疑問と現実
土日が明けて月曜日。
登校すると、先週よりもブレザーを脱いでいる生徒が増えていた。
初夏に入って暖かい気候が続いている。
俺は休日を使って読了した『俺つよ』第1巻を持って、窪の席へ向かった。いつもは窪が俺のほうに来てくれるのでなんだか新鮮だった。
窪は俺が漫画持ってきただけで察したらしく、ニコニコ顔で第2巻を緑色のリュックから取り出した。
「いつでも貸せるように持ち歩いてるんだ」
ふふんと腕を組む窪に苦笑する。どれだけ布教したいんだよ。
それから俺と窪は『俺つよ』第1巻の2話から8話までの印象に残ったシーンや共感したところを語り合った。
窪との感想会という楽しみができたおかげで、2巻はもう少し早く読み進められるかもしれない。
「おはよ」
「あっ、おはよう」
窪とひとしきり『俺つよ』の話をして席に戻った俺は、登校してきた齋藤さんと挨拶を交わす。この前よりはぎこちなくならずに済んだ。
周囲の視線にはいまだに慣れないけど。
「……それ」
「え?」
さっき窪から貸してもらった2巻を齋藤さんが指差す。
今朝は挨拶のみで終わらなかった。
「初めて話したときも持ってなかったっけ」
「うん。あのときのは1巻でこれは2巻。窪に貸してもらったんだ」
「窪?……ああ、寝ぐせ眼鏡か」
「寝ぐせ眼鏡」
思わず繰り返す。
あまりにもパワーワード、いやパワーネームすぎる。
名前がすぐに思い当たらない齋藤さんでもすぐにわかるほど、窪の頭はインパクトがあったらしい。
まあ、勇気を振り絞って話しかけても「誰?」と言われる齋藤さんファンよりも、あだ名をつけられているだけマシだろう。
……あれ。そうなるとなんで齋藤さん、俺の名前知ってたんだろう。
初めて話したときから普通に名字呼び捨てだったし。
これまで沸いてこなかったのが不思議なくらいだ。
齋藤衣乃という人間を少しでも知っている人間なら、誰もが一度は抱くであろう疑問。
すでに漫画から興味をなくし、細い腕に顔を埋める齋藤さんを見つめた。
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「あと一週間ちょっとだけど、テストの準備してるかー?」
そう言い放った二限の数学担当教員は「頑張れよー」と笑って教室を去っていく。
何気ないような一言は生徒たちを一気に現実へと引き戻した。
高校に入って初めての定期テストが迫っている。
その事実に教室内は徐々にざわつき出した。
「大毅神、俺に勉強教えてくれぇ〜……」
「私にも教えてー!」
「芹夏は浩平とちがって、オレが教えなくても大丈夫だろ?」
「あ、皆で勉強会しよーよ。私も大友に教えてもらいたいとこあるし」
「菜々子にさんせーい」
クラスメイトたちが顔を曇らせる中、幼なじみカップルたちは和気あいあいと喋っている。
テスト期間でも盛り上がれるのは陽キャの特性なのかもしれない。
テストまで約一週間だと告げられて焦りがないわけじゃなかった。
英単語や日本史で登場した偉人の名前など、覚えてさえいれば点がとれる暗記はそこそこ取り組んでいた。他の教科のワークも一周はしている。
それで乗り越えられるほどテストは甘くないし、仮に易々とできてしまうのは才がある奴だけだと知っているから全然安心はできないけれど。
「テスト……」
むくりと上半身を起こした齋藤さんがぼそりとこぼす。
声から「面倒」だと思っているのが滲み出ていた。
たった三文字を聞くだけで気分が重くなるのはどんな人でも共通らしい。
でも齋藤さんはテストで苦労しそうには思えなかった。
授業態度は真面目とは言い難いが、今日の二限で教師に教科書の問題の答えを聞かれたときはスラスラと答えていた。この前も隣のクラスの生徒にノートを貸していたし、全然板書をしていないわけでもないようだ。あとから自分なりに授業内容をまとめているのかもしれない。
焦っている様子が見受けられないのはどうにかなると考えているからなのか。
……人のことを気にする前にまず自分の心配をしろという話だが。
テストを迎える前に土日が挟まれるからまだ時間はある。
それにテスト本番の三日間の日程だと昼には帰ることができるから、憂鬱なばかりでもない。最終日が終わってしまえば完全に自由の身だ。
定期テストを乗り切ったら即行で帰宅してマルとのんびり過ごそう、うんそうしよう。
テスト終了後の予定を頭の中で立てながら授業準備を終え、トイレに向かった。




