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気まぐれ少女のひとりごと①


 夕食を済ませた後、私こと齋藤衣乃は自室のベッドに寝転びながらスマホを弄っていた。


 見ているのはある人物とのラインで送られてきた猫の写真や動画。帰りの電車でもう見たものだ。


 映っている猫はすべて同じ子。灰色の毛並みをした身体は丸くて、瞳は透き通った琥珀色。




『ンニャッ』




 画面越しにこっちを向いた猫––––マルが短く鳴く。




「可愛い……」




 何度目かもわからない単語が自然とこぼれる。


 名前の通りコロッとした見た目で、短い足でトテトテ歩く姿は愛しい以外のなにものでもない。


 猫ってなんでこんなに可愛くて、見てるだけで癒されるんだろう。




「もっと見たいとは言ったけど、まさかこんなに送られてくるとは」




 ほとんどマルの写真や動画だけで埋め尽くされたトーク履歴をスクロールする。


 連絡先を交換した直後とさっき送ってもらったものは、写真と動画を合わせて三十近くあった。


 数からも彼がどれだけ飼い猫に深い愛情を持っているのかが窺えて、くすりと笑う。


 今日の昼休みには私が声をかけるまでYouTubeでも猫動画を見ていたし、かなりの猫好きなんだろう。






 吉崎行人。


 わりと早めの席替えで隣の席になった、ちょっと気弱そうな顔の男子。


 最近まであまり話したことは一度もなかった。


 私はもともと周囲にあまり興味を持てないし、吉崎はクラスメイトの陽キャ(うるさい)グループと一緒だったから関わろうとは思わなかった。




 変化が訪れたのは席替えをして数日経ったとき。


 授業合間の休憩時間、仮眠を取ろうと机に伏せようとしたときに隣の吉崎が視界に入った。


 ワイヤレスイヤホンを着けてスマホを見ているのがなんとなく気になって、そっと彼の手元を覗いた。


 スマホに映っていたのは全体的に丸い灰色の猫。その子があくびをしたり、コロンと床に転がったりしている。




 ––––かっ…………わいい。




 自分の表情筋がほとんど仕事しないことに初めて感謝した。


 見たのが家だったら、絶対叫んでるか呻き声をあげている。




 イヤホンを着けていることもあってか、私がこっそり見ていることに吉崎が気づく気配はない。


 念のためと思ってこっそり視線を上げると、どこか影がある顔にふんわりとした笑みが浮かんでいた。いつもは自信なさげに揺れている瞳も優しく細められていて、ただただ愛おしそうに猫を見ていた。




 正直かなり驚いた。


 だって、普段一緒にいるグループといるときでさえ一度もそんな顔をしていなかったから。幼なじみが二人もいるグループで、私とはちがって親しい関係を作れているはずなのに、表情は暗かったから。




 改めて考えてみれば、あんなに派手でうるさい集団に吉崎のような大人しい人種が混じっていたことは不思議と言えば不思議だ。気づけば吉崎があの人たちと(つる)まなくなって、ひとりで過ごしていたときも特に違和感はなかった。


 なんか気さくな感じの、おお、だい……なんだっけ。彼女持ちなくせに他の女子(わたし)にしつこく話しかけてくるキモい奴と幼なじみなのも意外だったし。今は寝ぐせがすごい眼鏡といるのをよく見かけるけど、そっちと幼なじみだと言われたほうがしっくりくる。




 猫好きで、たぶん人間関係にやや難あり。


 なんか似てるとこあるな。そんな感じで、珍しく他人に興味を持った。






「にしても、私こんなに行動力あったか?」




 ふとよぎった疑問が呟きとなって落ちる。


 人や物関係なく興味がなければとことんない私は、一度何かに惹かれるとそれに夢中になる傾向がある。これは父さんに言われたことで、私自身はあまり意識したことはなかった。


 それを思い出したのは、最近の自分の行動があまりにも––––らしくないことばかりだったから。




 滅多なことがないかぎりしない話しかけるという行為を、吉崎に対しては何度もした。クラスの誰にもしたことがない挨拶も、吉崎だけには自然としていた。


 だいぶ強引な形ではあったけど連絡先まで交換できた。




 誰にどう思われようと言われようと、自分の思うままに行動する。それは昔から変わらないし変える気もない。


 ……だけど、こんなにポンポンと行動を起こせるような人間ではなかったはず。




「ん〜……?」




 クリーム色の猫型クッションを抱きしめ、ごろりとベッドに横たわる。


 今の顔はちょっと眉を寄せているだけでほとんど変化がないように見えるだろう。母さんにすらわかりにくいと言われるくらい、この顔は表情筋の仕事量が少ない。


 これでもかなり難しい顔してると思うんだけど。




 吉崎に対してグイグイいけたのはなんでだろう。


 猫好きとしての本能か。それとも……。




 コンコン。




「衣乃、お風呂先に入ってー」


「はーい」




 扉の向こうの母さんに返事をする。


 タイミングがよかった。あのままずっと考えていても仕方ないし。


 私はお風呂に入る準備をするべく、ベッドから降りた。

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