながら「誰こいつ」という目を齋藤さんに向けた。




「この人がお前のこと、可愛いって言ってくれた人だよ。齋藤さん、改めてこれがうちの飼い猫のマル、で……」




 飼い猫とクラスメイトに交互に紹介しながら齋藤さんのほうを向くと––––。




「…………かっ」




 手に下げられていたコンビニの袋がバサッと落ちる。


 普段は気だるげな瞳をこれでもかと見開き、両手で顔を覆いながら小さな身体を震わせて。




「……っ、可愛い……!」




 なんとか一言、絞り出した齋藤さんの姿がそこにはあった。

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