不安解消、お手の物
〈大毅side〉
––––無理して俺なんかと付き合おうとしなくていいよ、大毅。今までごめんな
なんだよ。何なんだよ。
グループメンバーとテスト勉強をしながらも、机の下では貧乏揺すりが止まらなかった。
前は強くオレにはっきりものを言うことなんかなかったくせに、下手な作り笑いまでしてオレを突き放した。そこは諦めて従うところだろ。
齋藤衣乃と仲良くなったからって調子づいてんのか?ていうか齋藤も、なんでイケメンで愛想の良いオレじゃなくて、地味で何もない行人のほうに行くんだ。
行人のくせに、行人のくせに、行人のくせに‼︎
「––––そろそろ終わるか?いい時間だし」
今気づいた、という風を装って時計を見ながら言う。
これ以上勉強を続ける気にはなれなかった。
「そーだな。もう頭に何も入る気しねえし……」
「帰ろ帰ろ〜」
他のメンバーも切り上げたかったらしくすぐに片付けを始めた。
オレの解説だってまともに聞いていなかったし、気づけばスマホをいじったりお菓子をつまんだりしているような奴らだしな。なんでこいつらと連んでるのかたまに不思議になる。
オレたちが昇降口を出ると、空は茜色から薄い灰色になりかけていた。
「セリ、また明日ねー」
「バイバーイ」
「じゃなー、大毅!」
ちがう方向の三人に手を振り、芹夏と共に歩き出す。
いつものように芹夏がオレの左腕に自分の腕を絡ませてきた。
腕に当たる柔らかな感触に、波立っていた胸の内が少し落ち着いてくる。
そろそろまた直接触りたい。テスト後のご褒美という名目なら芹夏も許してくれるんじゃないだろうか。
「ねえ大毅」
「んー?」
二人きりになったときの甘い声で芹夏が聞いてくる。
「大毅はどうしてもあの子と仲良くなりたいの?女友達なら他にもいるからいいじゃん」
行人たちを呼び止めたときのことか。
あのとき行人から言われるまで気づかなかったが、彼らを勉強会に誘っているところを芹夏に見られていた。
芹夏は嫉妬深いからオレが他の女子に気が移らないかが心配なんだろう。
こいつのところに戻ったとき、ちょっとだけ拗ねた様子を見せてあとはいつも通りだったし、特に気にしていなかったがまだ続いてたのか。
「前にも言ったろ?齋藤衣乃みたいに攻略難易度高めな女子ほど、仲良くなったあとが気にならない男はいない。オレがあいつを攻略できたら男として周りからの評価上がるし、芹夏がもっと惚れるくらいいい男だって証明にもなる」
彼女にもっとよく見られたいから、という意味を含めれば芹夏は照れ笑いで納得する。それだけで舞い上がるくらいこいつはオレのことが好きだから。
だが、今回の芹夏の反応は思っていたものとちがっていた。
「んー、でも大毅は今のままで十分かっこいいって私も皆も思ってるよ?そんな証明よりもさ、こっちを見てくれたほうが嬉しいかなあ」
一瞬の微妙な顔からニコッと笑う芹夏。
オレがああ言えば「もう、大毅ってばあ〜」って喜びながらくっついてくるはずなのに。
「オレがよそ見してるって言いたいの?いっつも芹夏のことしか見てないじゃん」
「そうかな〜?だって最近、ずっと齋藤さんのほう見てる。……好きになったの?」
「んなわけないって!本当に、ちょっと仲良くなれたらいいなーくらいだよ。そういう意味で好きなのは芹夏だけだって」
「ほんとに?」
オレの腕に芹夏の爪が立てられる。
またいつもの嫉妬タイムか、と内心面倒に思いながら声音を和らげる。芹夏の不安をそっと解ほどくように。
「そんなに妬くなよ。芹夏が今のままのオレが好きだって言ってくれたんだろ?」
「……まあ、言ったけど」
「ならオレを信じてくれよ。今までオレが仲の良い女子とそういう風になったことあったか?菜々子や亜未といるときも見たことあるか?」
芹夏はハッとしたようにくっきりとした二重瞼を開閉させ、うつむく。
すぐに首を横に振った芹夏に唇の端を上げて、オレは一層優しく言った。
「オレもごめんな、つい甘えちゃって。こんなとこ見せられるの芹夏だけなんだよ」
「大毅……。ごめん、私––––」
「いーんだよ。これでおあいこ、な」
オレは芹夏に顔を近づけキスをした。
少し硬くなっていた芹夏の表情がたちまち柔らかくなる。
芹夏の不安が取り除かれたことを確信し、心の中でほくそ笑む。
本当にこいつはチョロくて可愛い。
「テストの最終日さ、二人で遊ぼうぜ。予定なかったよな」
「……うんっ」
笑顔で頷く芹夏。
オレはテスト最終日を想像し、笑みが溢れそうになるのを必死で抑えた。
当日に芹夏を家に招いて、そこから自然な流れを作って行為に及ぶ。さすがに今回のことがあったあとで誘いを断るなんてことはないだろう。
彼氏の愛を疑うほどの不安に駆られていたのであれば、直に確かめたいという気持ちが生まれているはずだ。
芹夏はオレとの絆を再確認できて、オレは溜まりに溜まった欲やストレスを解放できる。これぞ一石二鳥。
オレは芹夏を家まで送ったあと、足取り軽く自宅に向かった。
「……信じてるよ、大毅」
オレの背中を見送る芹夏が、わずかに残る不安を吐き出すように小さく呟いていたことなんて知らずに。




