第八章 ― 学術局
飛翠に連れられて、私は「学術局」と呼ばれる場所に向かった。そこは、この世界で私のような“異常な存在”が見つかったときに対応する、いわば政府の研究機関らしい。
「詳しい話は学術局の専門の人がするけど、柚希さんの“スキャン”結果が普通じゃなかったから、特別な調査が必要なんです。大丈夫、変なことはされないから」
そう言われても、どうにも不安は消えなかった。
私たちは「軌道車」と呼ばれる乗り物に乗った。運転席がなく、無人で走る電車のようなものだった。音はほとんどなく、景色が静かに流れていく。
都市の風景はやっぱり異常だった。 あまりにも未来的すぎる。私が知っている伊瀬の街とは、どこまでも似ていて、けれど根本が違う。
ビルのような建物は細長くねじれ、浮いているものすらある。道路には人が歩いていないのに、人の形をした映像が動いていた。現実なのか映像なのか、境界線が分からない。
「……着きました」
軌道車が停まった先にあったのは、信じられないくらい大きな建物だった。 ガラスと金属でできた塔のような建物は空に向かってねじれながら伸びていて、外壁には常に映像が流れていた。空を映していたかと思えば、急に人の顔が現れ、建物の名前が表示される。
「ここが、学術局の本部です」
飛翠がそう言った。
私たちは入口に立ち、透明なゲートのような装置をくぐった。すると空中にふわっと私の名前が浮かび上がる。
《大久野柚希さん 仮登録完了》
「ようこそ」
女性の声が聞こえた。 見ると、若い女性がこちらに向かって歩いてきた。髪は銀に近い色で、瞳は薄い金色。私と同じくらいの年齢に見えた。
「はじめまして。私はレインといいます。この場所で、あなたの情報の確認と説明を担当します」
言葉の調子は丁寧で、まるでロボットのような話し方だった。でも、目だけはどこか柔らかく、ちゃんと人間らしさがあった。
私は少し安心して、「……よろしくお願いします」と返した。
私たちは建物の中に入り、会議室のような場所に通された。中は驚くほど静かで、壁の一部が透明になっていて、そこに地図やグラフのようなものが浮かび上がっている。
「あなたが今いる世界は、元の世界と地理や政治は似ていますが、まったく別の“現実”です。空気の中には“魔素”と呼ばれる成分があって、これがこの世界の技術や身体の仕組みに関わっています」
「……ええと、魔素って……つまり、魔法のもとになるような?」
「そう考えていただいて構いません。あなたは、元の世界ではこの成分を持っていませんでしたが、こちらに来たことで、体が少しずつ影響を受けています」
「それって……元の世界に戻れるってことですか?」
レインの手が止まり、少しだけ間を置いた。
「“絶対に無理”とは言いません。ですが、時間が経てば経つほど、体がこの世界に“慣れて”しまいます。そうなると、元の世界との“つながり”が薄れていき、戻るための条件が難しくなるのです」
「……そんな……」
頭がついていかない。 体が慣れる? 世界に馴染む? 意味が分からなかった。
「ですが、過去に帰還できた事例はあります。かなり少ないですが。 ただし、そうなるためには“本人の意思”が必要です。こちらに残るか、帰ることを望むか。その選択が、何よりも重要なのです」
レインの言葉は淡々としていたけれど、なぜかその声は私の心に深く突き刺さった。
私は――帰りたいのか? それとも……?
考えようとしても、頭が真っ白だった。